第二ゲーム目。僕のサーブだ。ボールを地面に二度つき、トスを構える。入れ、と念を込めラケットを振り抜いた。
 自分でも手ごたえがあった。ボールはコート中央寄りに鋭くインし、橘先輩の横をすり抜けた。
 決まった。エースだ。
「15-0(フィフティーン・ラブ)」
 その後はポイントを取ったり取られたり、点差が開かず同点になった。
「40-40(デュース)」
 リストバンドで汗を拭い、帽子をかぶり直す。2ポイント先取でゲームをキープできる。まずはアドバンテージ。フォルトはなしだ。行け。
 上体をひねりラケットを振り下ろした。サービスボックスに入ったボールを橘先輩がリターン。バックハンドでストロークを返す。橘先輩が右寄りになったところでオープンスペースにショットを打った。
「ダウンザライン。アドバンテージ、青山」
 決まった。アドバンテージだ。心の中でガッツポーズを作り、間を置かずサーブを打ち込んだ。橘先輩が瞬発力を活かしリターン。クロスに大きく振られテイクバックが遅れた。
 僕の打球は狙い通りに飛ばず、相手コートに高く入った。ネット際、橘先輩のドロップショットが決まる。アドバンテージが消えた。振り出しだ。
「なかなかいい勝負ですね。おれしか見てないのがもったいない」
 審判台の上でスコアをつけながら、工藤先輩が感想を漏らした。
「黙ってろ審判」
「はいはい」
 橘先輩の文句を工藤先輩が軽くあしらう。水と油かと思っていたが、実のところいいコンビだ。
「青山、大丈夫か」
 工藤先輩に問われ、行間に「肩は」と入っていることに気づいた。中学で何があったか、どうして勝負するに至ったか。すべて承知の上でさりげなく心配してくれている。
「大丈夫です」
「OK。続けて」
 第8ポイント。行けるか。行くしかないだろ。
 打ち込んだスライスサーブはサービスボックス内に落ちた。それを橘先輩がストロークでリターン。僕は重いボールを負けじと打ち返す。
 またラリーが始まり、ポジションがベースラインに下がった。実力の差が同程度ならラリーは延々と続く。いつまでつき合うか。いつ均衡を破るか。
 打ち合いながらタイミングを待つ。息が上がる。肩に一瞬痛みが走った。ヒヤリとしてグリップを握る手に力が入る。
 頼むからセット終了までもってくれ。どこにいるかわからないテニスの神様に祈る。きっとこの試合は、過去を振り切るために必要なんだ。

 何度もアドバンテージが発生し、ゲームの延長戦が続いた。短いインターバルの中、汗を拭き、ミネラルウォーターで水分を補給する。
 ゲームカウントは6対6。タイブレークに突入する頃には、一時間を超えていた。
 肩に少し痛みがある。後遺症か、運動不足のせいか判然としない。走り続けて脚も重かった。
 タイブレークポイントは4対2。橘先輩がリードしている。チェンジコートだ。
 ベースラインに立ち、サーブを打つ。焦りが出た。フォルトが二回続き、ポイントを落とした。
「5-2、橘」
 依然、橘先輩のリード。タイブレークはどちらかの選手が7ポイント取ったら、その時点で終了だ。1セットマッチではゲームオーバーになる。
 あと2ポイント先取されたら、負ける。
 暑い。拭いたばかりなのに汗が滴る。勝負するからには勝ちたい。橘先輩の鼻を明かしてやりたい。心が逸り心拍数が上がる。
 園田にもらった青のリストバンドが、ふと目に入った。落ち着けと言われてる気がした。
 集中しろ。腰を落とし、ラケットを構えた。
 橘先輩のサーブ。センターラインの内側に飛び込んできた。リターンは狙った方向に返ったもののネットに引っかかった。
 不測の動きでボールが相手のネット際に落ちた。橘先輩が走り腕を伸ばす。ラケットに弾かれたボールは放物線を描き、サイドラインの外へ落ちた。
「アウト。5-3、青山」
 助かった。僕のポイントだ。