試合当日は、梅雨の晴れ間のいい天気だった。太陽がまぶしい。ロッカールームで園田にもらった青のリストバンドと、英奈が揃えてくれたウェアに着替え、白のキャップをかぶった。
昨日、七威と少しだけ話した。その数分間の会話をほとんど覚えてない。
記憶にあるのは、七威に触れた感覚だった。気づいたら、七威の背を見送っていた。引き留めたかった。でも中途半端な僕は、引き留めることができなかった。
煮詰まりすぎだ。ひとまず自己嫌悪は棚上げして、雑念を払わないと。僕はラケットバッグを肩にかけ、ロッカールームを出た。
週末で八面あるコートはすべて埋まっていた。老若男女が楽しそうにプレーしている。指定されたコートに行くと、間もなく橘先輩と工藤先輩が到着した。
こちらは非公式ながら、真剣勝負。審判は工藤先輩に頼んだ。ギャラリーはなし。園田に観戦したいと言われたが我慢してもらった。
「ふたりの実力差がどの程度かわからないのと、久しぶりの試合で体力面の不安もある。以上の理由で、1セットマッチ、1ゲーム先取した時点で試合終了としましょうか」
工藤先輩がルールを提案すると、橘先輩が物足りなそうな顔をした。
「1セットじゃ速攻終わっちまうだろ。まぐれで勝ったとか言われたくねえな」
橘先輩はストレートで勝つ気だ。さりげないアピールにモヤる。
「アドバンテージとタイブレークは採用ですよ。休憩も入れるし、そこそこ時間かかると思いますが」
「力が同等ならな」
1ゲーム取るには4ポイント先取だ。ともにポイントが並んだ場合はデュースとなり、2ポイント連取するまでゲームが続く。さらにセットを取るには6ゲーム先取で、2ゲーム差がつかなければ勝てない。
「沓沢の意見は?」
「勝敗を決めるだけなら1セットで充分です」
「強気じゃん。後悔すんなよ」
橘先輩は余裕綽々だ。僕の実力が少しでも上なら、鼻を明かしてやると言い返せるのに。
「では、1セットマッチ、6ゲーム先取したほうが勝ち。コートのレンタル時間に収まるよう、さくさく行きましょう」
工藤先輩がパーカーのポケットから五百円玉を取り出した。まずはコイントスだ。審判に指名されたプレイヤーが、ヘッド(表)かテイル(裏)をコールする。日本の硬貨なら、ナンバーかフラワーの選択だ。
「沓沢、決めろ」
「ナンバー」
工藤先輩が親指で弾いた硬貨は、音もなくコートに落ちた。
「フラワーだな」
橘先輩が、ニヤリと笑った。
1ゲーム目、第一ポイント。橘先輩はサーバー、僕がレシーバーだ。
レベルがわからない相手との試合は、大会の予選と似ていた。姿勢を低く構え、期待と不安を深呼吸で中和する。
さあ、行こう。
橘先輩がベースラインの後ろに立ち、ボールをトスアップした。片足に体重を移し、ラケットを振り下ろす。打球はネットを越えこちらのサービスボックスへ飛び込んだ。
ラインギリギリにイン。速い。僕は瞬時にリターンしたが、ネットにかかった。
「15-0(フィフティーン・ラブ)」
工藤先輩のコールが響く。サービスウィナーだ。
第二ポイント。ファーストサーブはフォルト。セカンドサーブが甘く入ったところを叩き返した。
インパクトが重い。ボールを捉えたラケットと腕に電流が走った。
リターンは成功。フォアサイドに落ちたボールを橘先輩がストロークで返す。
ボールはネットを越え、僕がリターン。はからずもラリーが始まった。何球目かでクロスに返されダッシュする。
フォアサイドに落ちたボールを何とかストロークで返したが、コントロールできなかった。
「アウト。30-0(サーティ・ラブ)」
強すぎた。シングルスラインの外側にボールが転がっていく。力加減が掴めない。アップもなくぶっつけ本番の試合は、一球一球が試金石だった。
第三ポイント。橘先輩のサーブが決まり僕がリターンする。打球が重く勢いもある。橘先輩はまぎれもなくハードヒッターだ。
クロスラリーになり、ボールがお互いのコートを行き来する。七打目、橘先輩の打球が浮いた。チャンスだ。
僕はタイミングを合わせ頭上からラケットを振り下ろした。
「30-15(サーティ・フィフティーン)」
スマッシュが決まり、1ポイント返した。大丈夫、まだ始まったばかりだ。すぐ追いつける。
だが、敵もさるもの。まったく読み通りにいかなかった。橘先輩のペースにのまれ、あっという間に第一ゲームを落とした。
昨日、七威と少しだけ話した。その数分間の会話をほとんど覚えてない。
記憶にあるのは、七威に触れた感覚だった。気づいたら、七威の背を見送っていた。引き留めたかった。でも中途半端な僕は、引き留めることができなかった。
煮詰まりすぎだ。ひとまず自己嫌悪は棚上げして、雑念を払わないと。僕はラケットバッグを肩にかけ、ロッカールームを出た。
週末で八面あるコートはすべて埋まっていた。老若男女が楽しそうにプレーしている。指定されたコートに行くと、間もなく橘先輩と工藤先輩が到着した。
こちらは非公式ながら、真剣勝負。審判は工藤先輩に頼んだ。ギャラリーはなし。園田に観戦したいと言われたが我慢してもらった。
「ふたりの実力差がどの程度かわからないのと、久しぶりの試合で体力面の不安もある。以上の理由で、1セットマッチ、1ゲーム先取した時点で試合終了としましょうか」
工藤先輩がルールを提案すると、橘先輩が物足りなそうな顔をした。
「1セットじゃ速攻終わっちまうだろ。まぐれで勝ったとか言われたくねえな」
橘先輩はストレートで勝つ気だ。さりげないアピールにモヤる。
「アドバンテージとタイブレークは採用ですよ。休憩も入れるし、そこそこ時間かかると思いますが」
「力が同等ならな」
1ゲーム取るには4ポイント先取だ。ともにポイントが並んだ場合はデュースとなり、2ポイント連取するまでゲームが続く。さらにセットを取るには6ゲーム先取で、2ゲーム差がつかなければ勝てない。
「沓沢の意見は?」
「勝敗を決めるだけなら1セットで充分です」
「強気じゃん。後悔すんなよ」
橘先輩は余裕綽々だ。僕の実力が少しでも上なら、鼻を明かしてやると言い返せるのに。
「では、1セットマッチ、6ゲーム先取したほうが勝ち。コートのレンタル時間に収まるよう、さくさく行きましょう」
工藤先輩がパーカーのポケットから五百円玉を取り出した。まずはコイントスだ。審判に指名されたプレイヤーが、ヘッド(表)かテイル(裏)をコールする。日本の硬貨なら、ナンバーかフラワーの選択だ。
「沓沢、決めろ」
「ナンバー」
工藤先輩が親指で弾いた硬貨は、音もなくコートに落ちた。
「フラワーだな」
橘先輩が、ニヤリと笑った。
1ゲーム目、第一ポイント。橘先輩はサーバー、僕がレシーバーだ。
レベルがわからない相手との試合は、大会の予選と似ていた。姿勢を低く構え、期待と不安を深呼吸で中和する。
さあ、行こう。
橘先輩がベースラインの後ろに立ち、ボールをトスアップした。片足に体重を移し、ラケットを振り下ろす。打球はネットを越えこちらのサービスボックスへ飛び込んだ。
ラインギリギリにイン。速い。僕は瞬時にリターンしたが、ネットにかかった。
「15-0(フィフティーン・ラブ)」
工藤先輩のコールが響く。サービスウィナーだ。
第二ポイント。ファーストサーブはフォルト。セカンドサーブが甘く入ったところを叩き返した。
インパクトが重い。ボールを捉えたラケットと腕に電流が走った。
リターンは成功。フォアサイドに落ちたボールを橘先輩がストロークで返す。
ボールはネットを越え、僕がリターン。はからずもラリーが始まった。何球目かでクロスに返されダッシュする。
フォアサイドに落ちたボールを何とかストロークで返したが、コントロールできなかった。
「アウト。30-0(サーティ・ラブ)」
強すぎた。シングルスラインの外側にボールが転がっていく。力加減が掴めない。アップもなくぶっつけ本番の試合は、一球一球が試金石だった。
第三ポイント。橘先輩のサーブが決まり僕がリターンする。打球が重く勢いもある。橘先輩はまぎれもなくハードヒッターだ。
クロスラリーになり、ボールがお互いのコートを行き来する。七打目、橘先輩の打球が浮いた。チャンスだ。
僕はタイミングを合わせ頭上からラケットを振り下ろした。
「30-15(サーティ・フィフティーン)」
スマッシュが決まり、1ポイント返した。大丈夫、まだ始まったばかりだ。すぐ追いつける。
だが、敵もさるもの。まったく読み通りにいかなかった。橘先輩のペースにのまれ、あっという間に第一ゲームを落とした。