宿題を済ませ部屋でオンラインゲームをしていると、電話がかかってきた。工藤先輩だ。
 PCモニターから一瞬目を離した隙に敵が現れ、アバターがお亡くなりになった。やめどきか。僕はをヘッドホンを外しスマホの画面をスライドした。
『青山、橘先輩に何したんだ』
「先週の話なら、一緒にお茶しただけですよ」
 ケンカにもなったが。多少言い返したものの、一方的に絡まれたといっても過言ではない。
『あの人、おまえと勝負するってさ』
「なんのです?」
『知るか。本人に訊け』
「もう会いたくありません。適当に断ってください」
 仲介を頼んで申し訳ないが、連絡先を知らないのだから仕方ない。
 橘先輩が勝者だ。太刀打ちできないとわかって、潔く負けを認めた。僕にしては珍しいことだった。
 決着したものを、この期に及んで何に白黒つけようっていうんだ。
『だそうですけど。暁季さん、どうします?』
 暁季さん……? 受話口でガサゴソ音がしたと思ったら、聞き覚えのある声がした。
『おい、Looser。おまえに断る権利はねえんだよ。犬は犬らしく主人の命令に従え』
「誰が主人だ、ふざけるな」
『沓沢、』
 売り言葉に反応した僕を、工藤先輩が制した。向こうはスピーカーにしてるらしい。どうして橘先輩と工藤先輩が一緒にいるんだ。犬猿の仲だよな。ああもう意味がわからない。
「何が目的ですか」
『俺たちの共通項を賭けて闘う。負けたほうは、身を引く。これならおまえもスッキリするだろ』
「共通項の気持ちは」
『方程式に含まれてない』
 本人の意思を無視して取り合ったところで、無意味な気がする。勝負に勝っても七威が手に入る保証はないし、一歩リードしてる橘先輩のほうが、どうしたって分がいい。傷口を広げる可能性大だ。
『負けるのが怖いか、腰抜け』
 目の前にいたら殴っていたかもしれない。いちいち劣等感を煽ってくる意地の悪さは天才的だ。
 この人が消えてくれたら。僕が勝者だと知らしめられたら。七威の気持ちを、わずかでも僕に向けることができるだろうか。
「このこと、七威は」
『知らねえよ。言うつもりもない。とりあえず目障りなおまえを潰したいだけ』
 まったくクソだな、この人は。
「受けて立つ」
『OK、交渉成立』
「どうやって決着つけるんですか」
『もちろん、テニスだよ』
 思いもよらない答えに、刹那、思考が停止した。
 
 日時は追って知らせる、と電話が切れた。どんな嫌がらせだ。まさかテニスを指定されるとは思ってなかった。
 経験者なのか? 闘いを挑むくらい自信があるってことだ。現役なら、勝ち目はない。
「マジか……」
 落ち着け。ひとまず情報収集だ。乱れた意識を現実に戻す。七威ならある程度知ってるだろう。気まずさを棚上げして、思い切って電話をかけた。
『結都ちゃん……どうしたの』
「ごめん、突然。橘先輩のテニス歴が知りたい」
『部活? 中学は三年間、テニスやってたよ。軟式じゃなく、硬式のほう。いまは完全に離れたけど』
 やっぱり経験者だった。しかも僕と同じ硬式だ。見覚えがないからジュニア大会には出てないはずだ。どんなプレイヤーだったんだろう。
「大会とか地域の草トーナメントでもいいんだ。公式戦の成績わかる?」
『新人戦で都大会出場だったかな。中二の時は団体戦で関東大会に進んだ。他にも出てるかもだけど、俺が覚えてるのはそれくらい』
 関東大会か。橘先輩だけの力じゃないとしても強いな。強豪校に進まなかったのが単純に疑問だ。
 レベルが同じくらいと仮定すれば、ブランク期間でどの程度腕が落ちたか、そこが勝敗の分かれ目になる。
『結都ちゃん、橘先輩と何かあった……?』
「いや……何も。突然ごめん。教えてくれてありがとう。おやすみ」
 迷惑をかけないよう話を切り上げた。何もないなら電話までしてテニス歴なんか調べない。でも七威は詮索せず、必要なことだけ教えてくれた。
『おやすみ、結都ちゃん』
 電話に応じてくれたのは、優しさ。深追いしないのは、無関心だから。繋がりの切れた相手なんて気にしないよな。
 七威はいまどこにいる? 月明かりが差す、何もないリビングで。ひとり過ごしてるんだろうか。それとも、誰かとなりにいた……?
 胸が痛い。寂しい。だけど自分が選んだ道だ。勝負したって、七威は手に入らないことも知ってる。
 だとしたら、僕は何のために、誰のために戦おうとしてるんだ。
 意地を解いて、素直になりたい。できることなら、一緒にいたい。本当は七威の隣にいて、笑わせたいんだ。