土曜日、七威のお父さんが帰ってくる日だ。
 羽田着のドイツ便は、一日三便。搭乗予定の飛行機は、夕方17時着だ。
 僕は朝からそわそわしていた。七威はいったいどうするつもりだろう。昨日学校で話した時、相変わらず迎えに行かないと言っていた。家にいるにしても、何時に戻るかわからないのをただ待つのはきついはず。
 一緒にいれば気がまぎれるかも。そう思ってメッセを入れてるのに返信がない。電話のほうはコール音が鳴るだけだ。まったく。何やってんだろ。
 十九時を過ぎて、ようやく七威から連絡があった。飛びつくように電話を取ると、やけに騒がしい音がした。
『結都ちゃん、俺、空港で待ってた。……やっぱ帰って来なかったよ、あのクソ親父』
「なんで声かけてくれなかったんだよ。一緒に行くって言ったのに」
『来なくて正解。付き合ってたら時間無駄にするとこだった』
「一緒に待つことに意味があるんだよ」
 帰って来なくたって、会えなくたって、その時間を共有することに意味があるんだ。ひとりで待つなよ、僕がいるのに。どうして頼らないんだよ。
『結都ちゃんの大事な時間奪えないよ』
「遠慮するとこじゃないって」
『一緒に過ごすなら、楽しいほうがいいじゃん』
「それは、そうだけど……」
『じゃ、報告終わり』
 唐突に切ろうとする七威をあわてて引き留めた。
「いまどこにいる?」
 七威を独りにはできない。部屋まで行ったほうがいいだろうか、それとも。
『渋谷のライブハウス』
 一瞬、聞き間違いかと思った。

 ――青山ぁ、開場したぞ。電話切れ。
 ――Who are you talking to?(誰としゃべってるの)
 ――青くんの彼女だったりして。
 ――Oh, I don’t want that.(えーそんなのやだ)

 初めて聞く男女の声。誰といるんだ。日本語と英語が入り乱れてる。
『うるさい外野。先に行ってろよ』
 おおよそ、僕にはしない言葉遣い。七威ってこんなしゃべり方もするんだ。
 ――They said to show your ticket, Nanai.
『あぁ……Hold on a second. I have an e-ticket.』
 時々、英語が混ざる。七威のもうひとつの顔。いったい、何してんの。そこで。僕のいないところで。
『It's finally starting. I've been waiting forever……あ、ごめん。急にライブ誘われてさ。ってことで、またね』
「は……?」
 はあぁ? こっちは気を揉んで一日中心配してたのに、いまからライブだ? ふざけるな! 僕はスマホをベッドの上に叩きつけた。青山七威のクソバカ。
 誰といようと何をしようと自由だ。だけど。よりによって。今夜でなくてもいいだろ。
 振り回されて腹が立つ。怒りが頂点に達した僕は、真夜中を過ぎてもなかなか寝つくことができなかった。