新緑が風に葉を揺らす。窓の向こうは青い空。三日ぶりに晴れていい天気だ。
「結都ちゃん、ねえってば。企画書持ってきた」
生徒会室前で呼び止められ、僕は声の主を振り返った。スニーカーの底が床と擦れてキュっと鳴る。
「……七威。また来たの」
「スン顔が露骨。でも俺はめげないよ」
僕に笑いかける銀髪のイケメンは青山七威。私立龍嶺高等学校二年の同級生だ。最近、うざったいほど懐かれている。
「結都ちゃん、可愛いんだからさ。Give me a smile♡」
「うるさいよ」
「言われたところ、修正してきたんだって。俺を褒めて」
七威がクリップで留めた書類をひらひらと振る。僕がテンション低めでも七威は気にしないというか、我が道を行く性格だ。
染めた髪色とピアスのせいかチャラい、いや、不良……いや、進学校の龍嶺に不良はいない。とりあえずざっくり表現すれば、やっぱりイケメンなのだ。
長身はもちろんのこと、印象的なのは目だ。キャラメルの綺麗な色で、どことなく異国を思わせる。共学ならモテただろうに、取り立てて特徴のない男子校にいるのはなぜだろう。
「だーめ。やり直し」
僕は企画書を読まずに突っ返した。七威が困ったように笑う。
「結都ちゃん、鬼? 読んでよ」
「本気で同好会発足したいと思ってる? 指摘したとこ直ってないだろ」
「ちゃんと見てから言って」
僕は生徒会執行部の広報だ。生徒会新聞の発行、参加行事の報告書作成、イベント告知等々、生徒会活動をアピールする仕事に加え、同好会の新規申請窓口を任されている。七威は同好会を立ち上げるため、生徒会室に日参していた。
「朝練の必要ある? いきなり他県遠征も無謀だし。まず地元の」
「マニュアル通りより突き抜けたほうよくね? 朝練は足腰鍛えるためだからこれでいいの。あと、箇条書き三個増やした」
物怖じしない。ズレてるのにやたらとぐいぐいくる。僕は毎回押し返すのに必死だ。体育祭で借りを作ってしまったせいか、あまり強く出られないのが災いしてる。
「どこ増やしたの」
「三ページ目」
生徒会の性質上、苦情や要望の対処は慣れている。はずなのに。指定されたページをめくり動揺した。
“結都ちゃんの好きなところ”と題し、「顔・声・エロいとこ」と続いていた。
「七威……ふざけてんの。ここに書くのは同好会の趣旨だ」
「それより結都ちゃんの魅力を伝えたかったんだよ」
着地点を見失ってる。一度頭をひっぱたいてやろうか。
「エロいってなんだよ」
「見た目? 雰囲気って言うの? 実際、エロければ最高だよね」
「おととい来い」
「怒った顔も、So cute!」
「七威!」
かれこれ同じようなやり取りを一週間ほど繰り返している。同好会発足はまず生徒会の承認を得て校長にお伺いを立てる決まりだ。ゆえにまず僕を納得させなければ前に進めない。
最初は企画書作成の相談に乗っていたのに、ここ数日はただの雑談になっている。人の趣味をとやかく言うつもりはないが、古墳巡りなんて本当にやりたいのか?
「今度ジェラート食べに行こ。駅ビルに新しくできた店。俺、甘いの好き」
ほら、もう話がそれてる。
「まともな企画書持ってきたらね」
「まじ? やる気出てきた。結都ちゃん大好き」
最初から全力を注げ。まったく……毎日あきもせず可愛いだの、好きだの。企画書を持ってくるついでにからかわれて閉口する。どんな小さな声も取りこぼさない生徒会、なんて先達が打ち立てたモットーのせいで無下にもできない。
企画書が通ったら不毛なやり取りも終わるだろうか。相手するのが面倒でも、不備だらけの企画を生徒会長に上げるわけにいかないし。うざったいのになぜか憎めなくて、僕は七威を強く追い払えずにいた。
ことの始まりは、体育祭の借り人競争にさかのぼる。
「結都ちゃん、ねえってば。企画書持ってきた」
生徒会室前で呼び止められ、僕は声の主を振り返った。スニーカーの底が床と擦れてキュっと鳴る。
「……七威。また来たの」
「スン顔が露骨。でも俺はめげないよ」
僕に笑いかける銀髪のイケメンは青山七威。私立龍嶺高等学校二年の同級生だ。最近、うざったいほど懐かれている。
「結都ちゃん、可愛いんだからさ。Give me a smile♡」
「うるさいよ」
「言われたところ、修正してきたんだって。俺を褒めて」
七威がクリップで留めた書類をひらひらと振る。僕がテンション低めでも七威は気にしないというか、我が道を行く性格だ。
染めた髪色とピアスのせいかチャラい、いや、不良……いや、進学校の龍嶺に不良はいない。とりあえずざっくり表現すれば、やっぱりイケメンなのだ。
長身はもちろんのこと、印象的なのは目だ。キャラメルの綺麗な色で、どことなく異国を思わせる。共学ならモテただろうに、取り立てて特徴のない男子校にいるのはなぜだろう。
「だーめ。やり直し」
僕は企画書を読まずに突っ返した。七威が困ったように笑う。
「結都ちゃん、鬼? 読んでよ」
「本気で同好会発足したいと思ってる? 指摘したとこ直ってないだろ」
「ちゃんと見てから言って」
僕は生徒会執行部の広報だ。生徒会新聞の発行、参加行事の報告書作成、イベント告知等々、生徒会活動をアピールする仕事に加え、同好会の新規申請窓口を任されている。七威は同好会を立ち上げるため、生徒会室に日参していた。
「朝練の必要ある? いきなり他県遠征も無謀だし。まず地元の」
「マニュアル通りより突き抜けたほうよくね? 朝練は足腰鍛えるためだからこれでいいの。あと、箇条書き三個増やした」
物怖じしない。ズレてるのにやたらとぐいぐいくる。僕は毎回押し返すのに必死だ。体育祭で借りを作ってしまったせいか、あまり強く出られないのが災いしてる。
「どこ増やしたの」
「三ページ目」
生徒会の性質上、苦情や要望の対処は慣れている。はずなのに。指定されたページをめくり動揺した。
“結都ちゃんの好きなところ”と題し、「顔・声・エロいとこ」と続いていた。
「七威……ふざけてんの。ここに書くのは同好会の趣旨だ」
「それより結都ちゃんの魅力を伝えたかったんだよ」
着地点を見失ってる。一度頭をひっぱたいてやろうか。
「エロいってなんだよ」
「見た目? 雰囲気って言うの? 実際、エロければ最高だよね」
「おととい来い」
「怒った顔も、So cute!」
「七威!」
かれこれ同じようなやり取りを一週間ほど繰り返している。同好会発足はまず生徒会の承認を得て校長にお伺いを立てる決まりだ。ゆえにまず僕を納得させなければ前に進めない。
最初は企画書作成の相談に乗っていたのに、ここ数日はただの雑談になっている。人の趣味をとやかく言うつもりはないが、古墳巡りなんて本当にやりたいのか?
「今度ジェラート食べに行こ。駅ビルに新しくできた店。俺、甘いの好き」
ほら、もう話がそれてる。
「まともな企画書持ってきたらね」
「まじ? やる気出てきた。結都ちゃん大好き」
最初から全力を注げ。まったく……毎日あきもせず可愛いだの、好きだの。企画書を持ってくるついでにからかわれて閉口する。どんな小さな声も取りこぼさない生徒会、なんて先達が打ち立てたモットーのせいで無下にもできない。
企画書が通ったら不毛なやり取りも終わるだろうか。相手するのが面倒でも、不備だらけの企画を生徒会長に上げるわけにいかないし。うざったいのになぜか憎めなくて、僕は七威を強く追い払えずにいた。
ことの始まりは、体育祭の借り人競争にさかのぼる。