そのマンションのインターホンを押すと、昨日、アリルイの誕生花で作った花束を持ってオンリー会場に来てくれたサークル主が顔を出した。
「え、雪取さん?」
「Wi-Fiを貸してくれ」
「同カプ推しだからって、いきなり自宅まで来られても困ります。自分、商業誌の方の納期が立て込んでて……」
うめくような声でサークル主は言った。
「Wi-Fiを貸してくれ。やむにやまれぬ事情があるのだ。どうかWi-Fiを貸してください。使用料は払います」
雪取は重ねて依頼した。
サークル主は気の毒そうに口を開いた。
「……人質になっている甕外さんの件ですね。ちょうど今、あの方が逆カプを描かされるところです。じきにタイムラプスで一部始終が投稿されることでしょう。雪取さん、あなたは遅かった」
「まだ日没まで5分ある! Wi-Fiのパスワードを教えてください! 1万で!」
「嫌です」
サークル主は申し訳なさそうに、しかしきっぱりとかぶりを振りながら答えた。
「甕外さんは雪取さんのこと、信じていたんですよ。神絵師降臨に感激した逆カプ勢が、甕外さんに、作画代としてDMでアマゾンギフト券のアクティベーションコード10万円分を送りつけても、平気でいました。雪取さんは来ると信じていたんです」
「だからこそ! Wi-Fiのパスワードを!」
「嫌ですってば! あなたみたいな炎上体質の人とIPアドレスを共有したら、情報開示請求されたとき、こちらまで叩かれてしまいます! 甕外さんの強火アリルイ愛は尊敬しています。だけど、自分は商業が本職なので、世間イメージも大事なんです!」
「そんな……」
諦めるわけにはいかない。日没まであと3分ある。雪取は自身に問うた。
お前はアリルイのために、アリルイの至宝であり友である甕外のために、できることを全てやったか? 我が身かわいさに、楽な方へ流れようとしていないか?
まだできることはないのか?
諦めるな。
相手も同ジャンル同カプ推しの同志だ。何か突破口があるはず。
相手がWi-Fiを自然と貸したくなるような取引材料を、自分は持っているのではないか?
webに繋がらない、自身の携帯端末をじっと眺めていた雪取は、画面上の、とある使い慣れたアプリのアイコンを見てひらめいた。
これだ。
サークル主が、自分のリトプリゲームアカウントに、廃課金の雪取がためこんでいたSSRアイテム500点が届いて狂喜しているうちに、雪取は青い鳥のSNSに、ついにログインした。
「私だ、雪取だ。今ログインしたぞ! 晒されるのも燃えるのも私だ! 絵師・甕外を人質にした私は、ここにいる!」
雪取の投稿はフォロワーのタイムライン中にに響き渡った。
「甕外」
雪取は高速フリックで続けて告げた。
「私のアカウントへのフォローを解除してくれ。力いっぱいフォロー解除してくれ。私は、何でも描ける絵うまの甕外は、アリルイじゃなくても上手くやっていけそうだから、私がアカ消し逃亡してもいいかなあなどと一瞬思ってしまった。甕外が私をフォロ解してくれなかったら、私は甕外のアカウントにフォローされる資格さえ無いのだ。さあフォロ解してくれ」
雪取が自らのつぶやきSNSアカウントページを更新すると、フォロワー数が一減っていた。
甕外は、雪取をフォロ解したあとに、つぶやきを発信した。
「雪取、わたしをフォロ解してください。同じくらい迷いなく、わたしのアカウントをフォロ解してください。わたしは今でこそ勤め人ですが、実は、新卒で就職できませんでした。そんなとき、ソシャゲ制作会社を立ち上げた先輩から、わりと何でも似せて描ける技能を買われて、作画のお仕事を回してもらうようになりました。それが、リトプリのキャラ絵で。わたしはユーザーの生の声を聞きたくて、素性を伏せてリトプリ二次界隈に顔を出していました。雪取の熱心に語るアリルイというのが、あんまりよくわからないなあと思いながら、それでもアリルイを通して自分の仕事が褒めてもらえているのを見るのがうれしくて、落書きを投下し、オンリーに付き合ったりしていました。雪取が私をフォロ解してくれなければ、わたしは雪取と堂々と相互フォローになれない」
雪取は迷いなく甕外のアカウントをフォロ解した。
「ありがとう、友よ」
二人は同時につぶやき投稿し、また互いにフォローし直すと、それから互いのつぶやきに、もれなくいいねを浴びせあった。
このいきさつを見ていたアリルイ界隈からも、いいねが降ってきた。
逆カプ捨てアカたちは、ばれないように非公開リストに入れて二人のやり取りを眺めていたが、あわてて本アカの方でログインし直し、リプライを投げた。
「甕外様は、カップリングにこだわらない神絵師様だったのですね! いえ、それどころかリトプリ創造神の一柱であられた。公式様の中の方とお知り合いになれて光栄です! これからも応援してます!」
甕外はいい奴なので、
「いいえ! 私はただの外注で、絵柄寄せしてるだけなので。私などより、リトプリ公式をこれからもよろしくお願いしますね!」
などと謙虚につぶやきながら、丹念にそれらのアカウントをフォローバックしていった。
その片手間に甕外が、5分で描いたアリーシャとルイゼの落書きを放流すると、アリルイ・ルイアリ双方、またリトプリ二次界隈全般から、
「リトプリ万歳!」
という声と、表示がバグっているのかと思うほどの数のいいねが押し寄せた。
いい奴である甕外は、寄せられたコメントへこれまた丁寧に返信しつつ、水面下でDMを送ってきた。
「雪取、あなたのつぶやき投稿の位置情報設定、オンになっているみたいです。今後のためにも、身バレしないように設定をちゃんと変えておくことをおすすめします」
強火オタクは、ひどく赤面した。
了