殴りつけるような雨の中、ようやくたどり着いたカフェは、満席だった。ならばと開店したばかりの居酒屋を覗けば、そこも長蛇の列だ。

帰宅ラッシュと豪雨と交通インフラの停止が重なり、一息つけそうな飲食店という飲食店は、どこも人であふれていた。

一度、店の壁にくっついて無料Wi-Fiに乗っかろうとしたが、考えることはみな同じらしく、携帯端末は読み込みマークを永遠に表示し続けるだけだった。

雪取は諦めなかった。

エレベーターのない雑居ビルを息を切らして10階まで上る。水浸しのスニーカーは足に貼りつき、踏み出すたびにぐちゃぐちゃと不快な音を立てた。息を切らして登りきったが、隠れ家感のある知る人ぞ知るインターネットカフェは、営業を早々に切り上げて店を閉じていた。

天はわれを見放したか!

携帯端末の時計表示は告げている。日没まではあと20分。

雪取は唇を噛んだ。アリルイ二次創作が二度とできなくなることは怖れない。だが、このままでは人質の甕外は、彼女の意に反して逆カプを描かされてしまう。

いやしかし、と一瞬、雪取の心に悪魔が宿った。

甕外は絵柄自在の神絵師だから、逆カプに行っても難なく描いてしまうのではないだろうか? 

それに、SNSトラブルを起こしがちな自分がいるアリルイ界隈より、逆カプの奴輩の方が、甕外の才能を安全に輝かせてくれるのではないか?

その時、雪取の頬を大きな雨滴が打った。

そこで我に返った。甕外のように、毎回アリルイオンリーに参加するようなガチ勢が、意に反して逆カプを描かされてしまう辛さはいかばかりだろうか。

何でも描けることと、描いていて楽しいことは違う。

二次創作は、自分が楽しいがために行う、誰にも強制されない幸せな趣味のはずだ。

雪取の電波状況がままならないくらいのことで、甕外の幸福が失われてはいけない。雪取は、安穏と絶望感に身をゆだねている場合ではないと思い直した。

何か、何か方策はないものか。

ふと、昨日のイベントの撤収作業が頭に浮かんだ。雪取は会場の清掃のほか、サークル参加者の荷物を自宅へ配送する手配もしていた。宛名に書かれていた住所の一つが、このすぐ近くだったはずだ。

膝まである濁流を押し分けながら雪取は走った。傘は走行の妨げになるため途中で人にあげた。