甕外は、本職の看板屋で残業をしていたが、そのさなか、つぶやきSNSから通知を受けた。

逆カプ勢の監視の中、雪取は、友に一切の事情を語った。

繁忙期の甕外は絵文字一つで返事した。同カプの間は、それでよかった。

SNSのいざこざから一時的に解放された雪取は、いざこざの間に自分に来ていた着信に気づいて、すぐに洋菓子店に折り返しをした。

結婚式にウエディングケーキはマストである。もちろんクリームの色は推しカプのテーマカラーにせねばならない。ただしヘルシーなフルーツ由来の着色料の使用には、追加料金がかかるという連絡だった。

大切なアリルイ同志たちに合成着色料入りのケミカルケーキを食べさせるわけにはいかない。オンリー成功のために、雪取は出費を厭わなかった。

翌日の雪取はいっそう忙しかった。

オンリー用に立ち上げておいたHPで開催中の前夜祭には、同志のコメントが波のように絶え間なく押し寄せる。そこに長文即レスしながら、一人で会場設営をし、長椅子を並べ、その上に2脚ずつパイプ椅子を乗せて行った。

かなりの重労働だったが、一年前から同人誌即売会に使える会場を探しては断られ、大安の日を選んで借りうけるための粘り強い交渉をして、小規模イベントへの搬入を渋る印刷会社から協力を取り付けた労力に比べたら、こんなものはリトプリのリセマラ5回の手間にも及ばなかった。

いよいよオンリーの日が来た。

開催一時間前になると、未明までHPでやり取りをしていたサークル参加者(出店者)たちが、雪取渾身の「結婚式の招待状風デザインの入場チケット」を携えてやってきた。

「本日は結婚式おめでとうございます」

と、花束を持ってきてくれるサークル主がいた。なんと、アリとルイの誕生花だ。

「推しカプの結婚式に新刊出さないといつ出すんですか!」

背厚4センチにも及ぶ鈍器のような新刊を携えてきたサークル主もいた。

当日参加できない同志はアンソロジーに寄稿、という形でオンリーをサプライズ支援してくれていた。新刊率は、企業開催の同人誌即売会より高かった。

雪取は、オンリーを開催してよかった、と胸のあたりが熱くなった。

サークル主たちに久闊を叙し、設営を手伝っていると、すぐに一般入場の時間に至った。雪取とサークル参加者たちは拍手で来場者を迎えた。

会場は学校の教室程度の大きさで、和気あいあいとした雰囲気の中、イベントは進んだ。アリルイはマイナーで人口が少ないぶん、書き手と読み手の距離が近い。

一般入場者が一通りサークルを回り終えるのを待って、事前投票で決まっていたアリルイのイメージソングに合わせてコピー誌交換会が行われると、参加者たちは、「私の考えた最強アリルイ恋愛シチュエーション」語りで、身振り手振りが大きくなっていった。

イベント終了一時間前、本日の目玉であるケーキが届く。アリーシャとルイゼのアクリルスタンドが載った特注品だ。ケーキに入刀がなされると、会場に集いし同志たちは、「尊い」以外の語彙を喪失し、ただただ携帯端末のレンズ越しに、目を潤ませ、熱いため息をついた。

イベント終了後は、HPに場所を移して、同志たちの興奮と熱狂はさらにつづいた。

雪取はひとり、会場で撤収作業とサークル主たちの荷物の発送手配を行いながら、その後夜祭の様子を端末でチェックする。参加者たちからは温かい言葉だけが寄せられていた。

「イベ主様、本日は開催ありがとうございました」

「最高の結婚式だったと思います」

「大成功でしたね! 来年は結婚記念日イベントをやりましょう」

雪取は、一生このままアリルイの海に浸かっていたい、と思った。だが、人質になっている甕外のことを忘れたわけではない。

甕外が逆カプに行ってしまったらアリルイは大きく衰退する。甕外は同志であり、アリルイが誇る至宝だ。甕外よりクリエイティブな才能がない雪取が、アリルイ創作界隈から引退するだけで事態が収まるのであれば、それが全国百人のアリルイにとって最善だ。

なんとしても明日は、青い鳥のSNSにログインして、逆カプたちの制裁を受けなくてはいけない。

そんなことを考えながら、雪取はここ1年間のイベント主催業務の重責から降りた開放感から、携帯端末を握ったまま寝落ちした。