3、
デート当日、俺は待ち合わせの駅に向かいながら、ふと考えた。
今日の椎名は、どっちの姿で来るのだろうか、と。
普通に男同士で遊びに出掛けるのだから、真貴くんなのか。
それとも行く場所が行く場所なので、可愛い恰好をした真貴ちゃんなのか。
椎名はこの前、デートだ、と言っていたから、女の子の姿で来るのかもしれない。
いやしかし、気分で姿を変えている、と言っていたから、行く場所関係なく男子の恰好かもしれない。
「うーん…どっちだ?」
今ここで頭を捻っていても意味のない問題に苦戦していると、待ち合わせの駅に到着していた。
待ち合わせまではまだ余裕がある。
改札を出て、何とはなしに周りを見回していると、三人組が目に入った。
可愛らしいワンピースを着た女の子に、二人の男性が汚い笑みを浮かべて話し掛けている……、ってあれ、もしかしてナンパか?
遠目だが、女の子はひたすらに首を振っているように見える。
なんと言うか、分別のない男はモテないぞ。
俺はやれやれと思いながら、三人に近付いた。
「あの、」
そう優しく声を掛けただけなのに、二人の男性は俺を見て固まった。
「何か困ってます?」
やんわりと声を掛けたはずなのに、「い、いえ!」と言ってさっさとどこかに行ってしまった。
「え?なんで?」と思ったけれど、多分、俺の恰好のせいだろう。いつも通り、金髪にアクセサリーじゃらじゃら、不良に見える恰好だからだ。あと視力があまり良くないので、目を細める癖がある。いやすまん、睨んでいるわけではないんだ。
「え、っと、」
もしかして知り合いの人でしたか?と女の子に訊こうとして、振り返った女の子が思い切り笑った。
「あはは!利緒くんすごっ!」
「し、椎名!?」
男性に絡まれていたのは、女の子の恰好をした椎名だった。
「なんだよ、椎名か」
また見ず知らずの人に怖がられるのではないかと思っていたので、少し安心した。
いや、安心している場合ではない。
「って、大丈夫だったのか?何かされてないか?」
笑っていた椎名は、首を横に振った。
「ううん、大丈夫。お茶しませんか~って声掛けられただけだから」
「それ、ナンパって言うんだぞ、知ってるか?」
「知ってるとも!僕、男の子です、って言っても信じてもらえなかったんだよ」
そりゃそうだろうな。
今の椎名の姿は、どう見ても可憐で深窓の令嬢的な雰囲気がある。
「今日はそっちの恰好で来たんだな」
「うん!可愛いお店いっぱい行きたいから」
「それはいいけど、待ち合わせ気を付けろよ…って言いたいけど、俺が待たせたせいだ、ごめん」
椎名はけろりと笑って「大丈夫だよ、全然気にしてないし。それだけ僕の女の子の姿が魅力的ってことでしょ?」となかなかにポジティブな返答だった。
「さ!そんなことより、行こ!」
「ああ」
椎名に手を惹かれ、俺達は街へと繰り出した。
椎名とやって来たのは、若者で溢れる街、山宿の梅下通りだった。
やたらとクレープ屋さんが並んでいる中で、俺達は通りの入口付近にある、パンケーキの店へと足を踏み入れた。
「わーっ!可愛い!」
運ばれてきたパンケーキをぱしゃぱしゃとスマホで取りながら、目をきらきらとさせる椎名。
「超可愛くない?」
そう笑ってパンケーキを見せるお前が可愛い。
などと思いながら、自分のパンケーキにナイフとフォークを入れる。ちょっと甘すぎるが、うん、うまい。
「一緒に写真撮ろ!」
「え?」
戸惑っている間に、椎名がこちらに顔を寄せて来てぱしゃりと写真を撮った。
「利緒くんも可愛く撮れてる!」と見せてもらった写真は、いつも通りの目つきの悪い不良みたいな俺が映っているだけで、どう見ても可愛さの欠片もなかった。椎名はもちろん可愛いが。
「僕、こうやって、可愛い物を食べたり見たりするデート、ずっとやってみたかったんだ!」
「友人と来たりはしないのか?」
「うん…学校ではみんな気にせず接してくれてるけど、外ではあんまり遊んだことはないかな」
「そうか」
はしゃぎながらパンケーキをつつく椎名を見ながら、一人称は結構適当な使い分けなんだなぁ、などとぼんやり思った。
パンケーキを食べた後は、ぶらりとその辺の店に立ち寄ったりした。
一緒にアクセサリーを見たり、カラフルすぎる綿あめを食べたり、ふくろうカフェに入ったり。
可愛い服がある!と服屋に入っては、色んな服を試着していた。
カーテンを開ける度に、女子だったり男子だったりするものだから、脳の処理が忙しかった。
ほんと、どんな服でも似合うな。
女子の恰好である時はもちろんなのだが、男子としてもかなりイケメンな方なので、何を着てもそれはそれはとても似合っていた。
何着か買って店を出ると、女子の恰好で来ていた椎名は、いつしか男子の恰好になっていた。
「この服、気に入っちゃった!かっこいいでしょ?」
そう言ってくるっと回る仕草はまだ女子のままだったが、華奢な椎名にとてもよく似合っていた。
「似合うよ」と言うと、「でしょ!」と言って、実に嬉しそうに笑った。
色んな店を歩き回った俺達は、少し休憩しようと、近くのベンチに腰掛けた。
「そういえば椎名、ヒール…」
待ち合わせの時は女子の恰好でヒールを履いていたはずの椎名は、男子の恰好になって運動靴になっていた。
「悪い、ちゃんと気にしてやれなかった」
ヒールを履いていたのに、休憩もそこそこに歩き回ってしまった。
デートって難しい…と反省していると、椎名は気にしたようすもなかった。
「全然!気にしなくていいよ、痛かったら言うし、今はもう履き替えたしね」
「見た目に反して、結構たくましいよな、お前って」
「そう?どっちの僕も楽しいからね」
「休憩がてら、クレープ食べるか。せっかく山宿来たし」
「賛成!」
「俺、買ってくるよ」
「ありがとう~」と手をひらひら振る椎名をベンチに残して、俺は手近なクレープ屋さんで、人気らしい適当なクレープを購入した。
「お待たせ」
「ありがと!」
男二人並んでベンチでクレープを食べた。
「あー、楽しかった!こんなに遊んだの久しぶりだ」
帰り道、椎名はすごく嬉しそうに歩いていた。
地元に帰って来て、公園へと差し掛かると、「少し寄って行かない?」と椎名が声を掛けてきた。
俺は頷いて、椎名と出逢ったベンチへと腰を降ろす。
「利緒くん、今日はありがとう」
「あ、いや…お誕生日のお祝いのはずだったんだが、大したことできてないし…」
彼氏として恋人へのお誕生日のお祝いがこんなものでよかったのだろうか。
ん?というか待てよ、俺が彼氏で、椎名が彼女でいいのか?それともどっちも彼氏、という括りになるのだろうか??
謎の思考に飲み込まれそうになっている俺に、椎名は笑いかけた。
「すごく楽しかった、十分だよ」
あまりにイケメンすぎる笑顔が眩しくて、俺は目を細めた。
「あ、そうだ。渡しそびれるところだった」
「ん?」
俺は鞄から、先程椎名が試着しているときにこっそりと買ったプレゼントを差し出した。
椎名は目を丸くして俺の手の中の包みを見つめる。
「え、これって…」
「誕生日プレゼント。遅くなっちゃったけど、お誕生日おめでとう」
「ありがとう!わざわざ買ってくれたの?嬉しいな。開けてもいい?」
「ああ…気に入らなかったらすまんが…」
椎名は小さな子供のように目を輝かせながらリボンを解いた。
「これは、ヘアアクセ?」
ヘアゴムになんの花だか分からんモチーフが付いているものだ。
「椎名に、あ、真貴ちゃんに似合うと思って」
椎名はいつも女子の姿の時は髪を降ろしているから、結ぶことはないのかもしれないが。
「嬉しい!ヘアアレンジにも挑戦したいと思ってたから、助かるよ」
「それはよかった」
「あれ?まだ何かある?」
椎名はもう一つのプレゼントを取り出した。
「パスケース?」
皮のシックなパスケースだ。
「そっちは一応真貴くん用だ。男の恰好の時にでも使ってくれ。まぁよく見るとうさぎのロゴとか入ってた気がするから、真貴ちゃんの時でも使えると思う……って、椎名!?どうした!?」
やけに静かな椎名の顔を見ると、その綺麗な顔には涙が伝っていた。
「だ、大丈夫か!?お腹痛いか!?それともプレゼントが嫌だったか!?」
急に泣き出した椎名に、動揺と冷や汗が止まらない。
しかし心配する俺をよそに、椎名は笑って見せた。
「違うよ。嬉しかったんだ、こんなに僕のことを考えてくれるなんて、思ってもみなかったから」
「そりゃ、そうだろ…一応、付き合ってるんだし…」
俺の返答に、椎名は眉を下げて笑う。
「そうだね。でも、まさか本気にされるとは、思わなかったんだ」
「え…?」
「利緒くん、本当は僕のこと女の子だと思ってたでしょ?」
「うぐっ、気付いてたのか」
「そりゃあね。利緒くんが気付いてないだけで、きみ、結構顔に出てるよ?」
「マジか…」
椎名が女子だと思って告白してしまったことは認める。けれど。
「それを分かっていながら、どうして椎名は俺と付き合うことにしたんだ?俺が告白を撤回するとは思わなかったのか?」
実際少し撤回しようとも考えていたんだが…。
「んー、簡単に言えば、僕が利緒くんをいいな、って思っちゃったんだよね」
「え?」
「初めてここで話した時から、きみは見ず知らずの僕のことなんかに、すごく親身になってくれた。もしかしたら僕が女の子の恰好だったからなのかもしれないとも思ったけど、やっぱりきみは違ったよ。こうしてどっちの僕も受け入れてくれて、大切にしようとしてくれる。僕の見立てに間違いはなかった」
椎名はそう言って俺からのプレゼントを愛しそうに見つめる。
「僕、利緒くんのことが好きみたい」
その真っ直ぐな言葉は、俺の中に綺麗に響き渡った。
「ねえ、お試しなんて言ってたけど、このまま僕と付き合ってくれる?今度は僕が利緒くんを喜ばせる、最高の彼氏になってみせるから」
「椎名…」
椎名といると楽しい。女子の姿だろうが、男子の姿だろうが、椎名は明るくて自分の好きを貫いていて、かっこいい。
男同士で付き合うってことが、どんなことか俺にはまだ分からない。
けれど、まだまだ椎名と一緒にいたいと思う。
「椎名、俺も……」
ん?待てよ?
「今、彼氏って言ったか?」
「うん、言ったね」
「椎名が彼氏で、俺が彼女ってこと?」
「そうだと思ってたけど、違うの?」
「いやいや違うだろ。彼氏彼女で括るとするならば、どう考えても椎名が彼女だろ」
男の姿でも可憐だというのに、どの口が彼氏などと言っているのだろうか。
「あれ?利緒くん知らないの?リードする方が彼氏なんだよ?」
「は?どういう意味だ??」
くすくすと笑う椎名に、俺はまた目を奪われる。
「そのうち分かるかもね」
椎名と出逢って初めてみる、清々しいほどに綺麗な笑顔だった。
俺達はその後もあーだこーだ言いながら帰った。
俺にとって初めての恋人は、まさかの同姓という、なかなかにパンチの効いたものとなったが、まぁ、人生いろいろあるわな。
椎名のことはまだまだ知らないことだらけだが、ゆっくり知っていこうじゃないか。
きっとその頃には、この名前のない俺の気持ちも、言葉に出来るようになるだろう。
夕焼けを背に受けながら、俺達は初めて手を繋いだ。
終わり
デート当日、俺は待ち合わせの駅に向かいながら、ふと考えた。
今日の椎名は、どっちの姿で来るのだろうか、と。
普通に男同士で遊びに出掛けるのだから、真貴くんなのか。
それとも行く場所が行く場所なので、可愛い恰好をした真貴ちゃんなのか。
椎名はこの前、デートだ、と言っていたから、女の子の姿で来るのかもしれない。
いやしかし、気分で姿を変えている、と言っていたから、行く場所関係なく男子の恰好かもしれない。
「うーん…どっちだ?」
今ここで頭を捻っていても意味のない問題に苦戦していると、待ち合わせの駅に到着していた。
待ち合わせまではまだ余裕がある。
改札を出て、何とはなしに周りを見回していると、三人組が目に入った。
可愛らしいワンピースを着た女の子に、二人の男性が汚い笑みを浮かべて話し掛けている……、ってあれ、もしかしてナンパか?
遠目だが、女の子はひたすらに首を振っているように見える。
なんと言うか、分別のない男はモテないぞ。
俺はやれやれと思いながら、三人に近付いた。
「あの、」
そう優しく声を掛けただけなのに、二人の男性は俺を見て固まった。
「何か困ってます?」
やんわりと声を掛けたはずなのに、「い、いえ!」と言ってさっさとどこかに行ってしまった。
「え?なんで?」と思ったけれど、多分、俺の恰好のせいだろう。いつも通り、金髪にアクセサリーじゃらじゃら、不良に見える恰好だからだ。あと視力があまり良くないので、目を細める癖がある。いやすまん、睨んでいるわけではないんだ。
「え、っと、」
もしかして知り合いの人でしたか?と女の子に訊こうとして、振り返った女の子が思い切り笑った。
「あはは!利緒くんすごっ!」
「し、椎名!?」
男性に絡まれていたのは、女の子の恰好をした椎名だった。
「なんだよ、椎名か」
また見ず知らずの人に怖がられるのではないかと思っていたので、少し安心した。
いや、安心している場合ではない。
「って、大丈夫だったのか?何かされてないか?」
笑っていた椎名は、首を横に振った。
「ううん、大丈夫。お茶しませんか~って声掛けられただけだから」
「それ、ナンパって言うんだぞ、知ってるか?」
「知ってるとも!僕、男の子です、って言っても信じてもらえなかったんだよ」
そりゃそうだろうな。
今の椎名の姿は、どう見ても可憐で深窓の令嬢的な雰囲気がある。
「今日はそっちの恰好で来たんだな」
「うん!可愛いお店いっぱい行きたいから」
「それはいいけど、待ち合わせ気を付けろよ…って言いたいけど、俺が待たせたせいだ、ごめん」
椎名はけろりと笑って「大丈夫だよ、全然気にしてないし。それだけ僕の女の子の姿が魅力的ってことでしょ?」となかなかにポジティブな返答だった。
「さ!そんなことより、行こ!」
「ああ」
椎名に手を惹かれ、俺達は街へと繰り出した。
椎名とやって来たのは、若者で溢れる街、山宿の梅下通りだった。
やたらとクレープ屋さんが並んでいる中で、俺達は通りの入口付近にある、パンケーキの店へと足を踏み入れた。
「わーっ!可愛い!」
運ばれてきたパンケーキをぱしゃぱしゃとスマホで取りながら、目をきらきらとさせる椎名。
「超可愛くない?」
そう笑ってパンケーキを見せるお前が可愛い。
などと思いながら、自分のパンケーキにナイフとフォークを入れる。ちょっと甘すぎるが、うん、うまい。
「一緒に写真撮ろ!」
「え?」
戸惑っている間に、椎名がこちらに顔を寄せて来てぱしゃりと写真を撮った。
「利緒くんも可愛く撮れてる!」と見せてもらった写真は、いつも通りの目つきの悪い不良みたいな俺が映っているだけで、どう見ても可愛さの欠片もなかった。椎名はもちろん可愛いが。
「僕、こうやって、可愛い物を食べたり見たりするデート、ずっとやってみたかったんだ!」
「友人と来たりはしないのか?」
「うん…学校ではみんな気にせず接してくれてるけど、外ではあんまり遊んだことはないかな」
「そうか」
はしゃぎながらパンケーキをつつく椎名を見ながら、一人称は結構適当な使い分けなんだなぁ、などとぼんやり思った。
パンケーキを食べた後は、ぶらりとその辺の店に立ち寄ったりした。
一緒にアクセサリーを見たり、カラフルすぎる綿あめを食べたり、ふくろうカフェに入ったり。
可愛い服がある!と服屋に入っては、色んな服を試着していた。
カーテンを開ける度に、女子だったり男子だったりするものだから、脳の処理が忙しかった。
ほんと、どんな服でも似合うな。
女子の恰好である時はもちろんなのだが、男子としてもかなりイケメンな方なので、何を着てもそれはそれはとても似合っていた。
何着か買って店を出ると、女子の恰好で来ていた椎名は、いつしか男子の恰好になっていた。
「この服、気に入っちゃった!かっこいいでしょ?」
そう言ってくるっと回る仕草はまだ女子のままだったが、華奢な椎名にとてもよく似合っていた。
「似合うよ」と言うと、「でしょ!」と言って、実に嬉しそうに笑った。
色んな店を歩き回った俺達は、少し休憩しようと、近くのベンチに腰掛けた。
「そういえば椎名、ヒール…」
待ち合わせの時は女子の恰好でヒールを履いていたはずの椎名は、男子の恰好になって運動靴になっていた。
「悪い、ちゃんと気にしてやれなかった」
ヒールを履いていたのに、休憩もそこそこに歩き回ってしまった。
デートって難しい…と反省していると、椎名は気にしたようすもなかった。
「全然!気にしなくていいよ、痛かったら言うし、今はもう履き替えたしね」
「見た目に反して、結構たくましいよな、お前って」
「そう?どっちの僕も楽しいからね」
「休憩がてら、クレープ食べるか。せっかく山宿来たし」
「賛成!」
「俺、買ってくるよ」
「ありがとう~」と手をひらひら振る椎名をベンチに残して、俺は手近なクレープ屋さんで、人気らしい適当なクレープを購入した。
「お待たせ」
「ありがと!」
男二人並んでベンチでクレープを食べた。
「あー、楽しかった!こんなに遊んだの久しぶりだ」
帰り道、椎名はすごく嬉しそうに歩いていた。
地元に帰って来て、公園へと差し掛かると、「少し寄って行かない?」と椎名が声を掛けてきた。
俺は頷いて、椎名と出逢ったベンチへと腰を降ろす。
「利緒くん、今日はありがとう」
「あ、いや…お誕生日のお祝いのはずだったんだが、大したことできてないし…」
彼氏として恋人へのお誕生日のお祝いがこんなものでよかったのだろうか。
ん?というか待てよ、俺が彼氏で、椎名が彼女でいいのか?それともどっちも彼氏、という括りになるのだろうか??
謎の思考に飲み込まれそうになっている俺に、椎名は笑いかけた。
「すごく楽しかった、十分だよ」
あまりにイケメンすぎる笑顔が眩しくて、俺は目を細めた。
「あ、そうだ。渡しそびれるところだった」
「ん?」
俺は鞄から、先程椎名が試着しているときにこっそりと買ったプレゼントを差し出した。
椎名は目を丸くして俺の手の中の包みを見つめる。
「え、これって…」
「誕生日プレゼント。遅くなっちゃったけど、お誕生日おめでとう」
「ありがとう!わざわざ買ってくれたの?嬉しいな。開けてもいい?」
「ああ…気に入らなかったらすまんが…」
椎名は小さな子供のように目を輝かせながらリボンを解いた。
「これは、ヘアアクセ?」
ヘアゴムになんの花だか分からんモチーフが付いているものだ。
「椎名に、あ、真貴ちゃんに似合うと思って」
椎名はいつも女子の姿の時は髪を降ろしているから、結ぶことはないのかもしれないが。
「嬉しい!ヘアアレンジにも挑戦したいと思ってたから、助かるよ」
「それはよかった」
「あれ?まだ何かある?」
椎名はもう一つのプレゼントを取り出した。
「パスケース?」
皮のシックなパスケースだ。
「そっちは一応真貴くん用だ。男の恰好の時にでも使ってくれ。まぁよく見るとうさぎのロゴとか入ってた気がするから、真貴ちゃんの時でも使えると思う……って、椎名!?どうした!?」
やけに静かな椎名の顔を見ると、その綺麗な顔には涙が伝っていた。
「だ、大丈夫か!?お腹痛いか!?それともプレゼントが嫌だったか!?」
急に泣き出した椎名に、動揺と冷や汗が止まらない。
しかし心配する俺をよそに、椎名は笑って見せた。
「違うよ。嬉しかったんだ、こんなに僕のことを考えてくれるなんて、思ってもみなかったから」
「そりゃ、そうだろ…一応、付き合ってるんだし…」
俺の返答に、椎名は眉を下げて笑う。
「そうだね。でも、まさか本気にされるとは、思わなかったんだ」
「え…?」
「利緒くん、本当は僕のこと女の子だと思ってたでしょ?」
「うぐっ、気付いてたのか」
「そりゃあね。利緒くんが気付いてないだけで、きみ、結構顔に出てるよ?」
「マジか…」
椎名が女子だと思って告白してしまったことは認める。けれど。
「それを分かっていながら、どうして椎名は俺と付き合うことにしたんだ?俺が告白を撤回するとは思わなかったのか?」
実際少し撤回しようとも考えていたんだが…。
「んー、簡単に言えば、僕が利緒くんをいいな、って思っちゃったんだよね」
「え?」
「初めてここで話した時から、きみは見ず知らずの僕のことなんかに、すごく親身になってくれた。もしかしたら僕が女の子の恰好だったからなのかもしれないとも思ったけど、やっぱりきみは違ったよ。こうしてどっちの僕も受け入れてくれて、大切にしようとしてくれる。僕の見立てに間違いはなかった」
椎名はそう言って俺からのプレゼントを愛しそうに見つめる。
「僕、利緒くんのことが好きみたい」
その真っ直ぐな言葉は、俺の中に綺麗に響き渡った。
「ねえ、お試しなんて言ってたけど、このまま僕と付き合ってくれる?今度は僕が利緒くんを喜ばせる、最高の彼氏になってみせるから」
「椎名…」
椎名といると楽しい。女子の姿だろうが、男子の姿だろうが、椎名は明るくて自分の好きを貫いていて、かっこいい。
男同士で付き合うってことが、どんなことか俺にはまだ分からない。
けれど、まだまだ椎名と一緒にいたいと思う。
「椎名、俺も……」
ん?待てよ?
「今、彼氏って言ったか?」
「うん、言ったね」
「椎名が彼氏で、俺が彼女ってこと?」
「そうだと思ってたけど、違うの?」
「いやいや違うだろ。彼氏彼女で括るとするならば、どう考えても椎名が彼女だろ」
男の姿でも可憐だというのに、どの口が彼氏などと言っているのだろうか。
「あれ?利緒くん知らないの?リードする方が彼氏なんだよ?」
「は?どういう意味だ??」
くすくすと笑う椎名に、俺はまた目を奪われる。
「そのうち分かるかもね」
椎名と出逢って初めてみる、清々しいほどに綺麗な笑顔だった。
俺達はその後もあーだこーだ言いながら帰った。
俺にとって初めての恋人は、まさかの同姓という、なかなかにパンチの効いたものとなったが、まぁ、人生いろいろあるわな。
椎名のことはまだまだ知らないことだらけだが、ゆっくり知っていこうじゃないか。
きっとその頃には、この名前のない俺の気持ちも、言葉に出来るようになるだろう。
夕焼けを背に受けながら、俺達は初めて手を繋いだ。
終わり