こうして、水城が入院することになった。生徒会の雑事は、残った役員の面々の他、臨時で代打として、当初は面倒くさそうだったが海祈が引き受けている。水城の頼みだったらしい。あれから大分時が経過している。

「不思議なものですね」

 これまで、一位が二人いてその次であったから、山科は今回の期末テストにおいて、水城が不在により、初めての『二位』となった。嬉しくない。

「ほら、次こっち」

 海祈が手伝えというからと、山科もまた生徒会室でおはながみで、飾り作りを手伝っている。季節はもうすぐ、学園祭だ。他の役員達は、買い出しに出かけている。現在、生徒会室には、山科と海祈の二人きりだ。既に移植は成功しており、学園祭の頃には退院か外泊で、水城も学園に来られるという話は、山科も聞いていた。

「はい」

 手を伸ばした山科の手が、海祈の手に触れる。すると海祈がビクリとした。その反応に、山科は海祈を見る。

「驚かせてしまいましたね」
「ん……いや、いいんだ。それより、その……だな」
「はい?」
「礼。言ってなかったと思って」
「礼?」
「俺……お前が、そばにいてくれるって言ってくれたの、嬉しかった」
「礼なんて不要です」

 山科が目を細くして笑う。今回の件から一気に距離が近づいて蓋を開ければ、思えば幼稚園時代から一緒だったというのに、自分のがわで距離を作っていたみたいだと山科は感じるほどだった。そのくらい、そばで見ていると、海祈は優しく、ぶっきらぼうだけれど繊細で、甘えるのが本当に下手なのだろうなと思う。するとこれがまたおかしなほどに、甘やかしたくなる。

 守りたい、と。
 そう思ったあの一瞬から、山科は海祈から目を離せなくなった。そうして気づけば、不毛なことに、恋をしてしまっている現状がある。

「これからも、そばにいてくれるか?」
「言われなくても。宜しければ、そばにいさせて下さい」

 山科はそう答えると、そっと海祈の手を握る。
 すると海祈がまたビクリとした後、ちらりと山科を見た。

「俺は誤解するぞ?」
「誤解?」
「……山科は優しすぎる。お前、みんなに優しいけど……俺にだけ特別優しくなったよな? 水城のことがあったからだって分かってる。でも……俺は、お前が俺にだけ優しければいいと思ってる。俺のことだけ、見てろよ」
「海祈くん?」
「言わせんなよ、好きなんだよお前の事」
「え?」

 その言葉に、山科は驚いた。変な力が手にこもってしまう。

「お前はテストの時しか俺のこと見てないの分かってた、から……俺は俺なりに、本当は俺は勉強が大嫌いだけど頑張って……お前の視界に入るようにしてて、それで、そのもっと前なら……だから、その……」

 と、ぽつりぽつりと、海祈が語り出す。曰く、幼稚園でのサツマイモ掘りの行事で隣で一緒に座った時から、ずっと好きだったという。そんな記憶は山科には――残念ながら、存在した。その次は、お遊戯会だ。山科が王子様役で、どうして水城が王子じゃないんだと苦情が来た黒歴史のお遊戯会にて、姫役だった海祈は嬉しかったのだという。スカートなんて恥ずかしくて嫌だと泣きわめいたけれど、真正面に山科の困ったような笑顔があったから全て許せてしまったのだという。合奏コンクールでは、ピアノを弾く山科に見惚れながら、ヴァイオリンを弾いたと語る。あのコンクールでは、双子はそろってヴァイオリンを弾いていた。そして、海祈は最後に言った。

「でも俺は、いつも水城とセットか、水城のおまけに見られる。でもな? 山科にだけは、そうされたくねぇんだよ。だけどまさかの好きになったお前は、セットやおまけはおろか、俺達の区別なんてどうでもよさそうにしてて、ムカツク」

 その言葉に、山科は目を丸くしてから破顔した。

「区別できていなかったとは言いません。正直、海祈くんのことは、卵が好きなほうとして認識していました」
「認識の仕方……」
「ただ、今現時点において、俺はあなただけが好きですよ」
「っ、もう一回」
「好きですよ」
「も、もう一回! 繰り返してくれ!」
「ですから、好きです」
「……両想い?」
「さぁ? そうかもしれませんね」
「かもなんて嫌だ」
「俺はあなたが好きです」

 山科はそう告げると、隣からギュッと海祈を抱きしめる。海祈が息を呑んでから、その腕に触れた。

「少なくとも今は、俺は区別はおろか、貴方と貴方以外の全人類で区別が可能です」
「うん?」
「俺は海祈くんにとってだけの、特別でありたい。そうですね、成績表はともかくとして、俺は海祈くんの一番になりたいんだ。本来なら万年三位の俺ですが、あなたの一位、目指します」
「……もうなってる。最初から、なってる」

 ぼそっと答えた海祈の頬は朱い。それから目と目を合わせあい、すると静かに海祈が目を伏せる。顔を傾けた山科が、その唇に触れるまであと少し。


 なお、その年の学園祭は、復帰した水城がステージに乗り、大盛況の中幕を下ろすのだが、引っ張り出された海祈を見守りつつ、裏方に徹していた山科は、終始穏やかに笑っていたのだった。