澪標学園高等部二学年には、有名な双子が存在している。一人は生徒会長も務めている兄の水城(みずき)で、その髪の色は金色だ。他方、弟はといえば黒髪を貫いていて前髪を下ろしているが、端正さが疑えない養子の海祈(みき)だ。一卵性双生児の相良(さがら)兄弟は、性格も百八十度違うと騒がれている。兄の水城は社交的で明るく、いつも余裕たっぷりに笑っている。弟の海祈は、全てを面倒くさそうに、若干蔑むように気怠い視線を向けることが多い。テンションは、低めだ。

 そんな噂が入ってくるのは、一つは同じクラスだからという理由だろう。
 本日も参考書の入ったタブレット端末に向き合いながら、山科隆介(やましなりゅうすけ)は教室に響いている明るい水城の声――「海祈、はい、あーん」というブラコンさを隠す様子も無いお弁当を食べさせようとする水城の言葉を耳にしている。「やめろよ」と億劫そうに言いながらも、隣に並んでお弁当を食べているのであるから、山科は海祈もブラコンなんだろうなと内心で認定していた。

 山科は自分のお弁当箱に入る、タコにはちっとも見えないソーセージを見る。これは、自宅のハウスキーパーが作ってくれた品だ。キャラ弁にはほど遠いお弁当であるが、具材は豪華だ。そこをいくと双子のお弁当は学園新聞に写真が載っていた時に見たことがあるが、ご両親が丹精込めて作ったキャラ弁が多い様子だ。今も水城がまさにタコさんウインナーを海祈に食べさせようとしている。幸せそうな一般家庭の出身の二人に比べると、山科はこの界隈一の総合病院の院長の子息で、母はその経営陣側でこちらも医師免許を持ち、なんというかまさに医師一家に生を受けた。医者になるべくして生まれた、と、周囲には期待もされている。山科本人の夢も医師になることだ。あの二人には、医師になりたいという気持ちは特にないのだろうが、つい、と、比べてしまうのは、クラス以外に唯一二人と山科が交わる場所があるためである。それが、定期試験の成績発表の場だ。

「しっかし僕らは流石だね? 海祈」
「なにが?」
「中間テストも実に簡単だった」
「あー、まぁな」

 この双子、いつも満点で不動の同率一位の成績をたたき出している。山科は、いつも三位だ。偏差値が高い学園の、それも特別クラスの中における三位は、決して悪いものではない。だが、山科がどんなに寝る間を惜しんで勉強しても、この二人に勝てたことは、入学してから一度も無かった。

「残念だったね、山科くん」

 その時、黒板前に座っている水城が、にやっと笑って山科を見た。
 真正面にいた山科は、少し考える顔をしてから笑って返す。

「順位は問題ではありません。俺は俺の出来ることをしました。その上で、ケアレスミスをしたのは俺の不徳です」

 綺麗に笑った山科を見ると、水城が両頬を持ち上げた。別に仲が悪いわけではない。かといって仲が良いわけでもないので、山科はいつだって上辺の対応をしている。それこそ、本音を言えば、打ち負かしてやりたいと思っていないこともないが、そうする力量がないことは、悔しいぐらいに自分が一番分かっている。

「山科ぁ、その厚焼き卵。よこせ」

 すると不意に海祈が立ち上がった。目を丸くした山科の前で、お弁当箱を覗き込んだ海祈が、上目遣いに山科を見る。山科は遠い目をした。端正かつ可憐な顔で詰め寄られると、つい許してしまいたくなる者が多いこの学園において――……珍しくそういう層ではない山科は、周囲からの嫉妬の視線を浴びて胸が痛くなった。山科は成績はいいし、見た目だって双子ほどではないが整っている方だ。けれど、学園において山科のファンを名乗るものはほぼおらず、大抵の場合山科は、双子のファンに刺されるのではと怯える日々だ。

 接点はクラスと、上位十名だけ公開される成績表でしかないはずなのだが、この双子、なにかと山科に絡んでくる。

「どうぞ」
「ん」

 ひょいっと海祈が箸で厚焼き卵を食べた。山科のお弁当箱にある卵料理は、高確率で海祈に狙われる。

「美味い」
「それはなによりです」

 山科はそう答えてから、参考書を改めてみる。毎日が、平穏だ。