卒業式が終わった。
国立大の二次試験はお守りのおかげか、とても落ち着いた状態で臨むことが出来た。
あとは明日の結果発表だよなあ。
唯人は明海の高校前でバスを降りた。約束の時間にはなんとか間に合った。
天気は快晴。
貰って以来癖になり、コートのポケットに入れたお守りを握る。こうすると不思議と落ち着いた。
「遅れそうだって言ってなかったか」
海太郎がバス停の向こうから歩いて来た。
「いや、バスが時間より遅れて来て」
「そうか」
二人並んで正面の高校を見つめる。海太郎は猫背でも唯人より頭一つ分は背が高い。背を伸ばしたら二つ分くらい高くなるのかもしれない。
ここに明海がいて、真ん中に立ったら頭の高さが階段みたいになるのか。
想像したら、笑い声が漏れた。唯人の顔を見て、海太郎は僅かに口角をつり上げた。
「喫茶店にでも入るか」
歩き始めた海太郎について行く。
いっつもこの背中を追ってたんだよなあ。
今日は感慨深かった。
◆
喫茶店の中はクラシック音楽が流れ、薄暗い。壁に掛けられた絵画が、いかにも大人向けのお店という気がする。
メニュー表は全体的に料金が高めで、安いものを探した。軽食系も中々高い。飲み物だけで済ませよう。
唯人は店員にこのお店オリジナルだという、果物のミックスジュースを頼んだ。海太郎はガッツリ食べるつもりらしく、コーヒーの他に何皿かの料理と大盛りのパフェを注文している。
「答えは出たのか?」
店員を見送るなり、海太郎は切り出す。
「とりあえず、前も言ったけど、直人とのことは怒ってない。直人のこと幸せにしてやって欲しいし、カイにも幸せになって欲しい。むしろ、両想いになって良かった、おめでとうって思ってる」
「最大級の祝福だな。ありがとう」
ゆったりとした仕草で海太郎は足を組んだ。椅子が低いので、それでも若干窮屈そうだ。時折、近くを通る店員や客が海太郎を見て頬を染めて行く。
控えめな笑顔が、自然で美しいからだろう。
直人とよく笑ってるんだろうな。
昔見た中にない表情につられて、唯人も笑みを返した。
「それで、答えは? そもそも、答えの原因になった問いは?」
けれど、中身はやっぱり海太郎だ。無自覚に遠慮がない。
「あー。問いは長いから、答えだけ言うよ。笑うかもしれないんだけど」
「笑わない」
きっぱりと言い、退路を断ってきた。
端的に、なるべく突っ込まれないように。
唯人は言葉を探し、お守りをこっそり掴んだ。やっと告げる。
「カイのこと、友達としてずっと好きで憧れてたんだ。それを恋と勘違いして、こんがらがってただけ。二人が両想いになったら俺の居場所がなくなるんじゃないかって変に心配してたし」
店員が営業スマイルとは思えないツヤツヤとした笑顔でコーヒーとジュースを置いて行く。
海太郎に気にした様子はなく、涼しい顔でコーヒーを飲んでいた。
俺だけなの!? この状況でいたたまれないの!
ストローをさし、ジュースを一気に飲み干した。もっと味わえば良かった。後悔する程度には美味しい。何が入っているのかは分からないが、甘さと酸味のバランスがちょうど良かった。
明海はこういうの好きだろうか。
「そうか」
全て分かったのか、そうでないのか分からない。
こういうときのポーカーフェイスは反応に困る。唯人は動揺も何もかも表面に現れて隠し通せないのに。
「ところで、お前、明海ににぎにぎされたか?」
「は?」
明海という単語だけでも胸のもやもやを吹き飛ばすのに十分だったが、それ以上に海太郎の口から出た似合わない単語に度肝を抜かれた。
「明海は小さい頃から好きなものを握る癖があるんだが、いまだに起きてすぐの意識がぼんやりしているときだとやるので困る、とおばさんが」
好きなものを握る……。
出会った日の記憶が蘇り、唯人は絶句し、赤面した。
あれは明海の心の底からの好きの表現だったのか!
机に突っ伏す。耳が赤いのは髪が隠してくれていると信じた。
「それって片手? 両手?」
「片手じゃないか? おばさんが、両手でって強調してるのは、小さい頃ぼろぼろになって捨てたぬいぐるみくらいしか記憶がない」
俺、ぬいぐるみレベル!?
「この上ない好き、素晴らしいじゃないか」
恥じらうでもなく、言ってのけられる海太郎が羨ましい。
店員の声を聞いて上体は起こしたが、顔を見られなかった。
俺もお前みたいに素直に振舞いたかったよ、という海太郎の独り言は食器の立てる音に紛れて、唯人の耳には届かなかった。
店を出るときには、顔の赤みは引いていた。
代わりに海太郎の食欲にげんなりする。
「よくそんなに入るなあ」
「お前こそ、何も食わなくて夕飯まで平気か?」
お会計で財布を出し、そのまま全部海太郎が払おうとする。唯人が学ランのポケットを探り財布を出そうとしたところで、何かが落ちた。ジュースの分を払っている間に海太郎が拾ってくれる。
「これ、去年明海にやったお守りだな」
「え?」
「一昨年受験のときにばあさんから貰ったんだ。合格したから利益があるかと思って、明海に渡したんだよ」
表面のゴミを手で軽く払ってから返してくれたそれは、明美にとってどういう意味を持っていたんだろう。
外は吹雪になっていた。
国立大の二次試験はお守りのおかげか、とても落ち着いた状態で臨むことが出来た。
あとは明日の結果発表だよなあ。
唯人は明海の高校前でバスを降りた。約束の時間にはなんとか間に合った。
天気は快晴。
貰って以来癖になり、コートのポケットに入れたお守りを握る。こうすると不思議と落ち着いた。
「遅れそうだって言ってなかったか」
海太郎がバス停の向こうから歩いて来た。
「いや、バスが時間より遅れて来て」
「そうか」
二人並んで正面の高校を見つめる。海太郎は猫背でも唯人より頭一つ分は背が高い。背を伸ばしたら二つ分くらい高くなるのかもしれない。
ここに明海がいて、真ん中に立ったら頭の高さが階段みたいになるのか。
想像したら、笑い声が漏れた。唯人の顔を見て、海太郎は僅かに口角をつり上げた。
「喫茶店にでも入るか」
歩き始めた海太郎について行く。
いっつもこの背中を追ってたんだよなあ。
今日は感慨深かった。
◆
喫茶店の中はクラシック音楽が流れ、薄暗い。壁に掛けられた絵画が、いかにも大人向けのお店という気がする。
メニュー表は全体的に料金が高めで、安いものを探した。軽食系も中々高い。飲み物だけで済ませよう。
唯人は店員にこのお店オリジナルだという、果物のミックスジュースを頼んだ。海太郎はガッツリ食べるつもりらしく、コーヒーの他に何皿かの料理と大盛りのパフェを注文している。
「答えは出たのか?」
店員を見送るなり、海太郎は切り出す。
「とりあえず、前も言ったけど、直人とのことは怒ってない。直人のこと幸せにしてやって欲しいし、カイにも幸せになって欲しい。むしろ、両想いになって良かった、おめでとうって思ってる」
「最大級の祝福だな。ありがとう」
ゆったりとした仕草で海太郎は足を組んだ。椅子が低いので、それでも若干窮屈そうだ。時折、近くを通る店員や客が海太郎を見て頬を染めて行く。
控えめな笑顔が、自然で美しいからだろう。
直人とよく笑ってるんだろうな。
昔見た中にない表情につられて、唯人も笑みを返した。
「それで、答えは? そもそも、答えの原因になった問いは?」
けれど、中身はやっぱり海太郎だ。無自覚に遠慮がない。
「あー。問いは長いから、答えだけ言うよ。笑うかもしれないんだけど」
「笑わない」
きっぱりと言い、退路を断ってきた。
端的に、なるべく突っ込まれないように。
唯人は言葉を探し、お守りをこっそり掴んだ。やっと告げる。
「カイのこと、友達としてずっと好きで憧れてたんだ。それを恋と勘違いして、こんがらがってただけ。二人が両想いになったら俺の居場所がなくなるんじゃないかって変に心配してたし」
店員が営業スマイルとは思えないツヤツヤとした笑顔でコーヒーとジュースを置いて行く。
海太郎に気にした様子はなく、涼しい顔でコーヒーを飲んでいた。
俺だけなの!? この状況でいたたまれないの!
ストローをさし、ジュースを一気に飲み干した。もっと味わえば良かった。後悔する程度には美味しい。何が入っているのかは分からないが、甘さと酸味のバランスがちょうど良かった。
明海はこういうの好きだろうか。
「そうか」
全て分かったのか、そうでないのか分からない。
こういうときのポーカーフェイスは反応に困る。唯人は動揺も何もかも表面に現れて隠し通せないのに。
「ところで、お前、明海ににぎにぎされたか?」
「は?」
明海という単語だけでも胸のもやもやを吹き飛ばすのに十分だったが、それ以上に海太郎の口から出た似合わない単語に度肝を抜かれた。
「明海は小さい頃から好きなものを握る癖があるんだが、いまだに起きてすぐの意識がぼんやりしているときだとやるので困る、とおばさんが」
好きなものを握る……。
出会った日の記憶が蘇り、唯人は絶句し、赤面した。
あれは明海の心の底からの好きの表現だったのか!
机に突っ伏す。耳が赤いのは髪が隠してくれていると信じた。
「それって片手? 両手?」
「片手じゃないか? おばさんが、両手でって強調してるのは、小さい頃ぼろぼろになって捨てたぬいぐるみくらいしか記憶がない」
俺、ぬいぐるみレベル!?
「この上ない好き、素晴らしいじゃないか」
恥じらうでもなく、言ってのけられる海太郎が羨ましい。
店員の声を聞いて上体は起こしたが、顔を見られなかった。
俺もお前みたいに素直に振舞いたかったよ、という海太郎の独り言は食器の立てる音に紛れて、唯人の耳には届かなかった。
店を出るときには、顔の赤みは引いていた。
代わりに海太郎の食欲にげんなりする。
「よくそんなに入るなあ」
「お前こそ、何も食わなくて夕飯まで平気か?」
お会計で財布を出し、そのまま全部海太郎が払おうとする。唯人が学ランのポケットを探り財布を出そうとしたところで、何かが落ちた。ジュースの分を払っている間に海太郎が拾ってくれる。
「これ、去年明海にやったお守りだな」
「え?」
「一昨年受験のときにばあさんから貰ったんだ。合格したから利益があるかと思って、明海に渡したんだよ」
表面のゴミを手で軽く払ってから返してくれたそれは、明美にとってどういう意味を持っていたんだろう。
外は吹雪になっていた。