年が明け、あっという間にセンター試験の一日目がやって来た。
 やっぱり格好つかないよなあ。
 唯人は受験会場をそわそわしながら歩いていた。
 夢の中でも唯人はセンター試験を受けていて、途中計算を間違ったり、見たこともない問題が出て何を問われているのか把握するのに時間が掛かったりしていた。どの教科でも、ひたすら焦っていた。
 ネガティブなのって直るのかな。できれば明海に再会するとき、明海の信じた俺でいたいんだけど。
 溜め息を吐き、足を一歩踏み出すと、下は薄い氷が張っていた。立ち止まることもできず、尻餅をついて転ぶ。
 大丈夫か、と大人が駆け寄って来た。顔を知らない人ばかりだ。よその学校の先生だろうか。
 手を伸ばしてくれた人もいたけれど、流石に恥ずかしくて自力で立ち上がる。
「多竹ー、随分派手な登場だな! いや、実にあんたらしいよ」
 駆けつけてくれた人たちにお礼を言い、一人になったところで麻由李が登場する。
 もこもこのコートを着て耳当て、マフラーという防寒対策はしっかりしているが、スカートは譲れないらしい。ただし、ロングスカートだった。
 ここでも足を広げて立ち、足元から頭上に視線を走らせる。満足気に一回頷いた。メイクにも気合が入っていて、いつも以上に迫力がある。
「先生、大丈夫、くらい言ってくれないんですか?」
「転んだ分厄も落ちたと思っとけ。それにあんたの成績なら大丈夫!」
 ぐっと親指を立てて見せる。そして、あ、そうそうとポケットを探り出した。
「あんたの弟だって子から預かったんだけど。兄はそそっかしいので必要でしょうって」
 渡されたのは学業成就のお守りだった。だけど、直人なら直接渡してくるし、そもそもお守りを買う習慣が我が家にはない。
 こんなのことしそうな人物の心当たりは一人しかいない。
 明海。
「ほんと、よくできた弟。忘れた兄のために持って来てくれるなんて。ま、諦めずに最後まで頑張んなさい」
 麻由李は去って行った。行く先には学年の先生たちの集団が見える。
 わざわざ誰も見ていないところに渡しに来てくれたらしい。
 ありがとうございます。先生。
 心の中で呟く。
 手の中のお守りは端がところどころ擦り切れて年季が入っている。明海も去年の受験のときに持っていたんだろうか。
 メッセージ禁止に知恵を絞って精一杯抗ったらしい。
 俺、ちゃんと答え出さなきゃ。
 しっかりとした足取りで、唯人は試験会場へ向かった。

 ◆

 センター試験の二日目も終わった。
 手の中にあるお守りは、この二日間で何回握っていたか分からない。おかげで、手にしっくり馴染んだ。
 センター試験の結果発表も兼ねてと思っていたので、遅くなってしまった。先にメールを呼び出す。
『お守りのおかげで二日間無事に過ごせたよ。ありがとう』
『ちゃんと俺の問題に向き合ってみる』
 二つ文章を打ったものをSMSにコピーして貼り付けて、連続で送った。
 返事は見ない、と閉じようとしたら着信音が鳴る。
『待ってます。気持ちは変わりません』
 電話じゃなくて良かった!
 赤くなった顔から熱が引かない。
 俺はスマートフォンとお守りを手にしたまま、ベッドの上をごろごろと何回も往復した。