「あっつ…」
 春の穏やかな気候が過ぎ去り、夏の訪れを肌で感じ始めた七月の始め。初夏というには暑過ぎる気温に、さっきから愚痴が口から溢れ出て止まらない。
 外からは、自己主張の過剰なセミ達による夏の訪れを歓喜する合唱が運ばれてくる。窓を開け放っているので閉めたいけど、クーラーなんていう文明の利器がこの部屋にはないので、閉め切っていると暑気が部屋中に蔓延してヤバいことになる。
 窓を全開にして扇風機を強風にして回しているけど、それでも夏の暑さは狡猾で手強い。Tシャツ、ショーパン姿という薄着ではあるが、あまり効果は得られない。
 久々の休暇で、毎日の労働によって生じたストレスや疲労を忘れようとしているのに、こんな環境の整っていない部屋だとストレスが加速する一方だ。
 「こんな時は…」私は壁に立て掛けてあったベースを手に取り、肩に担ぐ。
 私がストレス発散の為にたまに行うこと。それが、音楽を流しながらベースを弾くことだ。まぁ、弾くと言っても、まだまだ腕前は稚拙だからエアベースだけど。それでも、バンドメンバーの一人になったみたいな感覚になって、気分爽快なのだ。気分も乗ってきたので、音量を更に上げる。
 数万人の観客を目の前に演奏している様を夢想して、自己陶酔に溺れていると――
「やかましぃ!」
 唐突に扉が開かれ、大喝一声が私を襲う。お姉ちゃんだった。
「っ…!」
 予期せぬ闖入者に驚き、はずみで弦を思いっ切り弾いてしまった。その結果、
「あっ!」
 弦、切れた…。
 
 本当であれば一日中部屋に籠城して怠惰に過ごす予定だったのだけど、私は今、孟夏というに相応しい気候の中、四条通をトボトボと気怠げに歩いていた。背中にベースを背負って。
 先程の出来事によって無残にも弦が切れてしまったから、修理に行く途中だった。弦は前に念の為に買っておいたいたけど、張り替え方がイマイチわからなかったので、ベースを購入したJEAUGIAに向かっていた。
 それにしたって、歩いているだけだというのに汗が吹き出て仕方ない。早くお店に入って涼みたい。どこかのお店に入って一時的な避難も考えたけど、今はベースの修理が最優先。最早、我が子みたいな存在になりつつあるのだ。
「…やっと到着」
 数十分の道程を暑気に蹂躙されながら踏破し、やっと目的地に到着。汗で張り付いている前髪をかき上げつつ、入店。
「極楽じゃあ…」
 クーラーによる冷風が気持ち良くて、自然と頬が緩む。一生、ここに住んでいいかも。
「…やっぱスゴい」
 地下の楽器屋は相変わらず様々な楽器が並び壮観。どれもこれも魅力的で目移りしてしまう。
 レジの方に目を向けると、暇そうに頬杖を付いている山城さんの姿を見つける。以前と同じく、革ジャンにエプロン姿という出で立ち。暑くないのかな? でもまぁ、オシャレは我慢って言うからね。アレがオシャレかそうじゃないかは個人差があるだろうけど。
「真優さん、どうもです」
 近寄って声を掛けると、緩慢な動作で真優さんがこちらを見る。
「おっ、君は確か…お菊ちゃんだっけ?」
「菊菜です」
 再会して早々、名前を間違えられとる。
「それよか、ベースは頑張ってんの? あれからしばらくタダ働きだったんだけど」
「あはは、その節はお世話になりました。一応、頑張ってます。オリジナル曲を作ったりもしましたし」
「へぇ…。で、今日は何の用?」
 どうでもいいけど、この人の接客態度はこれがデフォルトなのかな? それとも、まだ値引きの件を恨んでいるのだろうか…。
「えっと、実はベースの弦が切れてしまってですね」用件を伝えながら、カバーからベースを取り出す。「張り替えて欲しくて」
「ほぅ…それだけ練習したってこと?」
「ま、まぁ、そんな感じです」情けない理由なので、そこはあえて伏せておいた。
「ふぅん。ホントに頑張ってんのか。ちょっと指見せて」
「あっ、はい」
 その意図は不明だったけど、言われた通り指が見えるように差し出す。
「違う。右手」
「えっ? わかりました」
 私が右手を差し出すと、真優さんは私の指をふにふにと触り出す。くすぐったい。
「まだ柔らかいな」
「どういう意味ですか?」
「普通、右手で弦を弾くだろ? そしたら、いつの間にか指先の皮が剥けて硬くなっていくんだよ」
「…なーる」全く知らなんだ。
「ベース、貸して」
「あっ、はい」
 ベースを手渡すと、早速、真優さんは弦の張り替え作業に取り掛かる。その際、作業をするのに邪魔だと判断したのか、垂れ下がっていた髪の毛を耳に掛ける。それによって、先程まで隠れていた両耳が露出して、無数のピアスが姿を現した。やっぱり見てるだけで痛ましい。
「ピアス、何個付けてるんですか?」
 何気なく尋ねてみると、真優さんは自身の耳たぶを触り、
「数えたことないし、わからん。気付いたらここまで増えてた」
「痛くないんですか?」
「そりゃ、穴を開ける時は痛い。ホントは唇や舌にも付けたかったんだけど、飯の時に邪魔だと思ったからやめた」
「そ、そうですか…」
 てゆーか、なんでそこまでピアスを付けたいのか、その心情がわかんない。
「興味あるなら、穴開けてやろうか。痛みの保証はないけどさ」
「の、ノーサンキューで…」
「そういや、お菊ちゃんはライブハウスとか行ったりするの?」
 手馴れた手付きで作業をこなしながら、真優さんが逆に問うてきた。
「お菊ちゃんは定着なんですね…。ライブハウスはあまり、というかほとんど行った記憶がないです。小さい頃にお父さんに連れられて行って貰ったんですけど、その音量の大きさに子供ながらに驚いてしまって。それから、少し苦手意識を持ってしまいました」
「わかるわかる。ライブの後ってなんか耳がおかしくなるよね」
「でも、好きなバンドが近くでライブしてたら、行ってみたくなります」
「じゃあさ、私達のライブが来週の日曜に京都MUSEであるから来てみる?」
「え? 今、なんと…?」
 私達のライブがどうとか聞こえた気が…。
「来週の日曜日に私達のライブがあるから来ないかって聞いてんの」
「ま、真優さんってバンドやってたんですかっ!」
「言ってなかったっけ?」
「…初耳っス」今思えばこんな派手な見た目してて、バンドをやってない方が不思議な話しだ。
「よかったら、前座でもやるか?」
「ぜ、前座…?」聞き慣れない単語に、疑問符が漏れる。
「まぁ、わかりやすく言うとだな、メインのバンドよりも先に演奏して、会場をあっためる結構重要な役割のこと」
「なるほどぉ…って、その前座を私達が!」
 思わず大声を上げてしまうと、「声でけぇ」と真優さんが眉を顰める。
「ご、ごめんなさい。でも、何で私達なんですか?」
「別に深い意味はないんだけど。オリジナル曲も作ってるみたいだし、気になったから聴いてみたいだけ。それと、お菊ちゃんがどれだけベースの技術が向上したのかを確認もしたい。どう? まだ人前で演奏できるような腕前じゃなかったら、全然辞退してくれてもいいけど」
 煽るようでいて、挑発的な物言いだった。
「受けてたちましょう!」
 生来の負けず嫌いの血が沸き立ち、私はドンっと胸を叩く。
 まだ人前で演奏できるようなレベル(主に私)に達していないのは、重々自覚していた。だけど、いずれちゃんとした舞台で演奏するのが目的だったから、絶好のチャンスだと思ったんだ。それに、断ったら負けたような気がしたんだ。

「という訳で、私達クリームは、来週の日曜日ライブを敢行することになりました」
 月曜日の放課後、部室にて私は事の顛末を皆に伝えた。
「ず、随分と急ですね。なんか急にドキドキしてきました」
「私もステージで演奏したのは吹奏楽部で立ったぐらいなので、本格的なライブは初めてです」
 彩音ちゃん、美月ちゃんは比較的やる気だが、冬華の表情はあからさまに浮かない。
「冬華はどう? 嫌だったら、無理強いはしないけど…」
「…え? あっ、一向に構わない。人前で演奏するぐらい容易い」
 強がってみせているのは、明々白々だった。多分、小学生時代のトラウマを回顧しているのだろう。
 私としては、人前に立つことを出来るなら克服させてあげたいし、克服してもらわないと困る。だってこの先、本格的に活動していくのだったら、ライブ活動は避けて通れない。
 それに、今の私達にとって冬華のキーボードは必要不可欠。多少のブランクはあれど、やっぱり上手いし。
 だから、本人が容易いと言っているのであれば、それを尊重しようと思う。
 そこから本腰を入れて練習に励んでいいると、不意にトイレに行きたくなった。演奏が丁度終わったタイミングで、「ちょっとトイレ行ってくる」と私は皆に告げて部室を出る。
「菊菜先輩」
 背後から名を呼ばれ振り返る。私を先輩と敬称するのは一人しかいない。
「どうかした? 彩音ちゃん」
「えっと…私もトイレに行こうと思って」
「じゃあ、一緒に行くべや」
「大丈夫ですかね…?」
 トイレに向かう道中、彩音ちゃんが主語の抜けた質問を投げ掛けてきた。
「何が?」
「冬華先輩のことですよ。トラウマ、まだ治ってないですよね? さっきもスゴく不安そうな顔をしてましたし…」
「…うん。だけど、これからバンド活動を続けていくんだったら、多少の荒療治も必要だと思うんだよね」
「でも…悪化したりしませんです?」
「その時は…まぁ、また対策を考えればいいよ」
「…そうですか」
 彩音ちゃんが不安に思う気持ちはわかるけど、こればっかりは場数を踏んで耐性を付けてもらうしかない。

 それから一週間が経過し、ライブ当日を迎えた。これまで以上に一生懸命念入りに練習を重ねたので演奏については大丈夫だけど、唯一の懸念材料といえばやっぱり冬華のことだ。
 練習期間中は気丈に振舞ってはいたが、本番が近付くにつれ元気が失くなっているように見えた。でも、大丈夫だよね…うん。それもあるけど、私達みたいな新人がライブに参加してもいいのかな? という不安も多少あった。
 今日のライブにお客さんがどれだけ集まるのかはまだ未知数だけど、真優さんいわくチケットはほぼ売れたみたい。それだけ人気のあるバンドの前に演奏するなんて、考えただけで萎縮してしまう。
「駄目だ駄目だ」
 私は頭を左右に振って、ネガティブな思考を頭から迫害する。
「菊菜さん、どうかしましたか?」
 話し掛けられ振り向いてみると、美月ちゃんの穏和な顔がそこにあった。
「あっ、いや、スタッフさん達が大変そうだなぁって…」
 目の前では、ライブ会場のスタッフさん達が忙しなくセッティングを行っていた。
「私達、ここでライブをするんですよね」
「そうだね…」
 まだお客さん達のいない閑散としたライブ会場は、どこか不思議な空間だった。
「菊菜さん、あまり緊張していないみたいですね」
「してるよ。でも、なんか実感が湧かないんだよね」
 あと一時間もしない内に私達は、あのステージに立つんだ。ライブ会場で歌うなんて夢のまた夢だと思っていたから、全く現実味がしない。
「でも、早く私達の曲を聴いて欲しいって気持ちが大きくて、ウズウズもしてる」
「この日に向けて、たくさん練習致しましたからね」
 そう言って美月ちゃんが微笑んだ直後――
「菊菜先輩!」
 明らかに焦った様子の彩音ちゃんが駆け寄ってきた。
「ど、どうしたの?」嫌な予感が一気に膨らむ。
「じ、実は、冬華先輩がいなくなってしまいました!」
「そっか、冬華がいなくなっちゃったか…ってなんで!」
「私達、楽屋で待機してたんですけど、冬華先輩がトイレに行くって出てったっきり中々戻ってこなくて。様子を見に行ったらこんなものが…」
 彩音ちゃんが一枚の紙片を差し出す。
 そこには走り書きで『ごめん』と簡潔に一言だけ書き記されていた。
「何やってんのよ、アイツ!」
「電話もしてみたんですけど、出てくれなくて」
 私もケータイで電話を試みる。だが、一度もコールせずに無機質な抑揚のない女性の声が流れた。電源切ってるし!
 私は反射的に走り出していた。
「ちょ、ちょっと、菊菜先輩! どこに行くんです!」
「冬華を探しに行ってくる!」
「もう少ししたら本番ですよ!」
「わかってる! ちゃんとその時までには戻ってくるから!」
 それだけを言い残して、私は走る速度を加速させた。
「あっ、お菊ちゃん」
 その途中、事情を知らない真優さんとばったり。
「なんかあったの? 焦ってるみたいだけど」
「あっ、え~…ちょっと機材を忘れてしまってですね」
 流石にメンバーが一人失踪したなんて言えなくて、当たり障りのない理由で当意即妙。
「機材ぐらいなら、貸してあげるけど」
「い、いえ。少し特別な機材なんで、代用品じゃダメなんですよね」
「あっ、そう。取りに帰ってもいいけど、くれぐれも遅刻はすんなよ。遅れたら出演は無しになっから」
「はい、気をつけます」
 なんとか真優さんからの問答をくぐり抜けられたので、私は改めて駆け出す。外に出た瞬間、容赦ない陽光に肌を焼かれる。さっきまで冷房の利いた場所にいたので、殊更暑く感じた。だけど、弱音なんて吐いていられない。
 一刻も早く冬華を見つけ出さないと、私達の初舞台がおじゃんになる。それだけは忌避すべき事態だ。
「…あっ」もしかして既に自宅に帰ってるとか。可能性としては低いけど、一応確認しといてもいい。
 早速、私はケータイを取り出して、冬華の自宅に電話を掛ける。
『もしもし?』
 受話口からおばさんの声が運ばれてくる。
「もしもし、菊菜です! えっと、冬華って家にいますか?」
『冬華ならまだ帰ってないけど…。何かあったの?』
 私の口調からただ事じゃないと悟ったのか、おばさんの口調に不安の色が加味される。
「あっ、いえ…ちょっと一緒に遊ぼうと思ったんですけど、ケータイの電源を切ってるみたいで」
 変な心配はさせまいと、いつも通りな口調を心掛ける。
『あらそう。じゃあ、帰ってきたら連絡するように言っとくから』
「はい、お願いします」通話を絶つ。
 そこから私は、思いつく限りの冬華がいそうな場所を捜索した。例えば四条周辺の本屋とか二人で来店したことのあるカフェ、文房具店など。しかし、冬華の姿はどこにもなかった。
 四条一帯をくまなく探すとなれば、尋常じゃなくらいの時間が掛かる。そんなのライブに間に合うはずない。だからといって、このまま放擲しておく訳にもいかない。
 どこにいんのよ、冬華のヤツ!
「……一旦、落ち着こう」
 焦りイラついていてもこの窮状からは脱せない。冷静さを取り戻そうと、「すーはーすーはー」と深呼吸を繰り返して、酸素の欠乏した脳に空気を送り込む。考えろ。考えるんだ、冬華が行きそうな場所を…。
「…あっ」ふと、脳裏にとある場所が思い浮かんだ。
 三条大橋の河川敷。
 中学の頃、遊んだ帰りにあそこで並んで座って話し合った記憶がある。自分達の将来とか進路についてだとか、荒唐無稽なカルト的な話題まで色々と。一度火が灯ると、時間を忘れていつまでも延々と話し続けた。今だと仕事があるから難しいけど、またあの時みたく話してみたいな…。
「…ってダメだ」
 懐古に浸っている場合じゃない。もうあまり時間が残されていないってゆーのに。あそこにいる可能性は低いかもしれない。でも、何故か確信めいたものが私にはあった。
 真夏の街中を疾走した代償として溢れ出る汗を袖口で乱暴に拭い、私はまた駆け出す。目指すは、三条大橋だ。
「クッ…ふぅ」
 普段から走り慣れていない為に発症した腹部の痛みに耐えながらも、やっと目的地に到着。
 休日を大いに満喫する大学生、岸部に座って楽しく談笑するカップルを通り越した先、橋の真下に冬華は――いた。
 一人きり薄暗い橋の下で、膝を抱えて座っていた。その姿からは寂寥感が漂い、触れてしまえば消えてしまいそうな儚さを感じさせた。
「冬華…」
 そっと近付いて、声を掛けてみる。
「………」
 私が来るのを予期していたように、冬華は全くの無反応だった。
 私は冬華の真横にしゃがみ込み、「まだ間に合うから戻ろうよ」と手を差し伸べる。
「………」
「昔のトラウマを乗り越えるのは、スゴく難しいと思う。でも、立ち向かおうともせず逃げてばかりじゃ、乗り越えることだってできないよ」
「…お前に何がわかるって言うんだ」
「え…?」
「私だってトラウマを乗り越えたいと思ってる。だが、自分が大勢の人前に立つことを想像するだけで、手が震えて、心臓が締め付けられるような錯覚に陥るんだよ。あの時のような醜態をもう一度晒してしまうんじゃないかって、不安が大きく膨張するんだ。また同じ過ちを犯しかねないのであれば、このままで構わない」
「敵前逃亡って訳? カッコ悪いよ」
 奮起させてやうろと、わざと貶してやる。
「別にそう思ってくれていい。私は弱い人間なんだ」
 いつもの毅然な態度はどこへいったというのか、冬華の口調は終始弱々しい。
「そうやって自分のことを弱いと認められるのは、強い人間の証拠だよ。本当に弱い人っていうのは、それを知られないよう自分を強く見せようと躍起になるから。他人に弱い部分を知られないよう隠すぐらいなら、弱い部分を補って本当に強い自分になった方がよっぽど有意義」
「…無理だ。私にはできない」
「なんなのよ! さっきからグチグチ言っちゃってさぁ! 無理なことから逃げてるだけじゃ何も変わらないから!」
 消極的な冬華を見ていると、何故か無性にムカつく。
「何もわからないくせに、勝手なことばかり言うな!」
 大声で心情を吐き出すと、冬華はすくっと立ち上がる。眼鏡の奥にある双眸は、僅かに潤んでいた。
「そんなのわからないに決まってんじゃん! でも、わからないけど、わかろうとしてあげてんじゃん!」
「いらないお世話なんだよ! そもそもお前には関係ないだろ!」
「関係大アリだよ!」
 橋の下ということもあり、思っていたよりも自分の声が反響して耳が痛かった。
「私と冬華は親友じゃん。親友が困っていたら、助けたいと思うのは当たり前だよ。いや、私だけじゃない。彩音ちゃんや美月ちゃんだっているし、いなくなっちゃったけど日菜ちゃんだっている」
 私は冬華の手をそっと握る。
「一度、本気で立ち向かってみようよ。それでも挫折した時は、遠慮なく私達を頼ってよ。心がバラバラに砕けちゃっても、私達が何度でも屍を拾ってあげるからさ」
 華麗かつ綺麗にキマッたつもりだったけど、「ふふっ」と冬華は破顔一笑。
「なんだよ、それ。随分とクサい台詞だな」
「これは私の本音だから。負けちゃっても、一度立ち向かってみることに意味があるんだよ」
「…やってやるよ」
 冬華の双眸に闘志が漲ったように見えた。
「お前に叱咤激励されたのは少し癪だが、やれるだけやってやる」
 先程の弱々しい姿はどこへやら、冬華はいつもの毅然とした態度に戻っていた。
 丁度、話し終わったタイミングで、ポケットに忍ばせていたケータイが震えた。取り出して着信先を確認してみると、彩音ちゃんからだった。
『ちょっと菊菜先輩なにやってんですか! もうすぐ本番ですよ!』
 通話ボタンを押した直後、彩音ちゃんの強烈な怒声が鼓膜を襲う。あまりの声量に、思わずケータイを耳から離してしまった。
「ごめんごめん。でも、ちゃんと冬華は捕まえたから」
 ほれ、とケータイをスピーカー状態にして冬華に向ける。
「彩音ちゃん、勝手にいなくなってゴメン」
『冬華先輩…謝ることないですよ。誰だって逃げ出したくなることはありますから』
「ありがとう。…美月にもよろしく言っておいてくれ」
『側にいるので、代わりましょうか?』
「うん」
『美月です。見つかって安心しました』
「ごめん、迷惑掛けてしまって」
『いえ、迷惑なんてことありません。重圧に耐えられないことは、』
 美月ちゃんがそこまで言った瞬間、『クリームさん、準備お願いしま~す!』とスタッフさんと思しき声が美月ちゃんの言葉を打ち消す。
『二人共、早く戻ってきてください!』
 彩音ちゃんが私達の到着を急かす。
「うん! できる限りダッシュで戻るから、それまで時間を稼いでおいて!」
 私がそう頼み込むと、彩音ちゃんの困惑した声が運ばれてくる。
『時間を稼ぐって、具体的にどうすれば…』
「とりあえず漫談でもしといて。じゃあ、もう切るね」
『あっ、ちょっと!』
 彩音ちゃんが何かを言いかけていたが、構わず通話を絶つ。
「ほら、行くよ!」
 冬華の手を取ると、私は駆け出す。目的地は勿論、記念すべき初ライブを敢行する(予定)の京都MUSEだ!

 目的地に到着する頃には、もう疲労困憊でヘトヘトだった。ずっと走ってきたので息切れが激しく、膝がガクガクと震えている。加えて、勉強ばかりしてきた為に体力の乏しい冬華が後ろから、「速度を緩めてくれ」だとか「無理、もう無理。死ぬ」などとぐちぐちと文句を垂れ続けていたので、少々のストレスも抱えていた。
 だけど、ここからが本番なんだ。今すぐ休眠したかったけど、悲鳴を上げる身体にムチを入れて、ライブ会場に足を踏み入れる。
 会場には既にお客さんが集まっており、ガヤガヤとした喧騒に包まれていた。キャパが350人に対し、半分以上のお客さんがいるので、単純計算で200人を超える人数がこの場にいることになる。
「えっと…それで、私達はバンドを結成することになって」
 スピーカーから聞き覚えのある声音が放散される。
 最後尾から背伸びしてステージ上に目をやると、彩音ちゃんがマイクを使ってMCをしているではないか。どうやらギリギリ間に合わなかったみたい。
「それで…まぁ、色々なことがありまして、紆余曲折というか…その…」
 どうやら私達が到着するまでの間、MCをして時間を稼いでくれたらしい。だが、そろそろネタ切れのようで、その口調に覇気は感じられない。
「まだ演奏始まんないのかよ」「つーか、スレイブを出せよ」
 中々演奏を始めようとしない彩音ちゃん達に、痺れを切らした数名のお客さんからヤジが飛ぶ。
「遅れてごめんなさい!」
 腹の底から叫ぶと、お客さん達が一斉に振り返った。会場内に静寂が到来する。
 当然、いきなり大声を発した奇人に対し、不審者を見るかのような訝しむ視線が突き刺さる。…今更だけど裏口から入るべきだったな。急いでいたからそこまで気が回らなかった。
 私は冬華の手を握ると、一歩踏み出す。だが、拒むように冬華が足を踏ん張る。
「ちょっと、何やってんのよ」小声で冬華を叱りつける。
「す、少し待ってくれ。まだ心の準備が整ってないんだよ」
「ここまで来て、往生際が悪い」
 半ば強引に手を引っ張り、無理やり歩かせる。すると、私達の周辺にだけバリアでも張られているみたいにお客さん達が距離を開ける。私達と関わり合いたくないという空気がヒシヒシと伝わるようだった。
 集う好奇の眼差しを受け止めながら、ステージまで前進していく。そして、はしたないけど最前の手摺を使ってステージ上によじ登る。しかし、依然と逡巡している冬華は、一向に登ってこようとしない。
 そんな小心者に手を差し伸べ、
「ほら、早く登んなさいよ」
 冬華は不安そうに首を左右に巡らせお客さん達を一瞥してから、ゆっくりとした動きで私の手を取った。
 私はステージ上に用意されていたベースを肩に担ぐ。
「菊菜先輩、遅いですよ」
 彩音ちゃんがプクッと頬を膨らませる。
「ごめんごめん」怒られているにも関わらず、その仕草をつい可愛いと思ってしまう。
 私は改めてお客さん達に向き直り、「お集まりの皆様、遅れてしまってごめんなさい」と謝意を伝える為に深く頭を下げる。「ちょっとのっぴきならない事態に陥ってしまってですね。それは、あまり詳しくは話せないのですが…」
 事情を説明しながら、お客さん達の顔色を窺う。その表情から伝わるものは、私達が全く歓迎されていないこと。そりゃそうだろう。得体の知れない小娘達がいきなり登場した挙句、遅刻したとなれば憤るのも当然。
「私達はクリームと言って、結成して間もないド素人バンドですが、」
「早く始めろよ!」
 観客席から心無い一言が飛来する。
「そ、そうですよね、すみません。じゃあ、早速ですが聴いてください」
 私達の歌で、この澱んだ空気を払拭してやればいい――

 歌い終わり、お客さん達の反応を窺ってみる。街中を走り回った後で多少の疲労はあったものの、全力は出し切ったと思う。それに、この日の為に練習を繰り返してきたので、お粗末な演奏ではなかったと自負。
 以前と同じく歌っている間の記憶は曖昧で不鮮明。だけど、自分自身では心地いい疲労感と達成感を覚えていた。
「………」
 しかし、歓声はおろか拍手も起こらず、会場はシンと静まり返っている。
 やっぱり、私達みたいな何においても未熟な素人の演奏だと心に響かなかったのだろうか…と落胆に似た感情を抱いていると、不意にパチパチと会場の端の方で拍手が起こった。すると、一人、また一人と叩き出し、瞬く間に拍手が会場を包む。
「ふぉおお!」「よかったよぉ!」と断続的に歓声が沸き起こる。
 演奏前の訝しげな表情はどこへやら、皆の顔は一様に笑顔だった。
 安堵感が身体中に巡っていく感覚が気持ちよかった。私達は顔を見合わせる。誰もが笑顔だったのは、言うまでもない。
「それでは皆さん、短い間でしたが、ありがとうございました。改めて、私達はクリームっていいます。正式な音源とかはいつ発表できるかわからないですけど、名前だけでも覚えて頂けるとありがたいです!」
 最後に皆でお客さん達に向かって頭を下げた後、ステージ袖にはけた。
 そこには、スタンバイしていたスレイブのメンバーが顔を揃えていた。勿論、真優さんも…。
「えっと、あの…皆さん…」
 遅刻してしまったことを謝ろうと口を開きかけた時、「こらっ」という声と共に頭部に衝撃が走る。
「あたっ!」
 無防備の私の頭部にチョップをかましたのは、真優さんだった。
「遅れるなって注意しておいただろ。当然の報いだ」
「で、でも、これは私の所為じゃなくて…いや、遅刻してごめんなさいでした」
 変に言い訳してもカッコ悪い気がしたので、私は素直に謝罪しておいた。
「き、菊菜は何も悪くないんです! 私の心の弱さが原因で…」叱られる私を見かねたのか、冬華が自身の責任であることを告白。「だから、菊菜に責任はありません。咎められるべきは、私で…」
「クリームのリーダーって誰?」
 真優さんに問われ、冬華が私の方を一瞥してから答える。
「…明確なリーダーはまだ決めてませんが、あえて言うなら菊菜だと思います。結成の発端は菊菜なんで」
「じゃあ、お菊ちゃんにも多少の責任はあるでしょ。メンバーの失敗によって周りに迷惑が掛かったなら、リーダーも責任を取らないとな。連帯責任ってやつ」
「まぁまぁ、そんなに責めるなんて可哀想だよ」
 スレイブのメンバーである樹梨さんが、真優さんを宥める。白銀の髪、口ピと外見上は派手を極める樹梨さんだが、内面は温厚で優しい方だ。
「樹梨は甘い。私達が新人でまだローディーやってた頃なんて、遅刻したら給料出なかったんだから。でもまぁ…」
 言葉をそこで一旦区切ると、真優さんが私の頭頂部に手を乗せる。
「会場を温めてくれたのは、素直に褒めてやる。正直、あまり期待してなかったから驚いた」
 先輩風を漂わせながら、賞賛の言葉を授けてくれた。
「やるじゃん、お菊ちゃん」と髪をクシャクシャと乱暴に撫でられ、「えへへ」と笑みが溢れた。
 こうして私達のファーストライブは、前途多難だったけど無事に成功という形で終わった。やっぱり、拍手と歓声を浴びせられるのは、名状し難い快感でかなり気持ちいい。何度だって体験したいし、何度だって味わいたい。
 だから、これで終わらせるつもりはこれっぽっちもない。もっと曲を一杯作って、演奏技術を向上させて、ゆくゆくは私達だけでワンマンライブを出来るまで頑張るんだ。

「あづい~」
 八月半ばともなれば夏も本格的となり、その猛威を遺憾なく発揮していた。毎日が暑くて、このままだと液状に溶けてしまそう。
「マジでこの気温は異常でしょ。クーラー欲しいよぉ」
 私のそんな悲嘆を聞き、冬華が注意してきた。
「文句を垂れる暇があったら、手を動かさんか」
 夏休み真っ只中の部室にて、私達は絶賛練習中だった。長期休暇で観光客が増加して多忙を極めていた仕事だけど、やっと頂けた待望の休日。練習に打ち込みたい気概は充分だが、こう暑くちゃ集中できない。
「ホントそうですよね。菊菜先輩じゃないですけど、この暑さはちょっと厳しいです」
 そう応えながら、彩音ちゃんは顔を手で扇ぐ。額にはうっすらと汗が滲んでいた。
 ずっと物置として使われていたからか部室にクーラーが設置されていない。扇風機はあるけど見るからに時代錯誤な旧式で、あんまり涼しくないしうるさいだけ。置屋にある扇風機の方が何倍もマシだ。
「…それより菊菜」
「ん~?」
「スカートをたくし上げて、扇風機に当たるな。一応、お前も女子だろう。もうちょっと恥じらいを持て」
「だってこの扇風機、強にしてても風が弱いんだもん」
「あと、さっきからパンツがチラチラ見えて目障りなんだよ」
「いや~ん、冬華さんのエッチィ」
「キモい」
「キモいゆーな。…こう暑いと海とか行きたい気分。あっ、合宿とかしたい合宿!」
「合宿なんか簡単に出来るはずないだろ。部費も出ない部なのに、費用はどうする気だ」
「そこら辺はまぁ…気合だーって感じで」
「馬鹿かよ」
「美月ちゃんって別荘とか持ってたりする?」
 彩音ちゃんから前に聞いた情報だと、美月ちゃんは本当にお嬢さまらしい。だから、お嬢さまであれば別荘の一つや二つ所持してるんじゃ、と考え冗談半分に尋ねてみた。   
「ありますよ」
「えっ? マジでっ?」
 それにしたって美人だし、お金持ちだし、所作も洗練されてて綺麗だし、今思えば劣っている所ばかりだな、私…。
「もしよろしければ、海も近いので避暑も兼ねてご一緒しますか?」
「いっ、」
「行ってみたいっ!」
 私の台詞を横取りしたのは、まさかの彩音ちゃん。よっぽど行きたいのか、目を爛々と輝かせていた。
 こうして私達は、美月ちゃんの別荘へ赴くことになったのだった。

 数日後、皆のスケジュールが合う日に私達は駅前に集まった。どうやら別荘は京都市内にはないみたいなので、電車での移動となる。
「ふあぁ~」大きな欠伸が漏れる。
 昨晩、興奮して気分が高まってしまい、充分な睡眠を取れていなかった。さっきから眠くて仕方ない。子供の頃、遠足前日に眠れなかったことを思い出した。
「眠そうですね、菊菜先輩」
 隣に立つ彩音ちゃんが、私の顔を覗き込んできた。
「興奮して昨日はあんまり寝れてないんだよね」
「ああ、わかります。実は私もあまり眠れてないんですよね」と彩音ちゃんは瞼を擦る。
「それにしても、今日は人が多いのぉ」
 私は周囲を見渡す。絶賛、夏休み中で尚且つお盆休みだからか、京都駅には人が多く殷賑な喧騒で溢れている。
「冬華先輩はまだですかね?」
「そうだね。冬華が遅刻なんて珍しい」
 待ち合わせ時間を既に超過しているが、冬華はまだ訪れていない。
「はぁ…それにしても暑いですね」
「うん。早く海にダイブして涼みたいぜ」
 真夏の太陽は今日も絶好調で、烈々と執拗に大地を蹂躙している。日陰に避難しているとはいえ、かなり暑い。
「私、実は下に水着を着てきちゃいました」
「あっ、実は私もなんだよ。海なんて久々だから、奮発して新しい水着を買っちゃった」
 いつもは色気の欠片もない競泳水着タイプだったけど、今年は上下の布が分かれてる水着を買った。私だって立派なレディーの一員だもんね。その代わり趣味に費やすつもりだったお金は消え去ったけど…。
「それより、冬華先輩はどんな水着を着られるんです?」
「え…? あっ、ごめんだけど、それは知らない」
「そうですか…」
 残念そうに肩を落とす彩音ちゃん。
「でも、なんで冬華の水着?」
「そ、それは、その…ゴニョゴニョ」
「ごめん遅れた!」
 やっと待ち人である冬華が現れた。ここまで走ってきたみたいで、はぁはぁと肩で息をしている。
「こんな炎天下で女の子を待たせるなんてサイテーね」
 恋人を気取って、頬を膨らませてみる。
「悪いな。母さんが心配性だから、出掛ける寸前に色々と言われたんだ。熱中症に気をつけろとか、水分はこまめに摂取しろとか」
「おばさんも相変わらずだね。でもまぁ、心配されるだけありがたいと思うよ。私なんて見送っても貰えなかったし」
 まぁ、あの厳しいお母さんが娘を過保護に扱うなんて、まず想像することすら難しい。
 雑談もそこそこに私達は電車に飛び乗って移動する。二時間ほど電車に揺られ、目的地の京丹後に到着。
「長時間の移動、お疲れ様でした」
 改札を出ると同時、見るからにキャリアウーマン的な雰囲気を醸し出す女性に声を掛けられた。黒のスーツにサングラスを付けており、私の思い描く大人の女性って感じの出で立ち。
「東西さま、石田さま、小野さまですね? お待ちしておりました」
 私達の名字を淡々と述べると、女性はスッと腰を折る。
「…どなたかのお知り合い?」
 振り返り冬華と彩音ちゃんに訊いてみるが、両者は首を横に振るだけ。
 ま、まさか、美少女揃いの私達をスカウトしに来たモデル会社の人? それともアイドル会社の人かもしれない。私達3人に目をつけるなんて、鋭い慧眼をお持ちのお方だ。
 バンドで喝采を浴びるのもいいけど、国民的アイドルになって黄色い声援を浴びるのもいいかも。きゃー菊菜ちゃ~ん! ってな感じで。
 なんて妄想を膨らませていると、女性が思い出したようにサングラスを外し身分を明かす。
「あっ、申し遅れました。私、西大路家の経営する会社の秘書兼ヘルパーを担っております、佐渡と申します」
 佐渡と名乗った女性は、再び私達に向かって頭を下げる。
 西大路と言えば、美月ちゃんの名字だったはず。
「ということは、美月ちゃんとこの秘書さん? てゆーか、美月ちゃんって社長令嬢だったの!」
 どうりでお金持ちな訳だ。
「はい、いつもお嬢さまがお世話になっております。皆さんのお話は、かねがねお嬢さまから伺っております」
「秘書さん、美月ちゃんはいずこ?」
 辺りを見渡すも、美月ちゃんの姿はない。
「お嬢さまは車の中でお待ちになっております」
 こちらへどうぞ、と秘書さんが歩き出したので、私達も後に続く。
 駅前にはスタイリッシュな黒い車が停まっていた。左ハンドルの外車で、車に疎い私でも一見して高級車だと判別できた。不意に後部座席の扉が開き、見知った顔が姿を現した。
「皆さん、おはようございます」
 そう言って頭を下げたのは、美月ちゃんだった。白を基調としたヒラヒラのワンピースにツバの広い白い帽子という出で立ちの美月ちゃんは、深窓の令嬢然としていた。…まぁ、実際に美月ちゃんは生粋のお嬢さまだけどね。
「どうぞ皆さま、お乗りになって下さい」
 美月ちゃんに促され、私達は遠慮なく車に乗り込む。席順は私が助手席で、後部座席に冬華、彩音ちゃん、美月ちゃんというもの。私は風景を楽しみたくて、自ら助手席を選んだ。
「佐渡さんはいつから秘書をしてるんですか?」
 車での移動中、私は何気なく疑問に思ったことを秘書さんに問う。スーツ姿で運転をこなす佐渡さんは、素直に憧憬の的だった。
「そうですね…丁度、5年目ぐらいでしょうか」
「5年ですか。因みに佐渡さんって何歳なんですか?」
 不躾だとは理解しながらも、思わず尋ねてしまう。
「………」
 佐渡さんは黙したまま、何も答えなかった。運転に集中しているから、聞こえなかったのかも。
「佐渡さんって何歳なんですか?」
「………」
 さっきよりも声を張ったつもりだったけど、返送されたものは無言。
「佐渡さんって、」
「東西さま、運転中ですので少しお黙りになられてもよろしいですか?」
 こちらに顔を向けて、佐渡さんがニコッと微笑む。
「え…? あっ、す、すみませんです!」
 こ、怖い! 目が笑ってないよ!
「お嬢さまからお聞きしたのですが、東西さまは何やら舞妓をしているらしいですね」
 助手席に座ってしまったことを悔いながら外の風景を眺めていると、佐渡さんが不意に口を開く。
「あっ、はい。そ、そうです」
 車が信号で一時停止する。
「以前にテレビで拝見したことがあるのですが、かなり大変なお仕事みたいですね」
「ま、まぁ…最初は大変でしたけど、少しずつ慣れてきました」
「学業と両立するのは、更に大変でしょう?」
「でも、やり甲斐はあります。お客さんが笑顔で満足そうに帰っていくのは、やっぱり嬉しいので…」
「そうは言っても、中には腹の立つお客さんもおられるでしょう? 少し違いますが、取引先の社長が外見も中身もクソだった時は、流石の私も唾を吐きつけて一生立てないような身体にしてやろうかって思いましたけどね」
「へ、へぇ…」
 誰か! お願いだから席を替わって! てゆーか、この人絶対に元ヤンだよ!
 後ろの席は女子トークで盛り上がっているのに対し、こっちは何とも言えない重苦しい雰囲気が蔓延している。早く到着することを切望しながら、私は静かに目を閉じた。

「ま、まさか、これが別荘…?」
 眼前に聳える建物を見て、私は思わず息を呑む。
「はい、そうですよ」
 美月ちゃんはさも平然と肯定する。
「別荘というより旅館だな、これは…」
 冬華の言うことも最もで、それは京都らしい派手さのない古風な作りの建物だけど、旅館というに相応しいくらいの規模と敷地面積を誇っていた。これが別荘だなんて、一体、実家はどれほどの豪邸なのだろうか…。
「では、皆さまのお泊りする部屋へとご案内致します」
 美月ちゃんを除く面々が呆気に取られていると、先陣を切って佐渡さんが歩き出す。
 私達は一度顔を見合わせた後、佐渡さんの後に付いていく。
「ひょえ~」
 内観も旅館のように広々としていて、どこか懐かしい匂いが充満していた。靴を脱いで、無駄に高そうな絵画の飾ってある通路を進んで大広間に出る。
「やあ、諸君」
 大きなソファに腰掛けふんぞり返っていた人物が立ち上がって、悠々とこちらに近寄ってくる。てゆーか、我が校の会長だった。
「な、何故に会長がこげな所に!」
 私は思わずファイティングポーズを構えて、臨戦態勢へと移る。
「何を身構える必要がある。私がここにいるのは、当然だろう」
「お姉さまに合宿することをお話ししたら、付いてくると言いまして…。お伝えるするのを、忘れておりました。申し訳ございません」
「謝る必要はないぞ、美月。この別荘は西大路家の所有物だから、当然、この私にも使用権利があるからな」
 ガハハ、と会長は大口を開いて哄笑。
「葉月お嬢さま、そんなに口を開いて笑うのはお下品ですよ」
 お嬢さまらしからぬ行為に対し、佐渡さんが注意する。
 なんか学校で会った時の会長とかなり雰囲気が違うような…。威厳みたいなものが薄れて、どこか親しみ易さを感じさせた。
「会長、なんか雰囲気が違いますね。フランクというか、なんというか…」
 どうやら彩音ちゃんも同じことを考えていたみたいで、私にコソコソと話し掛けてきた。
「そうだね。なんか別人みたい」
「そりゃそうだろう。私だって一介の人間だ。常日頃、毅然としていたら疲れる」
 私達の会話が耳に届いたらしく、会長が割り込んできた。
「そ、そうっすか…」
 会長に対しては、敵愾心…というか、苦手意識しかなかったけど、こうして改めて対面してみるとそこまで厳しい人じゃないのかも…。
 とりあえず私達は、宿泊する部屋へと向かった。
「スゴい!」
 室内を見渡した私は、自然と嘆声を漏らしていた。とにかく広いっていうのが、初めに感想。想像していたよりも広くて、家具も一式取り揃えられている。内装も落ち着いた雰囲気で私好み。私の部屋もこれぐらい広ければいいのに。
「見てよ、冬華! スゴいよ!」相部屋となった冬華に、興奮気味に話し掛ける。
「そうだな。これは大いにくつろげそうだ」
 冬華は背負っていた荷物を床に下ろす。
「ドーン!」
 備え付けてあったキングサイズのベッドに勢い良くダイブ。身体がみるみる沈み込んで、かなりフカフカ。
「おい、そのまま寝転ぶな。せめて風呂に入ってからにしろ」
「冬華もこっちに来なよ」
「私は後ででいい」
「いいから来なって。マジでヤバいから」
「…そこまで言うなら」
 私の甘言に誘われるまま、冬華はこちらに近寄ってくる。そして、ベッドに座り込むと、ベッドの感触を確かめる。
「おお、これは確かに中々だな」
「寝ないと、ホントの寝心地はわからないよ」
 冬華の腕を握って、ベッドに引き込む。
「ねっ? メッチャいいでしょ?」
 私がそう問うと、冬華は恥ずかしそうに目を反らした。
「ち、近いな」
 私達の距離は、口唇が触れ合うぐらい近い。
「何恥ずかしがってんの? 子供の頃、よく一緒に寝たじゃん」
 小学生の頃、お互いの家にお泊りしては、同じ布団で就寝した記憶がある。歳を重ねていく度、何故かお泊りする頻度も少なくなり、いつしかそれは一切なくなってしまったけど…。冬華、ちょっと潔癖なところあるしね。
「アレは子供の時だったからだ。高校生にもなって一緒に寝るなんて恥ずかしいだろ」
「そう? でもなんか懐かしいし、安心する」
 そんな時、突然扉が開いたかと思うと、我が部の部員の一人が姿を見せた。
「冬華先輩、早く海に…って何やってんですか!」
 私達が寝転がっている姿を見て、彩音ちゃんが声を荒げる。何を怒っているのだろうか…。
「別に深い意味はないよ。寝心地を確かめてただけ」
「そんなのダメです! 不潔です!」
 彩音ちゃんは猛然とこちらに接近してくると、無理やり私と冬華を引き離す。
「あ、彩音ちゃん、なんか怒ってる?」
 冬華が困惑した様子で問うと、彩音ちゃんはよくわからない弁明をする。
「あっ、いや、別に怒ってる訳ではなくてですね…。と、とにかく、女の子同士でベッドを共有するのは、おかしいですよ!」
「そうかなぁ…」
 私としては別におかしいとは思わない。男の子同士でベタベタするのはちょっとアレだけど、女の子同士だとおかしくないと思う。まぁ、個人的な意見だけど…。
 
「海だあぁっ!」
 眼前に広がる美麗な海を見て、私はわかりきったことを朗々と叫んでしまう。でも、これはセオリーみたいみたいなものだからね。プライベートビーチではないので当然海水客がおり、私を対象に奇異な視線を投げ掛けてくるが、そんなことが気にならないほど私のテンションは最高潮だった。
 白く広大な砂浜、否応なくまとわり付いてくる潮風、陽光を反射しキラキラ光り輝く美しい水面。まごうことなく海である。
「ねぇ、皆! 海だよ、海!」 
「わかってるよ、そんなこと」といつも通りクールな冬華に対し、「海ですね、菊菜先輩!」と彩音ちゃんは欣然と目を輝かせている。因みに美月ちゃんは、佐渡さんに日傘を差されながら優艶に微笑んでいた。
「では皆の者、私に付いてまいれ!」
 高ぶった気持ちを抑制できず、私は海に向かって猪突猛進。
「あっ、コラッ、走ると転ぶぞ!」
 ふふふ、甘いな、冬華よ。このセヴンティーンという立派な大人の私が、そんな子供じみた初歩的な失態を晒す訳なかろう。なんて、冬華を内心で嘲笑したのも束の間、勢い余ってビーサンがつま先から砂浜に埋没し、バランスを崩してしまった。
「うあっ…!」
 その後のことは、誰にでも容易に想像できたことだろう。
「ぶへっ!」
 華麗かつダイナミックに転倒してしまい、砂浜に顔面を突っ込んでしまう。
「ほら見ろ。言わんこっちゃない」
 嘆息混じりの呆れた冬華の声が聞こえた。
「だ、大丈夫ですかっ?」
「あんなバカはほっとけ、美月」
「菊菜先輩、大丈夫ですか?」
 彩音ちゃんが側に来て、手を差し伸べてくれた。
「大丈夫じゃないぃ。口に砂が入ったぁ」口の中がジャリジャリ言ってて、すこぶる気持ち悪い!
「はいはい。とりあえず立ちましょうね」
「ありがとうぅ」私は彩音ちゃんの手を取って立ち上がると、「ぺっ、ぺっ…」口内に無断で侵入してきた砂利を必死に吐き出す。
「…よしっ! では皆の者、気を取り直して付いてまいれ!」
 目の前に展開される壮麗な海の前では、転んでしまったことなど些事に等しいのだ。

 夢中で泳ぎ回っていると、不意に空腹感を覚えた。まだ全然満足していないけど、午後も遊び倒すことを考えれば何か食べておいた方が賢明。
 そんな訳で私達は近場にあった海の家へと赴く。外観は経年劣化によって多少はくすんでいるものの、バルコニーもあって随分と立派な海の家だった。予想していた通り、店内はお客さんの騒がしい喧騒で満たされている。賑やかなのはいいけど、これは注文して運ばれてくるまで時間が掛かりそうだ。
『よければ別荘に戻って、お食事の準備を致しましょうか?』と美月ちゃんが提案してくれたけど、やっぱり海に来たら海の家で食事するっていうのが定番だ。
「やたらと混んでるな。こんなんじゃ静かに読書も出来やしない」
 対面に座る冬華が店内を見渡し、持っていた書籍を畳む。
「読書もいいですけど、冬華先輩は泳がないんです?」
 私の隣にいた彩音ちゃんが素朴な疑問を投げ掛ける。
 冬華は一応水着には着替えているが、パーカーを羽織っており肌の露出は少ない。私達が遊泳している間もパラソルの下で優雅に読書に耽っていただけだ。
「私、冬華先輩の泳ぐ姿が見たかったです」
 彩音ちゃんに残念そうに言われ、「うっ…」と言葉に詰まる冬華。
「彩音ちゃん、冬華は一見、何でもそつなくこなせるように見えるけど、運動はからっきしだから。見かけだけの女なのよ、冬華は。鈍足だし、球技も得意じゃない。まぁ、泳げない訳じゃないけど、泳ぎ方が独特だから見られたくないんだよ」
「クッ、貴様…」
 弱点を暴露されたのが悔しかったのか、冬華がキッと私を睨む。そんな顔されても怖くないもんね。
「わ、私はその方が人間っぽくていいと思います! むしろ弱点を知れて好感度が上がったというか…そんな冬華先輩も好きっていうか…あっ、好きっていうのは、先輩としての好きなので、深い意味はなくてですね…」
 何故か焦ったようにフォローする彩音ちゃん。
「み、美月ちゃんもそう思うよね?」
「そうですね。人間、誰しも欠点があるのは普通のことですから」
「そ、そうかな…ありがとう」
 冬華は照れくさそうに頭を掻く。
「そんな甘やかしちゃダメよ、皆。運動音痴が故に、球技大会とか運動会じゃクラスの足を引っ張るお荷物なんだから」
 いつも勉強のことで見下されているから、ここぞとばかりに難詰してやる。ははは、ざまぁみろ。
「ほぉ…お前、随分と好き勝手言ってくれるじゃないか。そんな尊大な態度を取っていると、こちらにも考えがある」
 冬華が口端を歪め不敵な笑みを浮かべる。
「へ、へぇ、どんな?」流石に調子に乗りすぎたか…。
「夏休みの終わりになって泣きついて来ても、宿題を見せてやらん」
「そ、そんな…卑怯だ!」
「卑怯? 笑わせるな。そもそも宿題は自分でやるのが常識だろうが。…まぁ、私も鬼じゃない。今ここで誠心誠意謝るのであれば、考えてやらんこともない」
「クッ、ごめ…さい…」悔しいかな見事に形勢を逆転される。
「なんて言った? よく聞こえなかったぞ。これだけ周りが騒がしいんだから、もっと声を張り上げて貰わないとな」
「ごめんなさい!」
「ただ謝るだけで許されるとでも思っているのか? そんなの未熟児でも出来ることだぞ」
 冬華は嗜虐的な笑みを湛えながら、尚も挑発的な言葉を寄越す。
「…それじゃあ、どうすればいいのよ」
「冬華さま、この愚鈍なる卑しい私めに、どうかお慈悲をお与え下さい、と哀願しろ」
「…ふ、冬華さま、この愚鈍なる私めに、どうかお慈悲をお与え下さい…」
 はっきり言って屈辱感で一杯だったが、ここは下手に逆らわず素直に従っていた方が賢明。亜樹ちゃん、怖い。
「『卑しい』が抜けてる。もう一度だ」
「…ちょ、調子に乗るんじゃないわよ!」流石の私も我慢の限界だった。「宿題なんて全部自分で解いてやるんだから!」
「それは殊勝な心掛けだ。初めからそうしろ、アホ」
「あ、アホだと…このガリ勉メガネ!」
「ちょ、ちょっと、二人共止めて下さい!」
「そうですよ。お客さん方もおられるのですから、落ち着いて下さい」
 今にもケンカに発展しそうな私達を止めようと、彩音ちゃんと美月ちゃんが仲裁に入る。
「二人共、止めないでちょうだい。私達はいずれ決着をつけなければいけない因縁の関係だったんだから」
 私がそう言ったと同時――
「はい、お待ち!」
 無駄に威勢の良い声と共に、テーブルに料理が置かれる。どうやら注文していた料理が運ばれてきたみたいだ。
「焼きそば2つと、カレーライス、かき氷で間違いない?」
 店員さんが注文の品を確認する。私、彩音ちゃんは焼きそばで、冬華はカレーライス、かき氷が美月ちゃんだ。ちなみに佐渡さんは、会長に呼び出されて屋敷にいる。
「あっ、はい」
 私がそう返事をすると、「じゃあ、ごゆっくり」と店員さんは絵に描いたような営業スマイルを浮かべて立ち去ろうと踵を返す。だが、「ああ、それと…」とすぐにこちらに向き直り、
「元気なのはいいけど、店内で喧嘩しないでくれる? クソ忙しいってのに」
 苛立ちを多量に含んだ台詞を残して、店員さんはさっさと厨房に消えた。
「………」
 そんな店員さんに怯えた私達は、すっかりと毒気を抜かれて黙りこくってしまう。
「は、早く食べましょう。冷えますから」
「…え? う、うん。そうだね」
 彩音ちゃんに促され、私は割り箸を分断。
「冬華の所為だからね、怒られたの」
「どう考えてもお前が事の発端だろ。何を責任転嫁してんだ、この馬鹿」
「なっ、まだ言うか! このっ、」
「ちょ、ちょっと、菊菜先輩、さっきの店員さんが見てますからっ」
「えっ?」
 彩音ちゃんにそう言われて厨房の方に視線をやると、先程の店員さんが顔を覗かせてジッとこちらを睨んでいるではないか。
「あはは」と笑い掛けてみると、店員さんは厨房に顔を引っ込めた。安堵に肩を撫で下ろす。
 再燃する怒りをなんとか押し殺して、私は黙々と昼食を食べ始める。案の定、味は普通。特別美味しくもなければ、不味くもない。
「冬華のカレー、なんか美味しそう」
 人が食べている物って、やけに美味しそうに見える。
「…やらんぞ」
「一口だけちょうだい」
「ヤダ」
「いいじゃん一口ぐらい。私のもあげるから」
「…一口だけだぞ」
「あ~ん」
 私は雛鳥のように口を開けて待つ。
「…はぁ」
 面倒くさいヤツだな、とでも言いたげに一度嘆息すると、冬華はスプーンにカレーライスを乗せて差し出してくれた。
 しかし、私の口まであと少しという時、隣にいた彩音ちゃんがスプーンを咥えて横取りしてきた。かなりの俊敏さだった。
「あっ…!」
「んぐんぐ」と咀嚼する彩音ちゃん。
「あ、彩音ちゃん、何すんの!」私のカレーが!
「あっ、すみません。つい」
「つい、って…」
 
 陽も傾き始めた頃、散々遊び回った私達は宿(美月ちゃんの別荘)へと戻った。
 疲労困憊で広間にあったソファに腰を埋め一人休んでいると、「菊菜先輩、そろそろ始めますよ」彩音ちゃんが話し掛けてきた。
「…何を?」
「練習に決まってるじゃないですか。なんの為にここまで来たと思ってるんです?」
「…そうじゃん!」
 あまりに海が楽し過ぎてすっかり忘れていた。だけど、動く気になれなかった。
「でもまぁ…もうちょい休んでからにしやせんか」
「確かにそうかもですね。私もいっぱい遊びまくって疲れました」
 彩音ちゃんは私の隣に腰掛ける。
「なんだなんだ君達、随分とお疲れのようだな」
 そう言って私達の前に姿を現したのは、浴衣姿の会長だった。
「会長…」
「風呂にでも入ってリフレッシュするといい。ここのは源泉だから、気持ちがいいぞ」
「…いきなりなんですけど、会長って何で生徒会長になろうって思ったんですか?」
 何気なく疑問に思ったことを尋ねてみた。
「私か? まぁ…単純に学校をよりよい環境したかったんだ」
「それだけですか?」
 それだけの理由で、生徒会長に立候補するなんて純粋に敬服する。生徒会長なんてやることが多くて面倒だし、人望がなければ生徒達からも慕われない大変な役職だろう。
「まぁ、理由は別にもあるんだがな。私は一回、生徒会長を落選してるんだ」
「えっ? そ、そうなんです?」
 それまで黙っていた彩音ちゃんが、驚いたような声を発する。
「前年の生徒会長が人望も信頼も厚い人だったんだ。投票数で僅差ならまだしも、大差で負けてしまってね。それがかなり悔しくて、私はその一年、副会長という役職に就いて敗北感に苛まれながら過ごした。だが、その悔しさがバネとなり、来年こそは生徒会長になろうと全身全霊で尽力したよ。敗北感や劣等感は、時として人を強くさせるものだというのを大いに学んだ」
「なるほど…」
 私はかなりの共感を抱いていた。敵わない相手を見返してやろうと、追い抜いてやろうと奔走する。今まさに私はその境遇に遭遇しているのだ。
「では、私はこれで失礼するよ。そういえば今日は近所で夏祭りがあるみたいだぞ」
「夏祭りですか?」
「ああ、暇なら行ってみるといい。結構、屋台も出て賑わう祭りだ」
 じゃあ、私は失礼するよ、と会長は歩いていった。
「練習…どうしよっか?」
 正直、夏祭りという催事は私にとってかなり魅力的なワード。だけど、練習も大事。てゆーか、それが本来の目的だし。
「練習の方が最優先ですよ、菊菜先輩」
「そ、そうだよね…」
 ここは彩音ちゃんの意見を尊重しよう。
「だけど、夏祭りも魅力的です…」
 どうやら私と同じく葛藤していた様子…。
「じゃあさ、お祭りを楽しんだ後、今まで以上に練習に打ち込めばいいんじゃない?」
「ですよね!」 
 その後、渋る冬華をなんとか説得し、私達は夏祭りに向かうこととなった。
「おおっ、結構賑わってる」
 お祭り会場である広場には、たくさんの人がひしめき合っていた。何やら花火も打ち上がるみたいなので、それを見物しに来た人達だろう。
 断続的に聞こえる賑やかな喧騒、漂う香ばしいジャンキーな匂い。このお祭り特有の雰囲気が私は昔から好き。
 とりあえず腹の虫が騒いでいるので、屋台を見て回ることにした。
「…思った以上に人が多いんだが」
 黒いシックな浴衣に身を包んだ冬華が、開口一番文句を垂れる。
「冬華先輩、人混み苦手です?」
 花弁が散りばめられた紺色の浴衣を着た彩音ちゃんが、冬華に何気なく尋ねる。
「少し」
「冬華さん、体調が優れないようでしたら、あまり無理なさらないでください」
 赤い金魚が遊泳する白い浴衣がよく似合う美月ちゃんが、冬華の身を案じる。
「美月ちゃん、甘やかしちゃダメよ。これからバンド活動を続けていくつもりなら、人混みぐらい余裕になってもらわないとね」
「ふんっ、子供っぽい浴衣着た奴に言われたくない」
「ど、どこが子供っぽいって言うのよ! 可愛いじゃん!」
 私が身に纏う浴衣は、撫子色にさくらんぼが刺繍されたデザイン。
「さすがに高校生が着るには可愛過ぎるデザインだろ」
「そ、そんなことないし! 可愛いは正義だし!」
「意味がわからん」
「あ、彩音ちゃんはどう? 私が着ても変じゃないよね?」
「…別に変ではないですが、確かにちょっと可愛過ぎるかもですね」
「ガガーン…」どうやら私の感性はキッズだったようだ。途端に着てるのが恥ずかしくなってき。
「き、菊菜さん、大丈夫ですよ! 私はよく似合っていて可愛いと思いますから!」
 不憫だと思ったのか、美月ちゃんが慰めの言葉を掛けてくれた。
「…私が子供っぽいから似合ってるってこと?」
「ち、違いますよ! 立派なレディとして似合ってるって意味です!」
「えへへ、やっぱりぃ?」
 落ち込むのも一瞬だけど、立ち直るのも一瞬の私だった。
「それより、何か食べませんか? 私、こういった場所に来るのが初めてなのでオススメの物を教えて頂きたいです」
「そうなの? そんじゃあ、まずは定番の唐揚げでしょ!」
 明らかに人気の高そうな長蛇の列ができている唐揚げ屋さんに私達は並ぶことにた。
「ねぇ、見て見て。あの娘、めっちゃ綺麗じゃない?」
 ふと、そんな声が耳に届き、私の視線は自然とそちらに向いた。私達の前に並ぶ若い女の子二人組が、こっちを見てヒソヒソと話し合っているではないか。
 どうやら私の容姿は若人の話題をかっさらうくらい美しいようだ。いやぁ、まいったまいった。
「ほら、あの白い浴衣を着た娘」
 ですよねぇ。なんとなくそんな気はしてたけどさ…。
 やがて、私達の番が回ってくる。
「いらっしゃい!」
 歯が数本抜けた威勢のいいおっちゃんが接客してくれた。
「えっと、唐揚げの小2つで」
 私がそう注文した瞬間、「おおっ、お嬢ちゃん可愛いね!」とおっちゃんがいきなり褒めてくれた。
「そ、そうですか…? いやぁ、まいったなぁ」
「そっちの紺色の浴衣着た娘」
 ふざけ倒せ。
「あ、ありがとうございます」
 彩音ちゃんは気恥ずかしそうに含羞。
「オマケしちゃおうかな!」
 ガハハ、と口内を剥き出しにしながら笑うおっちゃん。
「んっ、美味しいです!」
 唐揚げを口にした途端、美月ちゃんが目を見開く。
「だよね! 接客態度はアレだったけど、唐揚げを作る腕はピカイチ!」
 ニンニクがよく効いていて絶品だった。
「お前が勝手に勘違いしただけだろ。傍から見てて滑稽だったぞ」
「う、うっさいわね、冬華!」
「…冬華先輩はどう思いますか? 私の浴衣姿」
「え…? う、うん、可愛いと思うよ」
「か、彼女にしたいです…?」
「か、彼女? まぁ、性別が違ったら惹かれてたかも」
「私の冬華先輩に対する気持ちは、性別なんか超越してます!」
「…あ、ありがとう」なんとも曖昧な笑みを浮かべる冬華。
 美月ちゃんのリクエストでたこ焼きの列に並んでいると、不意にトイレに行きたくなった。
「ちょっと、トイレ行ってくる」
 そう三人に告げると、「それじゃあ、私も行くよ」と冬華が名乗りを上げる。
「お前一人で行かせたら、迷子になるかもだしな」 
「私のこと何歳だと思ってんの?」
「二人は並んでてくれ」
「早く戻ってきてくださいね」
「出来るかぎり早く戻ってくると」
 広場の隅に設置されたトイレは、案の定、混雑していた。数分後、なんとか用を済ませた後、私は冬華がトイレから出てくるのを待っていた。
「っかしいなぁ」
 すると、何かを探すみたいにキョロキョロと地面を確認する人物が目に入った。長く茶色い髪が特徴的な綺麗な女性。
「どうかしましたか?」さすがに目の前で誰かが困ってて見過ごすことなんてできず声を掛ける。
「ん…?」女性がこちらを見る。「いや、ちょっと眼鏡をなくしたみたいで…」
「そうなんですか? 私も一緒に探しましょうか?」
「ホンマに? ありがとう! 実は急いでたんよ」
 女性の顔が喜色に彩られる。
「なくしたのここら辺ですか?」
「うん、多分。トイレに行く前にはちゃんとあったし」
「わかりました」私はスマホを取り出すと、ライトを点灯し地面を照らす。
 眼鏡を捜索すること数分、なかなか見つからない。
「眼鏡の特徴とかってあります」
「真っ赤なヤツ。見たらすぐにわかると思うんやけど…」
「そうですか…ん?」偶然、彼女にライトが当たった時、頭部にキラリと光る異物を視界が捉える。
「あのぅ、頭…」
「え? 頭?」彼女は自身の頭部に触れる。「げっ…! またやってもた!」
「み、見つかってよかったです」
「たまにやっちゃうんだよね、無意識に」
「私も似たようなことありますよ。スマホを手に持ったまま、スマホを探しちゃうこと」
「あははっ、それはないかな」
「そ、そうっすか」フォローしたつもりが、逆に笑われてしまった。
「それより、一緒に探してくれてありがとう。なんかお礼しなくちゃだよね」
「いいですよ、そんなの」
「じゃあ、これ、あげる」
 そう言って彼女が差し出してきた物は、表面が飴でコーティングされた赤い果実。リンゴ飴だ。
「さっきスタッフさんにもらったヤツだけど」
「スタッフさん…?」
「私、この後あっこのイベント会場で歌うから、よかったら観にきてよ」
 そう言って彼女が指さした先にあったのは、ステージが設営された場所。気にはなっていたけど、何かイベントが催されるみたいだ。
「ヤバっ、そろそろ時間だから行かないと」
 じゃあね、とだけ言い残して、彼女はイベント会場の方へと歩いていった。
「さっきの誰だ?」
 後ろから話し掛けられ振り向くと、トイレから出てきた冬華が立っていた。
「さぁ? 誰なんだろ?」
「知り合いじゃないのか?」
「ん~ん、知らない人」
 彩音ちゃん、美月ちゃんと合流した後、私達はイベント会場へと向かった。どうやらイベント会場では一般の方達によるカラオケ大会やら学生達による楽器演奏が行われるようだ。
 同年代の学生達による和太鼓の迫力あるダイナミックな演奏を観ていると、青春してるなぁと思った。これまで部活らしい部活に所属したことのない私からすれば、仲間達と一致団結して同じことに取り組むという行為だけでアオハル。
「…あっ」
 学生達の演奏が終わったかと思うと、舞台袖から見覚えのある女性が姿を現した。眼鏡を掛けたあの人だ。
「いやぁ、どうもどうも」
 彼女は照れくさそうにステージ上に設置されたピアノの側にある椅子に腰掛けた。
「あ、あの人ってまさか仲野直美さんじゃないです?」
「彩音ちゃん、あの人のこと知ってるの?」
「関西出身のストリートミュージシャンで、ピアノのカバーがめちゃくちゃ上手い人です! 結構、動画サイトとかでバズってる人ですよ!」
「そ、そんなに有名な人だったんだ…」普段、動画サイトを利用したとしても、バンドの曲しか聴かないからなぁ…。
「私もなんとなく知ってる。確か京都テレビで特集されてたのをチラッと観た」
 どうやら冬華も知っているようだ。
「私もお名前だけは、どこかで聞いた覚えがあります」
 美月ちゃんまで知ってるとは…。私だけ取り残されている気分。
 やがて、仲野さんの演奏が始まる。力強くも繊細で躍動的な演奏、彼女の描き出す独創的な世界観に引き込まれるようなパフォーマンス。
 聴き終わって最初に浮かんだ感想は、とにかく上手いということ。儚くも大胆で柔軟性のある冬華の弾くピアノとは、また違った良さがあった。
「ありがとうございました」仲野さんが頭を下げる。「実はですね、ライブが始まる前に眼鏡をなくしましてですね。どこだどこだって探していると、一人の心優しい小6ぐらいの少女が話し掛けてくれまして」
 わ、私のことだよね…? 小学生に見えてたのか…。いや、眼鏡を外していたから幼く見えただけだよね、とあまり深く考えないようにして納得しておいた。
「一緒に探してくれたのはよかったんやけど、私ってば眼鏡を頭にぶっ刺したままだったんですよ。どうりで見つからないわけだ」
 どっと会場内が笑いに包まれる。
「その娘がいいひんかったら、私は一生眼鏡探してかもです」
 私のことを話題にしてもらって嬉しいような恥ずかしいような曖昧な感情を抱いていると、仲野さんとバッチリ目が合う。ドキッと心臓が高鳴る。
「ああっ、あの娘あの娘!」
 仲野さんが私に向かって指をさす。当然、皆の視線が私に突き刺さる。
「もしかして菊菜先輩のことです?」
 彩音ちゃんに問われ、「そ、そうみたい」と答える。
「改めてお礼したいし、こっち来なよ」
 こっちこっち、と手招きされる。
「え…? あっ…」
 どうすべきか逡巡していると、「ほら、菊菜先輩、呼ばれてますよ」という彩音ちゃんの声。
「で、でも…」
「行ってこいよ」
「ふ、冬華まで…」
「菊菜さん、頑張ってください!」
「う、うん」
 最後に美月ちゃんに後押しされた私は、おどおどしながらステージの方へと歩いていく。
 仲野さんはニコニコしながら、私を出迎えてくれた。
「君、名前は?」
 マイクを向けられたので、私は正直に名を明かす。
「と、東西です。東西菊菜」
「菊菜ちゃんね。ほら、拍手拍手」
 仲野さんがそう促すと、まばらにパチパチと拍手が起こる。あまり歓迎されていなのがわかった。そりゃそうだ。どこの馬の骨ともわからない小娘がいきなりステージ上に現れたんだ。皆にとって私は異分子。
「ちなみになんやけど、菊菜ちゃんって小学生?」
「…高二です」
「ごめんごめん。パッと見、小学生やと思ってた」
 わははっ、とまたしても客席から笑いが起こる。
「菊菜ちゃんって歌得意?」
 マイクから顔を外して、仲野さんが小声で尋ねてくる。
「そ、それなりに…」
「せっかくやから一曲歌っていく?」
「えっ…?」
「菊菜ちゃんが一曲歌ってくれるらしいですよ!」
 おおっ! と客席から反応が返ってくる。
「ちょ、ちょっと!」
「メジャーなの限定やけど、リクエストある?」
「…じゃあ、『恋に落ちて』で」
 ここで断って小心者だと邪推されても癪なので、弾いてほしい曲をリクエストする。それなりに世間に知られているだろうし、私がまだ小さい頃、お母さんが車で聴いていた思い出深い曲だったりする。
「オッケー」
 事前に打ち合わせしていたかのように、仲野さんが私のリクエスト通りの曲をピアノで弾き始める。瞬時に対応できる器用さは、さすがだなと思った。
 なんとか歌い終わって、周囲の反応を窺う。特にこれといった失敗もなく歌い上げられたと思う。
 すると、私の不安を拭い去ってくれくかのような暖かな拍手が会場を包む。オーディエンス達は一様に笑顔を見せてくれていた。
「…いや、普通に上手くてビックリしたんやけど!」仲野さんの絶賛する声が周囲に反響する。「そこら辺の歌手より全然歌唱力ある!」
「そ、そうっすかね。恐縮っす」
「もしかしてプロ目指してたたり?」
「ちょ、ちょこっとだけ。実はバンドなんかしたりしてます」
「そうなん? 宣伝しとき、宣伝!」
「く、クリームってバンドしてます。結成して間もない雛みたいなバンドですが、いつかは武道館に立てるぐらいビッグになりたいです! いや、なります!」
「「ガンバレー!」」
 私の野望を聞いて、客席からエールが届く。そして、パチパチと背中を支えてくれるような優しい拍手が私に送られた。
「なぁにが武道館に立ちたいだ」お祭りからの帰り道、冬華が私の発言を夢物語だと決め付ける。「そんなこと無理に決まってるだろ」
「そんなのわかんないじゃん。最初から無理なんて決めつけるの、冬華の悪いとこだから」
「これから進学やら就職が待ってるっていうのに、そんな妄想膨らませても虚しいだけだ」
「ホント、冬華って現実主義だよね」
「菊菜先輩じゃないですけど、私もいつかおっきなステージに立ちたいとは思います」
 彩音ちゃんが私の言葉に同調してくれた。
「私もバンドに加入したからには、皆さんのお役に立てるよう力を尽くします」そう言って、決意を表明するかのように美月ちゃんはギュッと拳を握った。「それに、改めて菊菜さんの歌声はもっと世間に知られるべきだと思いました」
「まぁ、歌だけは長所だと言っていいからな、菊菜は」
「わかります。菊菜先輩、歌だけは天下一品」
「そのさぁ、私が歌だけしか取り柄ないみたいな言い方やめてくれない?」
 
「ライブしたいよぉ~」 
 残暑も落ち着きそろそろ紅葉の季節に変遷しつつある十月の始め。夏休みは気付くとあっという間に終わっており、誰かが時間を早送りしたのではないかという疑念が今でも払拭できないでいた。
 あと、私はライブがしたくてウズウズしていた。スレイブの前座をしてからというものバンドとしてこれといった活動をしていなかったから。
 あれから持ち曲を増やそうと皆で試行錯誤して二曲ぐらい作ったので、早くお披露目したくてたまらなかった。
 だけど、私達は単なる学生。そう簡単にライブハウスを借りての演奏は出来ない。路上でのライブでもよかったけど、出来るならちゃんとした場所での演奏を敢行したかった。
 美月ちゃんの財力を借りようともちょっぴりだけ考えたけど、さすがにに頼りすぎるのもどうかなって思ったんだよね…。
だから、ライブをしたいっていう激情が行き場をなくして胸中でくすぶっていた。
「そうですねぇ…。でも、文化祭の準備もしなきゃだし、難しいかもです」
「文化祭かぁ…って文化祭っ!」
 彩音ちゃんの何気ない一言に、私はつい過剰な反応をしてしまう。
「わっ、ビックリした! きゅ、急にどうしたんです?」
「そうだよ! もうちょっとで文化祭じゃん!」
「文化祭がなんだってんだ」
 冬華が怪訝そうな声を発する。
「文化祭でライブしようよ!」
「無理だろ」
 そんな私の意見を、冬華は瞬時に否定する。
「なんでよ!」
「体育館の使用許可を取ってないだろ」
「使用許可…?」
「体育館を使いたかったから、九月末日までに使用申請書を提出しろってプリントを貰ったろ。それぞれの部活動に配布されていたはずだ」
「何それ? 初耳なんだけど」
「菊菜さん、前に紙ヒコーキを飛ばしてませんでしたか? もしかして、アレがそのプリントだったのでは…」
「げっ…」
 美月ちゃんにそう言われ、該当する記憶が脳内で想起された。
 数日前、冬華と彩音ちゃんは教室の掃除で遅れていて、部室には私と美月ちゃんしかいなかった。自主練する気にもなれず手持ち無沙汰だったので、机に何気なく置いてあったプリントを使って紙ヒコーキを作成して、メーヴェと名付けて窓の外にスカイハイさせた。しかも、思った以上に飛距離が伸びてしまい、あの紙ヒコーキはくもり空をわってその姿をくらませた。まさか、あのプリントがそんな重要なものだったなんて…。
「ど、どうしよう冬華!」
 頭の冴える冬華に助けを求めるも、「そんなものは知らん。自業自得だろ」と冷たく一蹴される。
「彩音ちゃん!」
「こ、こればっかりはどうにも…提出期限も過ぎてるし」
「美月ちゃん!」
「私もライブはしたい気持ちですが、どうすればいいのかわかりかねます…」
「…よしっ! だったら直談判しかない!」
 私は教室を飛び出して、生徒会室に走った。

「許可できない」
 私が用件を伝えた直後、会長は一瞬の間も挟まずバッサリと切り捨てる。
「ど、どうしてですかっ!」だからと言って、簡単に引き下がる訳にはいかん!
「プリントは紛失している、提出期限は超過している。逆にそれで許可できるのであれば、その理由を問いたい限りだ」
「そこをなんとか!」誠意を見せるべく、手を合わせて懇願。
「無理だ。もうセットも組んであるしな」
「お願いします!」
「だから無理だと言っているだろう。君達だけ特別扱いは出来ない」
 話し合いは終わったとばかりに、会長は事務作業を再会させる。
「何でもするんで、お願いします! 靴でもなんでも舐める覚悟です!」
「…私にそんな歪んだ性癖はない。それより、君もしつこい奴だな。懇願すれば何でも叶うなどという甘い考えは捨てろ」
 こうなれば、もう媚びるしかない。
「会長、いつも生徒会の仕事でお疲れでしょう」
 下手に出ることにした。私は会長の裏に回って肩もみを始める。
「どうですか? 昔、お父さんの肩をよく揉んでいたので、肩もみには自信があるんです」
「…まぁ、力加減は絶妙で、気持ちがいいな」
「そうでしょう? いやぁ、やっぱり肩がガチガチですね。自分を休めるのも大事ですよ」
「文化祭も近いから、最近は大変なんだ」会長は溜め息混じりに愚痴を零す。
「生徒会の業務も一筋縄じゃいかなんですね。お疲れ様です」
 タイミングを見計らい、もう一度交渉に打って出る。
「…で、体育館の件なんですけど、」
「無理だ」
「少しだけ、」
「無理だ」
「ちょ、」
「無理だ」

「ダメだったんだけど!」
 あの後も何度もしつこくめげずに頼み込んだものの、頑固会長が頷くことはなかった。文化祭まで二週間を切っているとかで、体育館ステージの使用の時間調整も難しいと懇切丁寧に説明された。
「別に今年に固執する必要もないだろ。来年にでもすればいい」
 冬華の至極全うな意見を聞き、私は異議を申し立てる。
「そんなの絶対ダメ! 今年の文化祭は今年しかないんだよ」
「何もかもお前の自己責任だろ」
「うっ…そ、それはそうだけど…。でも、私はやっぱりライブがしたいの!」
「そうは言っても、今回は難しいですよね」彩音ちゃんが悲観的な言葉を呟く。
 だけど、私は諦める気なんて微塵もなかった。だって、今年の文化祭は、後にも先にもこの一回しかないんだもん。それに、私達の演奏を生徒達に聴かせる絶好のチャンスなのだ。是が非でも会長を頷かせるしかない。
 しかし、諦めずに何度も直談判しに行ったけど、会長の意思はこれでもかってぐらい強固で許可が下りることはなかった。

「またおこしやすぅ」
 お客さんがお帰りになられるので、私は出口まで見送って頭をスッと下げる。
 今日は文化祭当日。他校の生徒や大人達がひっきりなしに来店し、我がクラスの出し物は成功と言って差し支えないだろう。繁盛しているのはいいけど、人手不足で忙しい。
「あっ、おこしやすぅ」
 またしてもお客さんが来店なさったので、私は再び頭を下げる。
「…きぃちゃん…やんな?」
「え…?」
 聞き覚えのある声音と関西弁が耳に届き、私は反射的に顔を上げていた。
「ひ、日菜ちゃん!」
 予想外の人物の登場に、私はただただ瞠目。
「随分と久し振りやなぁ。その格好やったら、やっぱりわかりづらいわ」
「な、なんで日菜ちゃんがいるのっ!」
「私が呼んでおいたんだ」
 そう言って会話に介入してきたのは、華やかな着物に身を包んだ美人さん。
「あっ、ふぅちゃん! ふぅちゃんも似合っとるね、舞妓さんの格好」
 なんと我がクラスの出し物は、舞妓喫茶というもの。読んで字の如く、舞妓さんが店員として接客してくれる喫茶店である。考案したのは、担任の亜季ちゃんだったりする。 
 私が舞妓をやってるからという安直な理由だったが、見事に採用されたのだった。
 喫茶店の店員が舞妓さんというのは傍から見ても奇異な光景だが、意外と好評で客足が途絶えることはなかった。一応、基本的な礼儀や作法は私がレクチャーしておいた。
「そ、そうか? 締め付けられて動き難い上に、目立ってしまって仕方ないんだよな」
 最初こそ恥ずかしがり人前に出るのを拒否していた冬華だったが、クラスの皆に舞妓姿を賞賛され接客を担ってくれている。
「でも、めっちゃ似合っとるよ」
「これを着用しながら接客やら色々な芸を披露してるって言うんだから、初めて菊菜を尊敬したよ」
「ふふんっ、もっと崇め奉ってもいいんだよ」私は胸を張って得意げとなる。
「…こうやってすぐ調子に乗るから、コイツは褒めたくなんだよな」
「な、何よそれ!」
「はははっ」そんな私達のやり取りを見て、日菜ちゃんがクスクス笑う。「やっぱり二人の漫才はおもろいなぁ」
「「漫才じゃないから!」」
 私と冬華のツッコミが重なり合う。
「菊菜、日菜と文化祭を回ってこいよ」
「え…? それは嬉しいけど、私が店を空けたら営業に支障が出るかもよ」
「安心しろ。お前一人がいなくなった所で、問題は皆無だ。それに、午後も残ってるし、今の内に休憩しとくといい」
「…わかった。冬華、あんがと」
「あと、その格好で歩き回っていたら、店の宣伝にもなるしな」
 …そっちが本音かい。がめつい娘だこと。売上金の全てはクラスの収入となって、後から自由に使えることになっていたりする。だから、出店しているクラスの接客にも熱が入っているのだ。
 こうして、私と日菜ちゃんは文化祭巡りを始めた。
「それにしても久し振りだね。元気してた?」
 いつにも増して喧騒で氾濫する廊下を歩きながら、日菜ちゃんに話し掛ける。
 メールとか電話でのやり取りはしていたものの、こうやって直接会って話し合うのは久々。
「見ての通り元気やで。こうやってきぃちゃんと文化祭を回れるから、更に元気になったわ」
 日菜ちゃんは腕を折り曲げてボディービルダーのようなポーズで元気さをアピール。
「私も日菜ちゃんと再会できてスッゴク嬉しい」
 そんな会話をしていると、「あの、すいません」と見知らぬ女生徒に声を掛けられた。見慣れない制服を着ているので、他校の生徒だと判別できた。
「なんどすか?」一応、舞妓の姿なので言葉遣いを正す。
「写真、一緒にいいですか?」
「かまへんよ」
 要望に応え一緒に写真を撮影すると、その女生徒は満足そうに去っていった。
 特異な格好をしている為か、その後も校内を歩いているだけで何度も写真撮影を頼まれる羽目となる。日菜ちゃんとの限られた時間を満喫したいのに、中々難しい状況だ。
「きぃちゃん、人気もんやなぁ」
「物珍しいだけだよ。それよりどうしよっか? こんなんじゃゆっくり楽しめないよね」
「ウチはきぃちゃんと一緒におれるだけで楽しいよ」
 なんて嬉しいことを言ってくれるんや、この娘。
「菊菜、アンタ、何やってんのよ…」
 露骨な呆れ顔を発露させながら私達の目の前に現れたのは、私の血縁者にして仕事の先輩。
「あっ、お姉ちゃん」
「アンタ、それって仕事着じゃないのよ」
「ふふふのふ、実はうちのクラスの出し物が、舞妓喫茶だからだよ」
「何よそれ…?」
 初めて聞くであろう単語に、お姉ちゃんは怪訝そうに眉根を寄せる。
「舞妓さんが接客してくれる喫茶店だよ。メイド喫茶の舞妓バージョン」
「あっ、そう」
「えっと~、お母さんは…?」
 周囲を見渡してみても、我が置屋の女将は見当たらない。舞妓喫茶を披露しようとお姉ちゃんとお母さんを招待していたのだ。
「お母さんはトイレに行ってる。多分、混んでるからすぐには帰ってこないよ」
「そうなんだ…。後で私のクラスにもちゃんと来てね。おもてなしするから」
「はいはい」
 お姉ちゃんと別れて、文化祭巡りを再開する。
「きぃちゃんのお姉さんって久し振りに見たけど、やっぱ美人さんやね」
「あれでもうちょっと性格が温厚だったら、モテるのにね」
 今のを本人に聞かれていたら、容赦なくドツかれていただろう。
 私達は場所を移して、校庭へと向かった。校庭には出店が軒を連ね、校内より一層人々の往来が激しく賑わっている。加えて、色々な食べ物の匂いが渾然一体となり食欲をそそられる。
「いらっしゃいませぇ!」
 一人のお客さんも逃さまいと、そこかしこから溌剌とした呼び込む声が飛び交う。
「賑やかやなぁ」
「そうだね。そういや、去年は私達も出店の店員やったよね」
「そうそう! しかもその時、きぃちゃんが地面にたこ焼きをぶちまけたのもよう覚えとる」
「うっ…あの時はちょっと張り切り過ぎたんだよ」
 パックに入れて作り置きしていたいくつものたこ焼きを、不注意で地面にぶちまけてしまったのだ。あの時はクラスメート達からお叱かりを受けたが、その損害を取り戻そうと接客に人一倍奮闘したのを覚えてる。
「でも、おもろかったし、気にせんでええよ」
 そういや、あの時一番手伝ってくれたの日菜ちゃんだっけ。
「日菜ちゃん、なんか食べたい物とかある?」
「ん? そうやなぁ…これだけで店があると、色々目移りしてまうわ」
 日菜ちゃんはキョロキョロと周囲を見渡す。
「食べたい物言ってよ。今日は私がなんでも奢ってあげるから」
 私はドンッと胸を叩いて、懐の深さを見せびらかす。
「えっ? ホンマっ?」途端に目をキラキラと輝かせる日菜ちゃん。「えっと、それやったら…たこ焼き、お好み焼きは外せんやろ。あと、唐揚げとかフランクフルトも食べたいしなぁ…あっ、それとたこ焼き!」
「…たこ焼き、二回言ってるよ」
「え? そうやっけ?」
「菊菜ちゃ~ん!」
 背後から私を呼ぶ声が聞こえ振り向いてみると、和香ちゃんがブンスカと手を振っている姿が目に入った。
「おっ、和香ちゃん。どうかした?」
「実は私のクラスの…って日菜ちゃんがいる!」
 私の隣にいる日菜ちゃんの存在が目に入ったらしく、露骨に驚く和香ちゃん。
「和香ちゃん、久し振りやなぁ」
 手を取り合って、再会した喜びを分かち合う二人。
「元気してた?」
「すこぶる絶好調や!」
「それは良かった。…あっ、よかったら二人で食べていってよ、うちの焼きそば」
 和香ちゃんは店番をしていたお店から、焼きそばを二パック持ってきてくれた。お肉やら野菜といった具が盛りだくさんで、パックからはみ出そうな大ボリューム。
「我がクラスの自信作だよ! マジで美味しいから」
 割り箸を割って、いざ私達は食べ始める。モグモグ…。
「美味しい!」「美味い!」私達は同時に感想を叫ぶ。
 ソースの加減や面の硬さが丁度良くて、自然とお箸が進む。
「そうでしょう? 何度も作り直して、やっと出来た秘伝の配合なんだよ」
 ふふん、と和香ちゃんが自信満々に胸を張る。
「いやぁ、これは美味しかった」
 気付くと全て完食していた。量も多かったから、お腹も膨れて大満足だ。
「そうやね。これはもっと売れるべきや」
「それじゃあ、とりあえず一人300円ね」
 和香ちゃんは当然のように代金を請求してきた。
「「…って金取んのかい!」」
 私と日菜ちゃんのツッコミが炸裂した。
 その後、色んな出店を巡っていると、「菊菜先輩!」とまたしても背後から私を呼ぶ声が飛来。振り返らずとも声音で誰かが判然とした。後ろを見やると、彩音ちゃんがどこか焦った様相でこちらに走ってきているではないか。隣には美月ちゃんも同伴。
「はぁはぁ…かなり探しましたよ」
 彩音ちゃんは私達の前で立ち止まると、肩を上下させ乱れた呼吸を整える。
「おおっ、彩音ちゃんも久し振りやね!」
「あっ、日菜先輩じゃないですか! 何でここに?」
「ふぅちゃんにお呼ばれしてな。遠路はるばる京都まで来たんや」
「遠路はるばるって…大阪だからすぐ側じゃないですか」
「いや、実は大阪からここまで歩いてきたんや」
「あ、歩いてっ!」
 純真無垢な彩音ちゃんが驚いている。
「そうや。こう見えても足腰ボロボロなんやで」
「それは遠路はるばるですね…」
「そんなの嘘に決まってんでしょ」
 このままだとボケっぱなしで終わりそうだったので、私は口を挟む。
「う、嘘なんですかっ?」
 どうやら本当だと思っていたらしい。大阪から京都といっても、意外と距離があるしね。
「はははっ、彩音ちゃんじゃからかい甲斐があるなぁ」
 日菜ちゃんが愉快そうにお腹を抱える。
「変な冗談は止めてくださいよ。信じちゃったじゃないですか」
「ごめんごめん。でも、ホンマに久し振りやなぁ」
「そうですね。日菜先輩が引っ越されてから、一度も会ってませんでしたし…」
「少し見ん内に大人っぽくなったね、彩音ちゃん」
「え? ほ、ホントですか?」
「なんてね。嘘や、嘘」
「う、嘘っ!」
「はははっ、やっぱオモロイわ、彩音ちゃん」
「もうっ、からかわないでくださいよ」彩音ちゃんは頬をぷくっと膨らませる。
「ごめんごめん。…ん? その娘は彩音ちゃんのお友達?」
 そこでやっと日菜ちゃんが美月ちゃんの存在に触れる。
「あっ、申し遅れました。私、西大路美月と申します」
「新入部員の娘。日菜ちゃんの後継者だよ」
 私は美月ちゃんについて補足説明をする。
「あっ、そうなんや! 後継者ってことはドラムやんな?」
 日菜ちゃんに問われ、「はい」と美月ちゃんは首肯。
「噂には聞いてたけど、細い娘やね。もうちょっとゴツい娘を想像してたわ」
「外見は細いけど、力強いドラミングをしてくれるんだよ」
「そうなんや。一回、聴いてみたいな」
「そういえば彩音ちゃん、私を探してたみたいだったけど、どうかしたの?」
 私が逸れた話題の軌道を修正すると、「あっ!」と彩音ちゃんは何かを思い出したように口を大きく開く。
「そうですよ! 重大なことを忘れていました! 体育館の使用許可が下りたんです!」
「そうなんだ。それは良かった…ってなにぃ!」
「何やら急遽、空手同好会の演舞が中止になったみたいで。それだったら、穴埋めに使ってもいいって、会長さんが」
「それって何時!」私は彩音ちゃんの肩を掴んで問う。
「あ、あと…三十分ぐらいです」
「もうちょっとじゃん!」でも、これは思わぬ僥倖。諦めかけていた文化祭のステージに立てるんだ。
「彩音ちゃんと美月ちゃん、私に付いてきて!」
「あっ、きぃちゃん!」
「日菜ちゃん、体育館で待ってて。後でスッゴいライブを見せてあげるから!」
 私はそれだけを伝え、部員を連れて駆け出した。

「おい菊菜、本当にこの格好じゃないといけないのか…?」
 開演まで後五分に迫った体育館の舞台袖、冬華が不満の声を漏らす。
「この格好でしないとインパクトに欠けるじゃん。私達はもっと有名になるべき存在なんだから」
「それにしたって、やっぱりこれは恥ずかしいです…」
「私も着用できるのは光栄ですが、少し恥ずかしいです…」
 彩音ちゃん、美月ちゃんが恥ずかしそうに身をよじる。
 皆が恥ずかしがっている理由――それは、纏った服が特殊だったからだ。
 私の仕事着にして正装である着物、そして白塗りの厚化粧に結った髪。つまり、全員が舞妓の姿をしていたのだ。冬華以外の二人は、私が急いで化粧と着付けをしてあげた。急いで仕上げたので多少荒い部分もあるが、そこは目を瞑ってもらいたい。
 着物についてはレンタル屋さんから借りた物がちょうど余っていたので、それを貸してあげたのだ。
「でも皆、ホントに似合ってるよ。なんなら、このまま舞妓になってみる?」
 緊張をほぐしてあげようと、冗談めかしてスカウトしてみる。
 実は以前から舞妓姿でのライブをやってみようと密かに画策していたのだ。インパクトもあるし、何より話題になること必至。
 私は舞台袖から観客席を一瞥。…人が多い。去年はそれほど盛り上がってなかったように記憶しているけど、今年はそれを凌駕する数。
 『それに私、考えたの。これからの時代、舞妓っていう職業のお堅いイメージを払拭するのも大事だって。ここ何十年、舞妓をやりたいっていう若者って減少傾向にあるじゃん。何か対策を考えないと、日本の歴史ある職業が廃れちゃう』
 私はお姉ちゃんとの会話を思い出していた。舞妓姿で演奏することによって、舞妓という職業の高尚で敷居の高いイメージを払拭できるのかは正直わからないけど、何をしないよりもマシ…なはず。いや、絶対。
 ――私は決して間違っていない。
『さて、次は空手同好会の演舞を予定しておりましたが、主将の体調が優れないということで、急遽、プログラムを一部変更させて頂きます。ご了承ください』アナウンスがスピーカーから発せられる。『では、バンド同好会の皆さまによるバンド演奏です。それでは、どうぞ』
 私達は揃って舞台に登場する。私以外のメンバーの足取りは、明瞭に緩慢だった。
 私達の格好を見るや否や、ざわざわと騒がしかった会場がシンっと静まり返る。まぁ、バンド同好会と紹介されて、舞妓さんが出てきたら戸惑うのもわかるけどね。
 私はマイク前に立つと、理由を話し始める。
「えっと…急に舞妓が出てきて、困惑されてる方も多いと思とります。せやけど、しょうもない理由でこんな格好をしとるんじゃないんどす」
 客席を見渡して、お客さんの反応を窺う。まだ困惑は継続しているみたい。
「…っ!」 
 突如、なんとも形容し難い鋭利な視線を感じて、私はキョロキョロと辺りを見渡し発生源を探る。客席の後部、そこに――お母さんがいた。隣にはお姉ちゃんまでもが一緒だ。思わず声が出そうになったが、なんとか堪える。
 二人には、お店には招待していたけど、ここに来るなんて想定外。お母さんの鋭い眼光が、私を射竦める。ちょっとした小動物ならその眼光だけで殺せるような威圧感を伴っていた。
 だけど好都合。お母さんを見返すまたとないチャンスだ。私の決心が無駄じゃないということを、ここで知らしめてやる!
「実はウチ、ホンマもんの舞妓なんどす。舞妓、と聞いて堅苦しいイメージを持っとる方もぎょうさんおるんちゃいますか? せやけど、実際はそんなこともないんどす――」
 私は思いつく限り舞妓というものがどれだけ親しみ易い職業なのかを、懇々と説いていった。一応、バンドを結成した経緯やら、私達が舞妓の格好をしている理由も。
「菊菜先輩、早く演奏しないと、時間が限られてますよ」
 彩音ちゃんに注意され、私はそもそもの目的を思い出す。
「あっ、そうだった。それより、普通に話してもいいですか? やっぱりこの喋り方って疲れるんですよね」
 はははっ、客席から朗らかな笑いが起こる。
「それでは聴いてください!」
 美月ちゃんのカウントで私達の演奏は始まった。
 
 私の気持ちが皆にどれだけ伝わったかはわかない。だけど、少しでも舞妓に対するイメージを塗り替えられたのであれば、私は満足だ。
 この先、私は舞妓と並行してバンド活動を続けていきたいと思う。私のワガママや自己中な言動で周りに迷惑を掛けてしまい、衝突することもあるだろう。いや、確実にある。でも、私は迷わずくじけず突き進んでいきたいと思う。