「前いたところはね、今までの中で一番長く住んでいた場所で、5年住んでいたんだ。
だから一人暮らしも正直考えたんだけど、結局父さんの転勤先のひとつで、地元ってわけでもないから親戚もいない土地だったし、何かあったら頼れる人がいなくて。
俺の家族は父さんひとりだから、ついて行くしかなかった」
「そっか。これから大学受験とかもあるもんな」
コーヒーの入ったマグカップを持ち上げた瞬の左手の薬指に、シルバーの指輪がはまっているのが目に入った。
「それ、ペアリングっていうやつ?
瞬は前の学校に彼女がいるの?」
「……そうだよ、恋人がいる。
高1から付き合ってて、高1も高2も同じクラスだったんだけど、いきなり遠距離恋愛になっちゃった」
「落差がえぐいな」
「だいぶ泣かれたけど、毎日ビデオ通話してるよ」
「付き合うって大変だな。
オレは人を好きになったことがないから分かんないけど」
「へえ、今まで一度もないの?」
「ないね」
「俺は恋愛体質というか、すぐに恋しちゃうから」
「恋多き男なんだ?」
「からかうのやめて」
お互いのことを話したり、学校のことを話したりしているうちに、いつの間にか母ちゃんもユカリも家に帰ってきていたことに気づかなかった。
「ワタル、夕飯できたよー!」
母ちゃんがノックせずに部屋に入ってきて、そんな時間になっていたのかとようやく時計を見る。
午後7時30分を過ぎていた。
「こんにちは。
ワタルくんにお世話になっています。
今日からワタルくんと同じ学校に転校してきた、丸崎瞬です」
瞬がわざわざ立ち上がって母ちゃんに挨拶する。
「あら、こんにちは。
ワタルにこんな礼儀正しい友達ができたなんて。
よかったら丸崎くんも夕飯食べて行かない?」
オレの意向は完全に無視して話が進められる。
「ありがとうございます。
僕の家は父子家庭で、いつ帰ってくるか分からない父の分もこれから僕が作る予定でしたので、よろしかったらご一緒させていただけるとありがたいです」
「まあ、そうだったの! 大変ねえ。
もちろんどうぞ!
お父さんの分のおかずも持って帰っちゃっていいから!」
母ちゃんはなぜか上機嫌で階下に降りて行った。
「お前、苦労人だな……」
これまでの瞬の生き様を垣間見た気がして、なぜかオレの胸が痛かった。
今日のメインおかずは麻婆豆腐だった。
食卓で初めて顔を合わせるユカリと母ちゃんから、瞬は質問の猛攻撃をくらっていた。
「瞬くんって、韓流アイドルみたいでかっこいいね!」
「よく言われますけど、全然違いますよ」
「そんなことないよねー、お兄ちゃんだってそう思うでしょ?」
「はいはい、そうですね。
兄はかっこよくなくてすいませんね。
てか、こいつ彼女いるから狙ってもダメだぞ」
「確かに指輪してる!
彼女いるの?」
「うん、恋人がいるよ」
「……そっかー。それは残念」
ユカリはそれ以降、瞬の彼女については質問しなかった。
そうだろうそうだろう、イケメンの彼女の話なんて、お前が聞いても無駄だもんな。
食事中に父ちゃんが帰宅してくる。
「ワタルー!
ただいまー!」
瞬という客がいるのに構わず後ろから抱きつかれる。
酒を飲んでない状態でこれをやるのだから、どうかしている。
オレ、もう高校2年生だぞ!?
「だーから、毎回帰ってきて抱きつくのやめてってば!」
「あれ、そちらの見慣れない子は?」
「はじめまして。丸崎瞬といいます。
今日からワタルくんと同じ高校に転校してきました」
「ワタルの友達か!
うちのワタルをよろしくな!
ビビリで口が悪いけど!」
オレは持っていたお茶碗と箸を置いて、代わりに父ちゃんの腕を剥がしながらわめいた。
「もうっ、父ちゃんは早く着替えてきて!!」
瞬が隣のマンションに住んでいることを知ると、父ちゃんと母ちゃんがこれから毎日でも来ていいからね!と誘い、瞬も応じたので、オレはほぼ毎日瞬と夕飯を食べることになったのだった。
だから一人暮らしも正直考えたんだけど、結局父さんの転勤先のひとつで、地元ってわけでもないから親戚もいない土地だったし、何かあったら頼れる人がいなくて。
俺の家族は父さんひとりだから、ついて行くしかなかった」
「そっか。これから大学受験とかもあるもんな」
コーヒーの入ったマグカップを持ち上げた瞬の左手の薬指に、シルバーの指輪がはまっているのが目に入った。
「それ、ペアリングっていうやつ?
瞬は前の学校に彼女がいるの?」
「……そうだよ、恋人がいる。
高1から付き合ってて、高1も高2も同じクラスだったんだけど、いきなり遠距離恋愛になっちゃった」
「落差がえぐいな」
「だいぶ泣かれたけど、毎日ビデオ通話してるよ」
「付き合うって大変だな。
オレは人を好きになったことがないから分かんないけど」
「へえ、今まで一度もないの?」
「ないね」
「俺は恋愛体質というか、すぐに恋しちゃうから」
「恋多き男なんだ?」
「からかうのやめて」
お互いのことを話したり、学校のことを話したりしているうちに、いつの間にか母ちゃんもユカリも家に帰ってきていたことに気づかなかった。
「ワタル、夕飯できたよー!」
母ちゃんがノックせずに部屋に入ってきて、そんな時間になっていたのかとようやく時計を見る。
午後7時30分を過ぎていた。
「こんにちは。
ワタルくんにお世話になっています。
今日からワタルくんと同じ学校に転校してきた、丸崎瞬です」
瞬がわざわざ立ち上がって母ちゃんに挨拶する。
「あら、こんにちは。
ワタルにこんな礼儀正しい友達ができたなんて。
よかったら丸崎くんも夕飯食べて行かない?」
オレの意向は完全に無視して話が進められる。
「ありがとうございます。
僕の家は父子家庭で、いつ帰ってくるか分からない父の分もこれから僕が作る予定でしたので、よろしかったらご一緒させていただけるとありがたいです」
「まあ、そうだったの! 大変ねえ。
もちろんどうぞ!
お父さんの分のおかずも持って帰っちゃっていいから!」
母ちゃんはなぜか上機嫌で階下に降りて行った。
「お前、苦労人だな……」
これまでの瞬の生き様を垣間見た気がして、なぜかオレの胸が痛かった。
今日のメインおかずは麻婆豆腐だった。
食卓で初めて顔を合わせるユカリと母ちゃんから、瞬は質問の猛攻撃をくらっていた。
「瞬くんって、韓流アイドルみたいでかっこいいね!」
「よく言われますけど、全然違いますよ」
「そんなことないよねー、お兄ちゃんだってそう思うでしょ?」
「はいはい、そうですね。
兄はかっこよくなくてすいませんね。
てか、こいつ彼女いるから狙ってもダメだぞ」
「確かに指輪してる!
彼女いるの?」
「うん、恋人がいるよ」
「……そっかー。それは残念」
ユカリはそれ以降、瞬の彼女については質問しなかった。
そうだろうそうだろう、イケメンの彼女の話なんて、お前が聞いても無駄だもんな。
食事中に父ちゃんが帰宅してくる。
「ワタルー!
ただいまー!」
瞬という客がいるのに構わず後ろから抱きつかれる。
酒を飲んでない状態でこれをやるのだから、どうかしている。
オレ、もう高校2年生だぞ!?
「だーから、毎回帰ってきて抱きつくのやめてってば!」
「あれ、そちらの見慣れない子は?」
「はじめまして。丸崎瞬といいます。
今日からワタルくんと同じ高校に転校してきました」
「ワタルの友達か!
うちのワタルをよろしくな!
ビビリで口が悪いけど!」
オレは持っていたお茶碗と箸を置いて、代わりに父ちゃんの腕を剥がしながらわめいた。
「もうっ、父ちゃんは早く着替えてきて!!」
瞬が隣のマンションに住んでいることを知ると、父ちゃんと母ちゃんがこれから毎日でも来ていいからね!と誘い、瞬も応じたので、オレはほぼ毎日瞬と夕飯を食べることになったのだった。