バレンタインデーの次の日は土曜日だった。
 告白の返事をするために、瞬の家を朝からたずねた。
 ホワイトデーに返事をした方がいいのか迷ったけど、昨日から瞬への気持ちがあふれて止まらないから、きっとそれまで待てずにぽろっとどこかで好きだと言ってしまいそうだった。
 だったら少しでも早く瞬に伝えたかったし、昨日の今日なのに会いたくてたまらなくなっていた。
「今ちょっといい?」
「父さんもいないし、いいよ」
 一階のオートロックが解錠される。
 自動扉がひとりでに開く様子は、今のオレには瞬の心が開かれていくように感じていた。

「おはよう……」
 戸惑ったような瞬が玄関から顔を出した。
「おはよう!」
 そんな瞬とは対照的に、自信を持ってあいさつする。
 瞬の部屋に通された。

 正月に入ったときはまっすぐリビングに向かったので、部屋には初めて入ったことになる。
 ベッド脇に、大きな柴犬のぬいぐるみと細長い三日月みたいな形をした抱き枕が置かれていた。
 瞬がコーヒーを入れて持ってきてくれる。

「ねえ、あのぬいぐるみと抱き枕って……」
「そうだよ、去年まで使ってたやつ。
 今年のお正月以降は、なぜかそれを使わなくても寝られるようになったんだ」
 何かを思い出したかのように、満ち足りた顔で瞬がそう言った。
「えっ、じゃあこの一か月オレんちに泊まってたのって何だったの?」
 瞬の寂しさを埋めるために毎週末泊まりに来ていると信じて疑わなかったのに。
「んー? 俺がワタルに触れたかっただけ」
 にこにこしながらとんでもないことを言い出すので、どぎまぎしてしまう。

 オレは、目の前に置かれたコーヒーには手をつけず、一息に言った。
「昨日はチョコありがとう。
 瞬のこと、とっくに好きになってた。
 なので、オレと付き合ってください!」

 瞬の目をまっすぐ見る。
 なぜか瞬は呆然としていた。

「ワタルの初めて付き合う人間が、本当に俺でいいのかな?」
 不安そうな瞳だった。

「違うよ。
 初めてだから、最初は瞬がいいんだ」

 隣にいた瞬にぎゅっと抱きしめられる。
 はらはらと涙をこぼしている。
「ありがとう、ワタル。
 俺でよかったら、これからもよろしくお願いします」
「うん、よろしく!」
 オレは元気よく抱きしめ返した。

「でも、急になんで?
 昨日はすごく困ってたように見えたから。
 だから俺、どんなに長くかかっても待つつもりだったのに」
 態度の急変が気になるらしい。
「ユカリにさ、どやされた。
 躊躇なくこっちの気持ちを掘り下げられて、それで気づかされたんだ。
 ありがたいことではあるんだけど、妹ってマジで容赦ないわ」
 瞬が吹き出す。
「そっか、ユカリちゃんに感謝かな」
「瞬から感謝されたら、アイツ泣いて喜ぶから、そうしてやって」
 身体を離して、瞬が流した涙の跡を両手でぬぐってあげていると、ふと見つめあう形になる。

「ワタル、キスしてもいい?」
「うん」

 ゆっくり目を伏せた瞬の顔が近づいてきたので、オレも目を閉じる。
 唇に乾いた柔らかい感触が当たる。
 それが離れる気配がしたので目を開けようとすると、
「まだ目を開けたらダメだよ。
 終わってないから」
 唇のところで瞬がささやく。
「ん?」
 それってどういうことだ……と思っていたら、ペロリと下唇を舐められた。
「うわっ」
 思わず小さく叫んだら、
「んんっ……!」
 瞬の唇に覆い被せられ、口の中に瞬の舌が滑り込んだ。
 いつの間にか頭の後ろを瞬の手で押さえられている。
 オレの舌に瞬の舌が深く絡む。

 あ……ぬるぬる柔らかくてあったかくて気持ちいい……。
 頭がぼーっとして、思考のすべてが奪われていく。

 身体から力が抜けそうになり、瞬の服にしがみついていた。

 気づかないうちに潤って柔らかくなった瞬の唇に自分の唇を吸われたり、舌で歯茎をじっくりなぞられたりして、背筋がぞくぞくする。

 もっと。
「んぁ……もっと、もっとして……」
 吐息交じりの、自分のものとは思えない、思いたくない声が口から自然にこぼれ出る。

「それがワタルのお願いかな?
 いいよ、気の済むまでいっぱいしてあげるね。
 こっちにおいで?」
 唇を離した瞬が耳元でそうささやいて、言うとおりにふらふらとベッドに移動すると、優しく押し倒された。

「ワタルが俺の髪の毛触るとき、すごいドキドキしてたけど、何食わぬ顔で必死に耐えてたんだよ?
 俺が触ったら我慢できなくなりそうで……」
「ごめん、瞬の髪ってサラサラで気持ちよかったから、つい」
「今後は我慢しないからね」
 片手で前髪を触られ、ゆっくりとかきあげられるだけで気持ちよくなってしまう。
 頬が上気しているのが自分でも分かる。

「ワタル、大好きだよ……」
 熱に浮かされた瞬の瞳を下から見上げる。
「うん、オレも……」
 胸がしめつけられるような、すべてを瞬に捧げてしまいたい気持ちが身体中に広がって、どうにかなりそうだった。

 恋を知ってしまったオレは、うさぎだと思っていたオオカミに抱きしめられ、食べられる。

 でもそれは、オレ自身がまさに望んだことで。
 これからされることに期待を隠せない心臓がどくんどくんと脈打つのを全身で感じながら、再び目を閉じて唇が下りてくるのを待った。