約束どおり、放課後に学校を全部案内する。
 それぞれの教科の教務室、移動教室先、複数ルートのある体育館への行き方、食堂(のおばちゃんへの顔通し)、1年生と3年生のクラスの場所。
 案内して歩きながら、とりとめない話をする。
「瞬は何か部活に入んの?」
「いや、高2の秋だからね。さすがに」
「前の学校では入ってた?」
「入ってないね。ワタルは?」
「オレも高校では入ってないや」
 この口が災いして、中学のときに入っていた陸上部では苦労した。
 校舎の外で部活動をする生徒たちを横目に見て、そっと視線を戻す。

 案内が終わると、そのまま帰るというので、家の場所をたずねる。
「徒歩圏内だよ。10分くらいかな」
「オレもだ。住所どこらへん?」
 住所を聞くと、オレの家の隣だった。
「もしかして、あのマンション?
 小学校の正門近くの」
「よく分かるね。もしかしてワタルの家も近い?」
「近いも何も、オレんちその隣」
「どっちの隣だろ?」
「白い立方体の家分かる? あれがオレんち」

「!!!
 あのお家の子なんだ!
 引っ越してきてからずっと気になってたんだ、あのお家」

 急に瞬の顔がぱあっと明るくなる。

 そう。
 オレの家は、白くて立方体の形をしていて、とても目立つ。
 周りの景観からも明らかに浮いている。
 なんで父ちゃんがあんな家を建てたのか理解できない。
「真四角なだけに死角が少ないだろ?
 防犯対策だよ」
 なんて言ってたけど、かなり疑わしい。
 オヤジギャグはスルーした。

「そんなに気になってたなら、瞬がよければ今日これから家に来る?」
「いいの? 行きたい」

 妹のユカリが先に帰ってませんようにと祈りながら、瞬と一緒に学校を出た。


 オレの家は一階が車庫になっていて、二階と三階が居住スペースになっている。
「どうぞ」
 車庫の奥にある引き戸の玄関ドアを開けると、瞬の目が輝いた。
「ここが玄関なんだね!」
「まあ外からは分かりにくいよな」
「ワタルのお父さんの言うとおり、防犯対策になっていると思う!」
 そうだろうか。

 女子高に通っている高1のユカリは帰っていなかった。
 誰もいない二階を抜けて、三階のオレの部屋に瞬を通す。
 二階でコーヒーを入れて部屋に戻ると、窓にかかっているカーテンの隙間から、瞬が外の風景をもの珍しそうに眺めていた。
「なんか面白いもんでも見えたか?」
「俺、親の都合で転勤が多かったから、一軒家に住んだことなくて。
 だから一軒家の友達の家に行くと、つい窓からの景色を眺めたくなるんだ」
 寂しげな横顔だった。
 壊れそうだ、とふと思った。

 瞬のお父さんはお医者さんだけど、転勤が多いらしい。
 今回の転勤も、年齢的にはもうないだろうと聞かされていたのに、急に決まったものだったそうだ。
 義務教育の小中学校と違って高校での転校は転入試験を受ける必要があり、しかも前行っていた学校よりも偏差値を下げた学校を探さないといけなかったり、転入の受け入れが多い学校でないと入れなかったりすることもあるらしい。
 瞬自身も、これまで転校はよくあったけど、それは4月始まりだったようで、10月からの転校は初めてでかなり緊張していたと言っていた。
 そんな転校初日のファーストコンタクトがオレのあれだったとは。
「今朝は本当に申し訳ない」
 改めて謝罪する。
「気にしないで。俺が前を見てなかったのは間違いないから」
「いや、違うんだ。オレの問題」
 自分の癖である角の立つ言い方と本心はビビリであることについて、恥ずかしかったけど説明した。
 それは、瞬の置かれた状況に対して、オレの取った態度があまりにも面目なかったから。
「ワタルは自覚があって、気をつけようとしているから、それでいいと思うよ。
 これからは、ワタルの言葉の裏をちゃんと見抜くようにするね」
 瞬はどこまでもできた人間だった。
 もしかして、そう生きざるを得なかったのかもしれないけど。