クリスマスは、うちで瞬と一緒にパーティーをした。
母ちゃんは、オレの二学期の期末テストの点数が中間テストと同じレベルを維持できたのは瞬のおかげだと信じて疑わず、いつでも瞬を大歓迎している。
そしてそれはとても正しかった。
「今日も泊っていくだろ?」
もう冬休みに入っていた。
「うん、そうする」
へらっと瞬が微笑む。
瞬が泊まるときは、あれ以来オレのベッドに二人で寝ている。
抱き枕の代わりのハグは毎回していたけど、それは寝る前だけだった。
「今日はクリスマスだから、ワタルに抱きついたまま寝てみても、いい……?」
理由づけはよく分からんが。
「……っいい、ぜ」
「やっぱり嫌かな?」
言葉に詰まったオレの空気を読もうとする。
「違う違う!
されたことないから、単に緊張してるだけ」
「ふふ、うれしい。
ありがとう、いつも俺のお願い聞いてくれて。
俺もワタルのお願い、いつでも聞くからね」
いいえ、テストの点を引き上げてくれているだけで十分です。
それだけで母ちゃんの機嫌がいいのだから。
でも、人間、貪欲に生きたいので、いつかお願いは聞いてもらうつもりだ。
「オレ、壁向いて寝るのが癖だから、後ろから瞬に抱きついてもらったまま寝るのでもいいか?」
「うん、全然問題ないよ」
後ろから抱きしめられる。
普通に抱きついていたらオレの身体の下敷きになりそうな腕は、肩口からオレの身体の前に腕を回していて、器用なことをするもんだと感心する。
というより、慣れているのかもな。
「じゃあ、お願い事ができたら、そんときはよろしくな」
抱きついている瞬の両手の甲に、自分の手のひらをこれまた両手とも上から重ねた。
あ、手の甲は冷たいんだと思った瞬間、オレの後ろでもうひとつの身体がびくりと強ばる。
「瞬、どうした?」
首だけ後ろに向ける。
「ううん、ハグしているときに手を重ねられたことなかったから、びっくりして。
でもそうしてもらえると、あったかくて気持ちいい」
「よかった、オレも抱きついてもらってるからあったかいよ。
人の温もりっていいもんだな」
「そうだね。
ワタル、おやすみ。
いい匂いする……」
オレの首筋に顔をつけて、大きく息を吸い込みながら瞬が言う。
耳元で囁かれ、瞬の鼻先や唇が首筋に触れて、くすぐったさを感じるのと同時にどくどくと心臓が波打ち、ひとり緊張する。
手のひらにじわりと汗がにじみ、緊張が気づかれていないか内心ひやひやする。
「……っ!
おやすみっ」
落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け……と、羊を数えるかのように落ち着けという言葉を心の中で連呼し続けた。
人の気も知らずに、この日の瞬の寝つきは過去最速で、1分後には静かな寝息が聞こえていた。
瞬のお父さんは、仕事内容に夜勤が含まれているらしく、休みの日は不定期だったが、12月31日と1月1日だけは連続して休みが取れたらしい。
年越しは瞬もうちに来て一緒にする予定だったが、父ちゃんも母ちゃんも「瞬くんのお父さんも呼んで!」と言うもんだから、どうだろうと言いつつ誘ってみたところ、瞬のお父さんもうちに来てくれることになった。
瞬のお父さんは眼鏡をかけた見るからに温和そうなおじさんで、「いつもいつも瞬が夕飯をごちそうになっていてすみません」と言いながら、二人でお酒やらカニやらウニやらアワビやらA5ランクの牛肉やらの高級食材をたくさん持ってうちに来てくれた。
父ちゃんと母ちゃんは瞬のお父さんと一緒にお酒を飲めて大喜びだった。
そして、六人で年越しのカウントダウンをした後、瞬のお父さんがオレとユカリにお年玉をくれた。
なんと二万円入っていた!
一回のお年玉では過去最高金額!
ちなみに親と瞬には金額を言っていない(後で聞いたらユカリも全く同じ行動を取っていた。兄妹おそるべし)。
他人と話して笑っているお父さんを見て、瞬がすごく幸せそうな顔をしていた。
瞬はうちに泊まることになっていたので、夜中3時ころに一足早く瞬のお父さんだけ帰宅する。
さすがにそのころには眠くなり、二人でベッドに潜り込んだ。
いつものようにハグをしながら、瞬が安心したように言う。
「今日、久しぶりに父さんがニコニコしながら他人と話をしている姿が見れてうれしかった」
「そうか。よかったな」
ふわふわした黒髪を撫で、その繊細な触り心地に酔いしれる。
「なんでか分かんないけど、今日はあんまり寂しくないや」
その言葉を聞いてある種の確信を持ちつつ、お父さんを見ていた瞬の表情を思い出しながら、自分の思ったことを素直に伝えてみる。
「お前の寂しさって、親に自分の気持ちを伝えられていないところから来ている気がするんだよな」
「……そう、なのかな」
「うん、だからさ、寂しいってことだけでも伝えてみたらいいと思うんだけど、難しいか?」
少しの間、瞬が押し黙る。
「……父さんに負担かけちゃったり、心配させるのは気が引けて」
「でもさ、オレたちまだ子どもだよ?
親に負担かけたり心配かけたりはしてもよくね?
オレの父ちゃんと母ちゃんって、小さいときから事あるごとにオレとユカリに言うんだよ。
『親の立場からは、勝手にひとりで抱え込んであんたたちだけで苦しむのはやめてほしい』って。
『嫌なこととか苦しいことがあったら一緒に解決できるように考えるから、絶対に教えてね』って。
もちろん、ひとりだけでやれって言わないよ。
オレもそばにいて、フォローするからさ。
それとも、瞬のお父さんって、子どもの言うことを聞いてくれないタイプの大人?」
瞬が首を横に振る。
「ううん、それはない。
父さんは俺の話を聞いてくれると思う。
でも、そうかもしれない。
いつの間にか、父子家庭の生活をしていく中で、いつも忙しくて疲れている父さんに何かを伝えようとすることを諦めてしまっていたかもしれない」
オレはさらに、明日は必ず瞬のお父さんが休みなんだから、明日言うべきだと強く勧めた。
瞬がうなずいたので、全力でフォローすることを決意する。
その日はそんな話をして二人とも気が高ぶっていたせいか、クリスマスのときのように後ろからではなく、前からハグをしたまま寝てしまっていたけど、もうどこからハグされようがどんな形でハグしたまま寝ようがまったく気にならなくなっている自分がいた。
瞬とゼロ距離でいられることが心地よくて。
瞬に触れていることで、特別な何かを自分だけに許されているような気がして。
身体中がじわじわむずむずしてきて、それは不快なものではなく、こそばゆさに近かった。
次の日、六人で初詣に行くことになっていたが、瞬はうちでオレたち家族と朝ご飯を食べた後、着替えるために一旦自宅に戻り、その後親子二人でこっちの家に来ることになっていた。
オレは瞬たちを迎えに行くというていを取って、隣のマンションをたずねる。
瞬が緊張した面持ちでドアを開けてくれ、初めて瞬の家に入る。
リビングに進むと、瞬のお父さんがテレビの前で新聞を読んでいた。
「あの、おじさん!
瞬からちょっと伝えたいことがあるんですけど、時間いいですか!」
隣でギョッとした顔をして瞬が慌てたけど、こういうときはストレートにやる方がうまくいくし楽なんだよな。
空気を読まずに切り込むのが、他人であるオレの役割だった。
「なんだろう。
瞬、話してごらん?」
新聞を丁寧に畳んだお父さんの方に向けて、瞬の背中を両手でぐいっと押し出した。
修学旅行のとき、オレが助けてもらったみたいに。
観念した瞬がぽつりぽつりと話し始める。
「父さん、俺、これまで母さんと父さんが離婚した後、ずっとひとりで……寂しかった」
涙声を震わせて続ける。
「母さんは気が強いし、一緒にいたときも甘えられなくて……ずっと言えなかった。
今はワタルとワタルの家族に救われているんだ。
俺は……もっと父さんとも、一緒に過ごす時間がほしい」
瞬のお父さんが固まる。
そして……涙を流し始めた。
「すまない。すまない、瞬。
いつもお前ばかりに我慢させて迷惑をかけていた。
私が不甲斐ないばっかりに……。
父親失格だな」
「父さんは悪くない、悪くないから……」
二人が泣いているので、オレももらい泣きしてしまう。
「ワタルくんも、いつも瞬に寄り添ってくれてありがとう」
「いえ、オレは何も」
「ワタルには、そばにいてもらえるだけで助かってるんだ」
「瞬……」
涙を拭きながら瞬を見る。
瞬のお父さんが言葉を紡いだ。
「そうだね。
私も、もう少し仕事の量を減らして、瞬と一緒の時間が取れるように病院に掛け合ってみることにするよ。
患者の病気を治す前に、まずは医者自身とその家族も心から健康にならないといけないね。
病院と折り合いがつかないなら、そろそろ今の病院も潮時かな。
別の職場を探すのもいいかもしれない。
もっと早くそうしておけばよかったね」
寂しそうな顔が、瞬にとてもよく似ていた。
この人も壊れそうだと思った。
でも、ダメだよ。
二人にはオレがいる。
決して壊れないように守るから。
「おじさん、大事なのは過去じゃなくて、今とこれからの未来だろ!
過去を振り返ることはできても絶対に戻れないんだからさ!
だから、後悔することを止めはしないけど、後悔に囚われたらダメだよ。
あのときはそうすることがベストだったって、信じて前に進んでいくしかないんだよ」
瞬のお父さんの目を見る。
深くうなずいてくれた。
「ワタルくんの言うとおりだね。
きっとこの過去があったからこそ、瞬も私もワタルくんたちに出会えたんだな」
「そうそう、その調子でいいんだよ!
……あ、オレ、だいぶ偉そう?」
様子をうかがうように瞬に顔を向けたけど、
「大丈夫だよ、ワタル」
力強くうなずいてくれた。
誰からともなく三人で笑った。
「さあ、みんなで顔を洗って、鹿口家に行こうか」
六人で神社に向かう途中、瞬の顔が今まで見たこともないくらいキラキラ輝いていて、ただただまぶしくて、オレは元旦からとってもいいものを見た気がして、とにかく最高な気分だった。
瞬のお父さんは、元旦の話し合いの後に病院と交渉した結果、休みが増えたらしく、オレが瞬と一緒に夕飯を食べる日は正月休み明けから徐々に減っていったけど、お父さんと過ごせる時間を着実に積み重ねていく瞬は、もう壊れそうには見えなかった。
時間は少し遡るが、瞬は元旦以降、毎週末オレの家に泊まりに来るようになった。
オレじゃなくて母ちゃんと交渉したらしく、二つ返事でOKをもらったらしい。
「というわけで、今日から毎週金曜日はワタルの家に泊まるね」
「お前の交渉力、すげえわ。
今日ってまだ三が日だぞ……。
いや、いいけどさ」
寝るとき、いつものようにハグをしようとすると、瞬から提案を受けた。
「今日はワタルが俺のことを後ろからハグしたまま寝てみるのはどう?」
「瞬はそれでいいの? 寝れる?」
オレが抱き枕代わりを抱いても意味ないような。
寝れないのは瞬なのに。
「分かんないから、やってみよ」
クリスマスのことを思い出し、仕返しとばかりに同じことを瞬に対してやってみることにする。
後ろからハグしながら、自分の顔を瞬の首筋につけて、大きく息を吸い込む。
オレんちのボディソープを使ってオレの寝間着を着ているのに、全然違う匂いがする。
「んー、いい匂い……」
ぎくりと瞬の身体が固まり、
「……ワタルどうしたの?」
困惑したようにつぶやく。
「これ、クリスマスにハグしたまま寝たときに、お前がオレにしたことだよ」
「俺そんなことした?」
「したわ! そんで1分後に爆睡だったわ」
「覚えてないな……」
「あーやば、これ確かにすげー眠くなるわ……」
あったかいし、いい匂いだし、最高じゃん。
ふわりと意識が飛び、そして……。
気づいたら朝だった。
すっきりした気持ちで目覚める。
「瞬、聞いて!
めちゃくちゃ深く眠れた!
オレ、すげー寝起きがいい!」
興奮しながら話しかける。
「俺は最悪だよ。全然眠れなかった……」
瞬はげっそりした顔でそう言った。
「ごめんな、瞬のためのハグなのに……」
「しかもトイレに行った後戻ってきたら、ワタルに俺の指を舐められたりかじられたりしたよ。
もぐもぐして『おいしい!』って言ってた」
「夢の中でアイスとかおいしいお肉を食べた記憶あるわ……。
ほんとごめん」
謝ったものの、なぜオレの口元に瞬の指があったのかについては分からなかったけど、単に寝るときの手の位置の問題かなと深く考えることはしなかった。
次の週末も、予告どおり瞬は泊まりに来た。
「ワタルの中で、一番仲がいい友達ってだれ?」
寝る前のハグをしながら質問される。
「そんなの、瞬に決まってるだろ?」
「うん、なんとなくそうかなって思ってた」
「分かってんなら聞くなよ」
「一応ワタルに自由に答えてもらわないとさ、オレが誘導しちゃったら意味ないじゃん」
「瞬だったら誘導とか生ぬるいことせずに、『俺のこと一番にしてー!』ってストレートに言ってくるかと思ったわ」
そう言ってくるところを想像してつい笑ってしまう。
「……ほんとに?」
「ほんとほんと」
「じゃあ、……ね、俺のこと一番にして?」
瞬が唇をオレの耳に寄せてささやく。
想像とはまったく違う言い方で、なんでか違う意味にも聞こえてきて、訳が分からないまま心臓が飛び跳ねる。
なに、これ……。
「……っ、もう、一番だから!
今日はこれでハグ終わり!
おやすみ!」
急いで身体を離してくるりと反対方向に寝返りを打った。
顔に熱が集まっていることを気づかれていませんようにと祈りつつ、目をぎゅっとつぶって眠ったふりをした。
その次の週に瞬が泊まりに来たとき、前回聞きそびれたことを聞いてみる。
「瞬の方こそ一番仲がいい友達ってだれだよ?」
これでオレ以外の名前が出てきたら、ハグすんのやめてやると思いながら。
「もちろんワタルだよ?」
「あーよかった!
何となく答えが分かってても緊張するな、これ」
「先週の俺の気持ち、分かってくれた?」
「うん、理解した」
こくこくとうなずく。
「そしたら俺たち、一番仲いい友達同士ってことだよね」
「そうなるね」
「親友って思っててもいい?」
「いいよ、オレも親友って思っとく」
「やった。ワタルはこれまでに親友っていた?」
「いなかったなー」
「俺が初めて?」
「初めてだよ」
「俺、ワタルの初めてをもらえて、うれしい」
抱きしめる腕に力を込めながら言うから、変な意味に聞こえてしまう。
瞬はきっと邪心なく言っているだけなのに。
「そ、そう?」
「うん、ワタルの初めて、もっとほしいな」
だから耳元で言うなよ……。
「……っ、そんなの他にもいっぱいあると思うぞ」
「じゃあ他の全部、ほしい」
「それはそんときになってからな!」
「他の人に取られないように、ちゃんと俺のために取っといてくれる?」
瞬の唇が耳たぶに触れている距離でそんなことを言われても。
「取っとく! 瞬のために取っとくから!」
「よかった」
「もう寝る! ほら、ハグ終わり!」
本当に言葉どおりの話のことだったのか、そもそもいったい何の話だったのか、邪な気持ちが自分の中に入り混じっていて、きちんと理解できたか自信がない。
1月も下旬になっていた。
年明けよりも、この時期の方が余計寒さを感じる。
言わずもがな、ベッドの中も。
「さむっ、つめたっ」
ベッドの冷たいシーツの中に潜りながら、暖をとるようにお互いハグする。
「ワタルってさ、俺以外の人とハグしたことある?」
「家族とか小さいときも含めてか?」
「含まないで」
「うーん、どうだったかなあ」
現在から過去に向かって記憶をたどる。
「そういえば……近所に住んでいた三歳下の子が引っ越すとき、その子とハグしたかも」
「男の子? 女の子?」
「女の子だよ。その子、何歳だったかなあ。
オレも小学生だったから、小2くらいの子だった気がする。
学童が一緒でさ、結構遊んであげてたんだよね」
「……へー。その子、ワタルのことが多分好きだったと思うよ」
「小2だよー? ないない」
「ワタルは恋する女の子のこと分かってないな」
「そう?」
恋多き男に言われると、何も言えない。
「これからは、俺以外の友達とハグしないでよ」
急に子どもっぽいことを言われて、吹き出してしまう。
「結構難しいリクエストしてくるなー。
卒業式とか色々あるじゃん。
そんときどうすんのさ」
「そしたら、今みたいに寝る前のハグをするのは俺だけにして」
「もともと寝る前にハグしてるのは瞬だけなのに」
「でも、約束がほしいの!」
「分かったよ。これからも瞬だけにする」
小さい子みたいに駄々をこねる瞬に、苦笑しながら約束した。
「よしよし、じゃあ寝ような? 瞬くん」
「子ども扱いしないでよ」
「してないよー。ほら、おやすみ」
「……おやすみ」
不満げな瞬が珍しくて可愛らしかった。
1月最後の金曜日、前の週に約束させられたことを思い出し、そういえばと問いただす。
「先週のハグの話、瞬はどうなの?
後でよくよく考えたら、オレだけ瞬に限定されてんのが納得いかねえ」
やっぱり対等な関係は大事でしょ。
親友なんだから、なおさらね。
「へえ、ワタルも気になるんだ」
「は? 何がだよ」
「俺が誰とハグするのか」
「気になるというか、瞬がオレに一方的な約束をさせるからだろ」
「ワタルも俺の約束、ほしい?」
話が思いもよらぬ方向に向かっている。
「……っ、ほしいというか、オレも約束したから瞬も約束してっていうだけだし……」
「やっぱり約束がほしいってことだよね?」
「ああもう、それでいいから!」
だんだんめんどくさくなっていたところに、最後の一撃を加えられる。
「じゃあ、俺に『ほしい』って言って?」
「なっ……!」
「ほら、はーやく」
いたずらっぽく笑う瞬を相手に、抵抗するのを諦めて深いため息をついた。
「これから、寝る前のハグは、……っオレだけって約束、してほしい……」
「うん、もちろんワタルだけだよ?」
少し身体を離して、オレの顔を間近で見ながら小首を傾げつつそう言うので、とっさに赤くなった顔を隠せなかった。
「お前……分かっててやってるだろ」
「なにが?」
とぼけるな。
「ハグ終わり! おやすみ!」
「はいはい、おやすみ、ワタルくん」
こいつ、絶対先週の子ども扱い返しをしてやがる。
くっそ。
なんだか毎週末、疲れている気がする。
気のせいじゃなく、瞬が泊まりに来ているせいだ。
「瞬が毎週泊まりに来るせいで、オレの疲れがとれねえ」
「えーっ、心外だな。
どうして俺のせいなの?
別の原因があるかもしれないのに」
「だって……」
瞬の泊まり以外は何も変わりないからに決まってんだろ!
と言ってやりたかったが、それとこれとは別で、泊まりに来ること自体が嫌なわけではないので黙るしかない。
「じゃあさ、今日はハグじゃなくて、手を繋ぐだけにしてみる?」
「どういうことだ?」
「寝る前のハグはしないけど、手を繋いだまま寝てみるって感じかな」
確かにハグよりはオレの肉体的・精神的負担が少ないかもしれない。
「そうしよう!」
期待を込めて瞬の提案に乗ったものの。
「なんか、寝づらい」
天井を仰ぎながらつぶやく。
「どうして?」
仰向けでいつも寝る瞬には分かんねえかもしれないが。
「オレ、横向きで寝たいけど、手を繋いだまま体勢を変えられない」
繋いでいる手をどうしたらいいか分からない。
「なんだ、そんなことか。
いいよ、ワタルが動きたいように動いて、手の位置も決めていいから」
「言ってる意味が分かんねえ」
「あ、こういう繋ぎ方のほうが動きやすいかもね」
瞬は、手のひらを重ねて繋いでいたのを、指と指を絡ませるような繋ぎ方に変えた。
「これだとほら、ワタルが横を向いても、繋いだ手をワタルの身体と一緒に動かしやすいでしょ?」
瞬がオレの身体をくるりと横向きにさせて、繋いでいた手もそのままオレの身体の前に持っていく。
でもこれだと、瞬は片方の腕だけ、肘を伸ばしきってオレの身体の上に乗せたままという妙な体勢になる。
「瞬はこの体勢でちゃんと寝れる?」
「うん、寝れるよ。
だって、ここでワタルとずっと繋がっていられるから」
絡ませた指をぎゅっと握って、顔をオレの顔に近づけてそっと耳打ちする。
ばっ……かやろ……。
以前話してくれた「毎日彼氏と身体を繋げていたから眠れていた」という話を急に思い出してしまう。
いや、繋がり方違うし!
頭の中で訂正しても、恥ずかしさが消えることはない。
とは言っても、手をほどきたいわけでもなくて。
「瞬がいいならこれで寝る。おやすみ」
「うん、おやすみ!」
なぜかうれしそうな瞬にくやしさを感じながら眠りについた。
瞬が泊まりに来るようになってから、目的の分からない謎に羞恥心を煽られる言動に、ただただ振り回されて週末の夜は過ぎていった。
世間はバレンタインを迎えていた。
今年もこれまでどおり縁遠いもので、いつも3倍返しのお返しを期待されている義理チョコを母ちゃんとユカリからもらうくらいだと思っていた。
「はい、これ、ワタルにあげる」
オレの部屋で、瞬は綺麗な紙袋に入った包みを差し出した。
「これなに?」
「バレンタインのチョコ」
「え、オレに?」
「うん、本命だよ」
紙袋を受け取りながら、瞬の言った言葉をすぐには理解できなかった。
「どういう意味だ?」
「ワタルのことが好きってこと」
ハッとして瞬を見上げた。
こわばった顔つきをしていた。
本気の本命だということが、オレでも分かる。
友達チョコとかの類ではなく。
「俺がこれまでしてきた恋愛は、親からもらえない愛情を埋めるための代わりだったって、ワタルのおかげでようやく気づいたよ。
父さんと和解できて、親から欲しかった愛情をちゃんと親自身からもらえるようになって、やっと親の愛情代わりじゃなく純粋に人を好きになることができたんだ。
それがワタルだよ」
「あ、オレ……」
多分、オレの瞳は揺らいでいたと思う。
「うん、大丈夫。
だから、ワタルが俺のことを好きになってくれるまで、気長に待つから」
「なんで?」
「だって、人を好きになったことがないって言ってたじゃん」
「そうだけど……」
「だからさ、まずはただ俺の気持ちだけを受け取ってよ」
「……わかった」
俺は受け取った紙袋を見つめた。
「今日の夜は、自分の家で夕飯食べるね。
それじゃあ」
そう言って瞬は帰っていった。
「あら、瞬くんは?」
「自分の家で食べるってさ」
「そうなのねー、残念だわ。
いつもどおり多めに作ったのに」
ユカリがそんなオレをじっと見つめていた。
「何?」
ユカリにはすべてお見通しな気がして、背を向けながらたずねる。
「何でもない」
夕飯後、部屋にこもって、まだ中身を取り出せてない紙袋をそのまま見つめていた。
「お兄ちゃん、ちょっと入るよ」
「うわっ、急だな。
ノックぐらいしろよ」
「瞬くんに告白されたんじゃない?」
「それはドアを閉めてから言え!」
部屋のドアを閉めたユカリにさらに詰められる。
「で、実際どうなの?」
「……告白された」
「それで?」
「オレが瞬のことを好きになるまで、気長に待つって」
「はあー! あっそう!」
すこぶる不機嫌そうな返事がユカリから返ってくる。
「怖えよ、だから何だよ。
だいたい、なんでユカリは瞬の恋愛対象が男だって知ってんの?」
「最初に言ってたじゃん、『恋人』って。
あえて彼女っていう言葉を言い直していたから、彼女じゃない恋人=彼氏かなって」
「やっぱり気づくやつは気づくもんなんだな」
当たり前のように話すユカリを、我が妹ながら賢いと思う。
「話を元に戻すけど、お兄ちゃんは瞬くんのことどう思ってんの?」
オレのベッドにどっかりと腰を下ろして、ユカリが問うてくる。
「好きって言われたことはめちゃくちゃうれしかった。
でも自分の気持ちは……友達としては間違いなく好きだけど、それ以上はよく分からねえ。
考えたこともなかったし」
「ふーん」
絶対納得してないだろうユカリは、髪の毛をくるくる指に巻きつけながら言った。
「だったら想像してみて。
もし、また瞬くんに彼氏ができたらどうする?」
どくん。
久々に心臓が跳ねた。
「……困るな」
「どう困るの?」
「……オレが瞬の一番近くにいられなくなる、から」
「他には?」
容赦なく質問が飛んでくる。
オレは懸命に答えようと頭をフル回転させる。
「……瞬が、他の誰かのことを想って苦しむ姿をもう見たくない」
「まだあるよね?」
「しつこいな!」
「全部言い切ってないのはそっちでしょ!」
まるでオレの中の答えを知っているかのように、ユカリがぐいぐい迫ってくる。
賢い妹の圧に怯みそうになるけど、拒絶だけはしてはいけないと直感的に感じ、さらに頭を悩ませて答えを振り絞る。
「ええと……あ、、、、、、!」
嘘だろ。
「何?」
「えーっとお……」
知らなかった。
いつから、こんなことを、オレは……。
「何もったいぶってんの、はよ」
「あーっと……瞬のことを誰にも渡したくない、取られたくない、です……」
「そうすると、つまり?」
畳みかけてくる。
「つまり……あの、オレは瞬のことが、れ、恋愛感情でも好きって、こと……?」
「そうなりますね。正解!」
「知ってたの!?」
「見てれば分かる。
何年あんたの妹やってると思ってんだ」
小馬鹿にしたような顔で見てくる。
「オレ自身が知らねえオレのことを、ユカリが知ってるっていう状況が理解できねえ」
「あのねえ、客観的な立場にいる他人の方が逆に分かるってこと、結構世の中には多いんだよ?
自分が無意識に何をしてるかなんて、分かりようがないじゃん」
「ええ!? オレ、何かしてた!?」
「してたしてた、いーっぱいしてた」
「教えろよ!」
「いっぱいありすぎて全部覚えてないし!」
そう言うと満足したのか、ユカリは部屋を出て行った。
ユカリには言わなかったが、実はあのとき自分の中に見つけた瞬への想いは、他にもまだあった。
それは、俺だけがハグしたり瞬に触れられる存在でいたい、他のやつには触らせたくない、瞬が他の誰かを想って笑う姿は絶対に見たくない、だ。
恥ずかしすぎてユカリには知られたくなかったから、あえて言わなかったけど。
自分の本心が内側からあれよあれよと湧いてきて、今までどこに隠れていたんだよ、と聞きたくなる。
気づかないうちに、相当瞬に惚れていたみたいだ。
好きという気持ちのグラデーションって、どこからが友情でどこからが恋愛感情なのか、今でも境目があんまりよく分かっていない。
ユカリに気持ちを整理してもらえたことで、実は密かに助かっていた。
瞬からもらった紙袋の中身を開けてみる。
箱の中で、正方形のチョコレートが綺麗に整頓されて並んでいた。
ひとつを取り出してかじる。
パリッとしたミルクチョコレートが砕けると、とろけるような口どけの生チョコが舌の上にサーッと広がった。
好きって気持ちは、甘いチョコレートみたいだ。
もっとたくさん欲しくなる。
自覚したら、自分の中から気持ちがあふれだして止まらない。