「今日は泊まれ。
 家に帰ったらまたひとりで泣くだろ?」
 強めに説得する。
「そうしようかな」
 それでいい。
「いい子だな」
 頭を撫でてやる。
「子ども扱いやめろって」
 瞬が無邪気に笑った。

「母ちゃん、今日瞬がうちに泊まるから」
「はーい、いいよ!」
 相変わらず母ちゃんは瞬に弱い。


 オレの部屋で寝ることになったはいいものの、布団でオレが寝ることにして、ベッドは瞬に譲ったのに、瞬がそれでは寝られないと頑なに拒むので、折衷案として、狭いけど二人ともベッドで寝ることになる。
「狭くない?」
 瞬に聞くけど、
「大丈夫」
 と返ってきたのでそれ以上は気にしないことにした。

「ハグする?」
 オレから聞いてやる。
「する」
「ほい」
 腕を広げて瞬が来るのを待つ。
 これまでのハグは瞬がオレを上から抱きしめていたので慣れないのか、おずおずと瞬が抱きついてきた。
「ワタル」
「なに」
「俺さ、ワタルの存在に救われてる」
「うん」
「俺、抱き枕がないと眠れないんだ。
 ときどきぬいぐるみも抱いて寝てるけど。
 17歳にもなって、って笑う?」
「笑わない。
 瞬にぬいぐるみ似合うし」
「何だよ、それ」
 おかしそうに笑う。
「修学旅行のときにワタルにハグしてもらったのは、抱き枕の代わりにお願いしたことだった」
「そりゃあ、修学旅行に抱き枕とぬいぐるみは持って行けないもんな」
 持ってきてたら色んな意味で事件になってる。
 いや、その前に荷物が大きくなりすぎてそっちでアウトか?

「眠れない理由があるんだろ?
 言わなくてもいいけど」
「……小さいときに親が離婚してるんだけど、俺の母さんってすげー気が強い人で。
 一緒に住んでいたときも甘えられなかった。
 離婚した後は、父さんも家にほとんどいないし。
 だからかな。
 俺、寂しがり屋なんだよね。
 うさぎみたいだよな」
「だからって何の問題もないじゃん」
「転校初日にワタルの家に初めて行ったとき、ワタルとワタルのお父さんの距離の近さが正直うらやましかった」
「そっか。そうだったか」
 瞬を抱きしめながら、またそっと頭を撫でてやった。
 何度も撫でては、その髪の毛のサラサラ具合をこっそり楽しんでしまうけど。

「今から言うことに引かないでくれる?」
 こっちに内容が分かんねえのにそう言ってくるってことは、引かれることを言う自覚があるんだろうな、と悟る。
「分かった」
 とにかく先を促す。

「引っ越すまではさ、当時の彼氏と……ほぼ毎日身体を繋げてた。
 性的な意味で。
 俺んち、人いないから。
 だから寂しくなかったんだけど」

「なるほどね」
 依存なのかもしれない、と思った。
 瞬がときどき壊れそうに見えたことがあったのは、壊れはじめているからかもしれない。

「引いた?」
 恐る恐る聞いてくる。
「引かねえって、さっき約束しただろ」
「よかった」
 瞬の身体から力が抜ける。

「まあ、いいきっかけにすれば?
 寂しさとどう向き合うかについての」
「そうだけど……どう向き合えばいいのか、全然分からない」
「それはこれからおいおい考えようぜ。
 オレも一緒に考えてやるから」
「頼りにしてる」
 安心した声色が聞こえて、オレも気持ちがほどけた。

「そろそろ寝な。おやすみ」
 そう言ってハグしていた腕を離し、瞬に背を向けた。
 大丈夫。
 壊れそうなうさぎのことは、オレが守ってやる。