11月の終わりだった。

 この日、一日中瞬の元気がなかった。
 それに目も明らかに腫れていた。
 夕飯を食べていても、ほとんど手をつけていない。
「あら瞬くん、今日は食欲ないの?
 それとも今日のメニューがお口に合わなかった?」
「いえ、食欲がなくて。
 すみません、せっかく作っていただいたのに。
 ワタルがご飯を食べ終わったら話したいことがあるので、ワタルの部屋で待ってもいいですか?」
「そうだったのね。
 もちろんいいわよ!
 じゃあおにぎり作るから、それ持って帰って。
 後できっとお腹すいちゃうだろうから」
「いつもありがとうございます」
 母ちゃんがオレの部屋で待つことを許可する。
 って、そこは許可権者オレだろうが。
 ただ、瞬の話したそうなことは何となく予想がついていた。

「お前、彼女と別れたんだろ」
 自分の部屋に戻って、ズバリと核心をついてやる。
「分かるよね……」
 力なく笑う。
 左薬指に指輪がなかったことも決め手だった。
「振られたんだろ?」
 沈んだ顔でうなずく。
「いつも誰が隣にいるんだろうって考えるのがつらいって。
 これまで毎日一緒にいたのに、会えないのが寂しすぎて耐えられないって。
 俺のことを信じきれなくなったって言われた」
「そっかー」
 あえて明るく返す。

「あのさ……ワタルにずっと隠してて言えなかったことがあるから、聞いてほしい」
「おう、わかった」
 神妙な顔をして瞬の言葉を待った。

「本当はさ、俺の恋人……男なんだ」

 瞬はぼろぼろ涙をこぼしながら、聞いただけで分かるくらいに声が震えていた。

 オレは目を見開いて
「そ、うなんだ」
 と言ったきり、思わず目をそらす。

 想像したこともなかった。
 てっきり彼女だと、相手は女の子だと思い込んでいた。
 でも。

「気持ち悪いと思った?」
「全く思わない!」

 大声で否定する。
 それだけは即答できた。
 むしろ……

 えっ、むしろ何?

 自分自身の思考が予想外の方向へ飛んで行ったことに驚きを隠せない。

 もっとも、それに続く言葉を今のオレは持ち合わせていなかったらしく、自分の中に湧いてきた言葉はそこまでだったので、結論が何だったのか分からないままだけど。

「修学旅行で彼氏とケンカした原因は、SNSに上げたワタルとのツーショットをさ、彼氏に誤解された。
 俺の顔つきが、他の男と一緒にいるときとワタルと一緒にいるときとで違うって言われて。
 だからあの日の夜にワタルと会ったとき、ワタルの近くにいるとさらに彼氏に誤解されるかもと思って変な態度取った。
 ごめんね」
「大丈夫、気にしてないから」
 あのときの裏事情を知らされ、瞬の当時の心境を考えると、あの態度は当然だと納得できたし、彼氏の勘違いした理由に、なぜか満更でもない気持ちになった。

「俺の何がいけなかったんだろう……」
 瞬がうなだれる。
「しょうがないよ。
 そういうこともあると思う。
 瞬だけの問題じゃないだろ?
 そうとしか捉えられなくなった彼氏の問題でもあるだろ?」
 オレは瞬の肩を抱いて、瞬の頭に自分の頭をくっつけて寄り添った。

「好きな気持ちだけじゃ、うまくいかないんだね……」
 笑いながら涙を流し続ける瞬が痛々しい。
「それが分かっただけでもすごいと思うぞ」
「……うん、新しい学びだった……」

「オレには分かんないけど、瞬は新しい自分に出会えたんだろ?
 だったらそれでいいじゃん。
 自分の幅が広がったってことなんだから。
 それにほら、原石に傷をつけて磨くから、あんなに宝石ってキラキラ光るんだろ?
 だから、今の瞬は、宝石になるためにめちゃくちゃ磨かれてるってことだろ?
 これからの瞬は宝石になるんだよ」

 どこかで読んだり見たことあるようなことを、一生懸命に思い出して伝える。
「うん、宝石になれるようにがんばる……」
「もうすでに磨かれてるんだから、何もしなくてもなれるんだよ。
 ただ瞬は待っていればいいよ」
 オレは優しく語りかけた。

「うん、待ってる……。
 ありがと、ありがとう、ワタル……」
 瞬が泣きながら抱きついてくる。
 オレも背中に手を回した。

「ひとつの旅が終わったな。
 お疲れさん、ゆっくり休めよ」
 瞬が嗚咽を漏らしていよいよ本格的に泣きはじめた。
 背中に回した手に力を込めて、オレは自分の方に瞬をさらに抱き寄せる。

 今この瞬間だけはオレの体温だけを感じていればいい。
 お前のことはオレが癒してやる。
 他のことは、今は考えなくていいから。