「この小さなたい焼き、中チーズだ」
俺は最後におまけのベビーカステラを食べる。すでに冷え切ってはいたが、中には塩気のあるチーズが入っており、もちもちの白くて甘い生地と相まって甘じょっぱい美味しさが心を温める。
「俺はチョコだ」
望月くんは小さく笑って、袋の中の小さなカステラを見つめている。少し声が弾んでいて、俺もつられて「チョコかあ、それもいいね」と笑い返した。
「うん、おいしい」
どうやら気に入ってくれたらしく、目を細めて幸せそうに何度も頷く。
その姿が、まだ短い付き合いとはいえ、どこか幼く、そして可愛いと思ってしまった。 さて、まだまだ最寄り駅まで時間がかかる。何か話題をと考え、本当に何気なく質問した。
「望月くんって、部活とか決めた?」
「え?」
俺が何気なく尋ねると、望月くんは一瞬瞳を見開いて、驚いたように視線をそらす。まるで予想外の質問に動揺してしまったようだった。
「えっ?」
予想外の反応に、俺も思わず同じように声を漏らしてしまう。
「気付いてると、思ってた」
本当に意外そうに言うから、俺はなんでそう思ったのかと首を傾げる。どういうことだろうか。今までの会話で何か聞き落としていただろうか。
「えーっと、えー……」
必死に思い出すが、何も思いつかない。どんどんと分からず、頭を唸りながらぐるぐる回すが、一つも浮かばない。頭を抱え始めた俺に、望月くんは「ごめん、自意識過剰だったかも」と申し訳なさそうに笑い、答えを教えてくれた。
「軽音部なんだ」
「軽音部……っ! ああ!」
俺はようやく思い出した。そういえば、望月くんのアイコンに小さなギターの写真があったし、昨日も黒いギターケースを背負っていた。だけれど、それが部活に結びつかなかったのは、単純な理由があった。
「軽音部、中等部は入れないから、すっかり忘れてた」
軽音部はこの学校で高等部のみの部活であり、中等部ではなじみが薄い。だからとっさに結びつかなかったのだ。
ちなみに中等部が駄目な理由は、知らない。
俺の言い訳に対して、望月くんも「説明で聞いた」と返した。
「説明って、仮入部行ってきた感じ? 部活の感じどうだった?」
どうにか今までの軽い失態を誤魔化すように、部活の雰囲気を質問してみた。実は三年間この学校に居たが、軽音部の催しを一回も見たことがなかった。
文化祭の後夜祭とかで演奏しているのは知っていたが、俺も含め友達全員、文化祭は最低限の滞在時間で帰宅していたからだ。
と言う興味本位で俺は軽く聞いてみたが、望月くんの表情が一瞬曇った。
「うん、でも……逃げちゃった」
「あっ」
彼のその言葉で、春の柔らかな空気が一瞬にして凍るような錯覚を覚える。
「……なんか、あったかんじ?」
俺は意識的に声を低く、優しく問いかける。これ以上、望月くんにダメージを与えないよう、俺なりに気を遣う。望月くんは一瞬、視線を空へ泳がせてから、軽く息を吐いた。
「女子の周りに皆集まってて……ちょっと、怖くて……」
「そ、そっかあ」
話を聞けば聞くほど、集団の中で身を縮める望月くんの姿が脳裏に浮かぶ。まるで臆病な猫のようだ。
「バンド、組めそう?」
「……わかんない。最悪、部活はソロでもいいし、それに……」
望月くんは言いかけた言葉を、何かを噛みしめるように飲み込んだ。
「それに?」
彼の沈黙が気になり、俺は同じ言葉を繰り返す。でも、望月くんは小さく唇を震わせるだけで、再び口を閉じた。
望月くんは繊細なのかも知れない。
「まあ、人生いろいろだよね」
俺はそれ以上の追求はやめて、優しく声をかけた。茜の日が差し込む望月くんの背中、陰で暗く染まる瞳は俺の目をじっと見た。
なんで、そんなに、不安そうなんだ。
「もし、話していいなと思ったら、いつでも聞くからさ」
しかし、踏み込むには、俺たちの仲は浅いと感じる。だから、優しく自分の未来に託すことにする。
望月くんは、またいつものように少し頰笑むと、大きく頷いた。
話していると、いつの間にか駅にまで到着していた俺たち。昨日に引き続き、「もう少し寄り道したい」と言う望月くんに、「まだ病み上がりでしょ」と言った。またも寂しそうに笑いながら、「そうだよね」というものだから、俺の心が良心の呵責という意味でざわついた。
そして、帰宅後の夜。
布団に転がって、寝る準備をしていた俺のスマートフォンが小さな音を立てた。望月くんからのメッセージ。
『一つだけお願いがあって、明日の放課後、時間ください』
画面に映るメッセージを見つめたまま、俺は小さく息を飲んだ。
お願いという言葉だけで、何が起きたのか、何を話したいのか、想像だけが膨らんでいく。俺はすぐに、「OK」と犬のスタンプを返した。
返事を送った後、望月くんからの次のメッセージは届かなかった。静まり返った夜の中で、俺は一度大きく息をついてから、そっと目を閉じた。