「幸詩、今日は練習大丈夫なの?」
二学期初日、今日は午前中しか授業がない。
幸詩から今日は放課後一緒に過ごそうと連絡があったため、俺たちはいま掘っ立て小屋の教室に来ていた。
外はまるであの時のように晴れ渡っており、通常ならばお昼休みの時間なので、太陽の位置も高い。
良い二学期の幕開けだなと感じさせる。
購買で軽く買った三角パンを二人で食べた後、幸詩はエレキギターの方を準備を初め、アンプやエフェクターなどをゆるゆると接続していた。
「桜井が宿題一つ忘れてて、放課後居残り。それで練習は無くした」
「ああ、そうなんだ」
桜井さん、意外とおっちょこちょいなのだな。
俺はぼうっと幸詩を眺める。最後会った時よりも、彼の髪は伸びており、なんというか長さがバンドマンらしさというのを感じた。ただ、頭髪検査には引っかかりかけたので、近々短く切るそうだけど、
「今日さ、特訓として、俺の演奏動画、撮って欲しい」
「うん、いいけど……撮影久々だよね、大丈夫?」
「幼馴染みが撮ってたから、多分大丈夫」
そうなのか。
夏休み、俺のせいで一回も会えなかったから、少しだけ羨ましいと思う。
俺は幸詩からスマートフォンを預かり、カメラを起動する。レンズを向けると、幸詩はギターを持ってこちらを見た。
「あ、実は幼馴染みから三脚貰ったから、それ、使って欲しい」
幸詩はそう言うとギターバックから、小さな三脚を取り出した。うねうねと足が動くスマートフォン用の三脚で、俺は受け取ると幸詩のスマートフォンに取り付ける。
「幼なじみさんって、どんな人なの?」
「うーん、常にロックンロール魂で生きている、馬鹿?」
「えーっと、愉快な人なんだね」
他愛のない話をしながら、画角的に幸詩が入る位置を上手く机を動かして、セッティングした。その間も幸詩はギターのチューニングを行う。
「でも、珍しいね、三脚なんて」
「晴富に、ちゃんと聴いて欲しいって思って、今までの練習の成果を」
不意の幸詩の言葉に、胸が高鳴る。文化祭りに向けて、そんなにも練習をしたのだろう。
窓から差し込む日差しが上手い具合のライティングとなって、黒板をバックに立った幸詩に降り注ぐ。
幸詩の頷きに会わせて、スマートフォンの裏に座っていた俺は動画撮影の開始ボタンを押した。
小さな機械音が、幸詩の耳にも届く。視線がカメラでは無く、俺へと向けられる。
「聴いてください、『君に捧ぐ歌』」
知らない曲名だけれども、あまりにもストレートなタイトル。
柔らかく雄大なギターサウンドは、ロックの中に懐かしさを感じさせる。
ギターサウンドに心を奪われた俺を、更に虜にするように、甘くとろけるような幸詩の歌声が教室に広がる。
幸詩と、視線が交じり合う。反らせない、反らしたくない。
歌詞もまた、タイトル通り、君を想う言葉が連なる。
そう、これは。
切なくて、甘くて、愛を願うような、ラブソングだ。
段々と俺の身体が熱く、心臓は痛いほど鳴り響く。
幸詩の指がギターの弦を弾くたびに、教室全体が振動しているような感覚がした。
窓から差し込む日差しが、彼の黒髪に柔らかく光を反射させ、額に浮かぶ汗がゆっくりと流れ落ちていく。前髪の狭間、揺れるが視線はぶれない幸詩から目が離せない。
まるで一編の青春恋愛映画のワンシーンに、俺が入ってしまった気持ちだ。
歌詞だと分かっていても、目が合いながら何度も愛を乞われる言葉に、俺が勘違いしてしまいそう。
なによりも、今の状況を嫌だと思っている自分が、いや、もっと続けばいいのにと思っている自分がいることが。
最後の一音を過ぎても、俺の身体は熱いまま。
呆けた俺に、幸詩が近づいてくる。
相変わらず、独特な甘い香り。
演奏していたからか、身体は上気しており肌は赤く、汗はたらたらと額から下へと流れている。
「どうだった?」
顔と顔が鼻が触れあいそうなほど近い距離で、俺の顔を覗き込む幸詩。
俺は胸が一杯すぎて上手く言葉が出てこず、何度も繰り返し大きく頷く。
「良かった? ……そう、良かった」
言葉を失うほど良かった俺のリアクションが、嬉しかったのだろう、幸詩は優しく俺の肩に触れた。触れた部分が妙に熱く、体感は火傷しそうなほどだ。
その幸詩の手は、肩からゆっくりと背中に回り、ぐっと手前に引き寄せられる。
更にあった距離が、あと少しでゼロになりそうなほど。
そんな時だった。
「望月くん、居る~?」
桜井さんの声が扉の方から聞こえた。
俺は慌てて後ろに椅子ごと下がるようにして、幸詩から距離を取る。幸詩は呆気にとられつつも、すっと背筋を正した。
案の定、桜井さんがにこにこと笑いながら、扉から入ってくる。背中には大きなギターケースを背負っていた。
「望月くん!」
彼女の目に幸詩が映ったのだろう、弾む足取りで駆け寄ってきた。
「ギター音と声、めっちゃかっこよかった!」
本当に顔を赤く染めて、満面の笑みを咲かす彼女は、ひどく眩しい。
「あ、白石くんも久しぶり!」
そして、やっと俺も視界に入ったのか、明るく挨拶をしてくれる。
「ちゃんと宿題、出したからさ、明日からは練習再開できるので、ご迷惑をおかけしました! 望月くんも、よろしくお願いします!」
「ああ、わかった」
きちんと幸詩に頭を下げる桜井さんに、幸詩は仕方なさそうに肩をすくめた。明日からはまた、幸詩になかなか会えなくなるのかと、酷く寂しくなってくる。しかし、仕方ない、文化祭まであと少しなのだから。
「そうそう、今日、最終下校、早いから、もう帰る準備した方が良いよ」
「あ、そうだった」
「片付けないとね」
桜井さんの言葉に俺たちは、慌てて片付け始める。学期初日は時短授業のため、最終下校時間も繰り上がる。俺たちが片付けていると、桜井さんは机や椅子を並べながら話してきた。
「そうだ、白石くんも、一緒に三人で帰ろうよ」
「……ありがとう、そうだね」
少しだけ、身体の熱が下がる。本来なら幸詩と一緒にご飯でもと考えていたが、桜井さんがいるとなると誘いづらい。
正直、残念な気持ちは否めない。ちらりと幸詩を見ると、いつもとは違い酷くムスッとしつつ、ギターケースやカバンに物を詰め直していた。
全てを片付け終わると、桜井さんの提案通り三人で下校する。桜井さんは思ったよりも面白い子で、幸詩に話しかけつつも、俺にも適度に話題を振ってくれた。
猪突猛進だけれど、根は本当にいい子なのだろう。
ただ、楽器ケースを背負う二人の隣で、何も背中にない俺は、どうしても疎外感を覚えてしまう。
「白石くんって、将来の夢あったりしますか?」
突然、桜井さんが少し首を傾げながら質問した。
「えっ?」
あまりにも唐突な痛い質問に、俺は上手くリアクションが取れず、酷く固まってしまう。
「将来の夢、ほら、私は望月くんと演奏することが夢って言ったじゃないですか。逆に白石くんは、なんかあるのかなぁ~って」
「おい、桜井」
幸詩の冷たい制止に、「えっ、あっ、もしかして、ごめんなさい」と頭を下げる桜井さん。俺は大丈夫とだけ伝えたが、それ以上に気が良い返事が出来ない。
よく考えれば、幸詩の夢は世界的なバンドで演奏すること。桜井さんも、幸詩と演奏とは言っていたが、次の夢は音楽関連のものだろうとおもう。
改めて、二人並び立つ姿を視界に収めた。
幸詩も背が高くそれなりに整っているし、桜井さんは話題をかっ攫う可愛さだ。
恋人同士となっても、おかしくないほどに似合っている。
それに比べて、俺は……。
「晴富、大丈夫か?」
幸詩が心配そうに声をかける。急に黙り込んだ俺を心配したのだろう。
俺は申し訳ないと、笑顔を顔に貼り付けた。
「大丈夫」
全然、大丈夫じゃない。何を動揺しているのだ、俺は。
酷くお腹空いたようで、何も食べたくないような気持ち悪さ。
早く逃げ出したいようで、二人きりにしたくないと思うような矛盾感。
なんで、こんなにぐちゃぐちゃな気持ちなのだ。
俺はゆっくりと、幸詩から目をそらした。
二学期初日、今日は午前中しか授業がない。
幸詩から今日は放課後一緒に過ごそうと連絡があったため、俺たちはいま掘っ立て小屋の教室に来ていた。
外はまるであの時のように晴れ渡っており、通常ならばお昼休みの時間なので、太陽の位置も高い。
良い二学期の幕開けだなと感じさせる。
購買で軽く買った三角パンを二人で食べた後、幸詩はエレキギターの方を準備を初め、アンプやエフェクターなどをゆるゆると接続していた。
「桜井が宿題一つ忘れてて、放課後居残り。それで練習は無くした」
「ああ、そうなんだ」
桜井さん、意外とおっちょこちょいなのだな。
俺はぼうっと幸詩を眺める。最後会った時よりも、彼の髪は伸びており、なんというか長さがバンドマンらしさというのを感じた。ただ、頭髪検査には引っかかりかけたので、近々短く切るそうだけど、
「今日さ、特訓として、俺の演奏動画、撮って欲しい」
「うん、いいけど……撮影久々だよね、大丈夫?」
「幼馴染みが撮ってたから、多分大丈夫」
そうなのか。
夏休み、俺のせいで一回も会えなかったから、少しだけ羨ましいと思う。
俺は幸詩からスマートフォンを預かり、カメラを起動する。レンズを向けると、幸詩はギターを持ってこちらを見た。
「あ、実は幼馴染みから三脚貰ったから、それ、使って欲しい」
幸詩はそう言うとギターバックから、小さな三脚を取り出した。うねうねと足が動くスマートフォン用の三脚で、俺は受け取ると幸詩のスマートフォンに取り付ける。
「幼なじみさんって、どんな人なの?」
「うーん、常にロックンロール魂で生きている、馬鹿?」
「えーっと、愉快な人なんだね」
他愛のない話をしながら、画角的に幸詩が入る位置を上手く机を動かして、セッティングした。その間も幸詩はギターのチューニングを行う。
「でも、珍しいね、三脚なんて」
「晴富に、ちゃんと聴いて欲しいって思って、今までの練習の成果を」
不意の幸詩の言葉に、胸が高鳴る。文化祭りに向けて、そんなにも練習をしたのだろう。
窓から差し込む日差しが上手い具合のライティングとなって、黒板をバックに立った幸詩に降り注ぐ。
幸詩の頷きに会わせて、スマートフォンの裏に座っていた俺は動画撮影の開始ボタンを押した。
小さな機械音が、幸詩の耳にも届く。視線がカメラでは無く、俺へと向けられる。
「聴いてください、『君に捧ぐ歌』」
知らない曲名だけれども、あまりにもストレートなタイトル。
柔らかく雄大なギターサウンドは、ロックの中に懐かしさを感じさせる。
ギターサウンドに心を奪われた俺を、更に虜にするように、甘くとろけるような幸詩の歌声が教室に広がる。
幸詩と、視線が交じり合う。反らせない、反らしたくない。
歌詞もまた、タイトル通り、君を想う言葉が連なる。
そう、これは。
切なくて、甘くて、愛を願うような、ラブソングだ。
段々と俺の身体が熱く、心臓は痛いほど鳴り響く。
幸詩の指がギターの弦を弾くたびに、教室全体が振動しているような感覚がした。
窓から差し込む日差しが、彼の黒髪に柔らかく光を反射させ、額に浮かぶ汗がゆっくりと流れ落ちていく。前髪の狭間、揺れるが視線はぶれない幸詩から目が離せない。
まるで一編の青春恋愛映画のワンシーンに、俺が入ってしまった気持ちだ。
歌詞だと分かっていても、目が合いながら何度も愛を乞われる言葉に、俺が勘違いしてしまいそう。
なによりも、今の状況を嫌だと思っている自分が、いや、もっと続けばいいのにと思っている自分がいることが。
最後の一音を過ぎても、俺の身体は熱いまま。
呆けた俺に、幸詩が近づいてくる。
相変わらず、独特な甘い香り。
演奏していたからか、身体は上気しており肌は赤く、汗はたらたらと額から下へと流れている。
「どうだった?」
顔と顔が鼻が触れあいそうなほど近い距離で、俺の顔を覗き込む幸詩。
俺は胸が一杯すぎて上手く言葉が出てこず、何度も繰り返し大きく頷く。
「良かった? ……そう、良かった」
言葉を失うほど良かった俺のリアクションが、嬉しかったのだろう、幸詩は優しく俺の肩に触れた。触れた部分が妙に熱く、体感は火傷しそうなほどだ。
その幸詩の手は、肩からゆっくりと背中に回り、ぐっと手前に引き寄せられる。
更にあった距離が、あと少しでゼロになりそうなほど。
そんな時だった。
「望月くん、居る~?」
桜井さんの声が扉の方から聞こえた。
俺は慌てて後ろに椅子ごと下がるようにして、幸詩から距離を取る。幸詩は呆気にとられつつも、すっと背筋を正した。
案の定、桜井さんがにこにこと笑いながら、扉から入ってくる。背中には大きなギターケースを背負っていた。
「望月くん!」
彼女の目に幸詩が映ったのだろう、弾む足取りで駆け寄ってきた。
「ギター音と声、めっちゃかっこよかった!」
本当に顔を赤く染めて、満面の笑みを咲かす彼女は、ひどく眩しい。
「あ、白石くんも久しぶり!」
そして、やっと俺も視界に入ったのか、明るく挨拶をしてくれる。
「ちゃんと宿題、出したからさ、明日からは練習再開できるので、ご迷惑をおかけしました! 望月くんも、よろしくお願いします!」
「ああ、わかった」
きちんと幸詩に頭を下げる桜井さんに、幸詩は仕方なさそうに肩をすくめた。明日からはまた、幸詩になかなか会えなくなるのかと、酷く寂しくなってくる。しかし、仕方ない、文化祭まであと少しなのだから。
「そうそう、今日、最終下校、早いから、もう帰る準備した方が良いよ」
「あ、そうだった」
「片付けないとね」
桜井さんの言葉に俺たちは、慌てて片付け始める。学期初日は時短授業のため、最終下校時間も繰り上がる。俺たちが片付けていると、桜井さんは机や椅子を並べながら話してきた。
「そうだ、白石くんも、一緒に三人で帰ろうよ」
「……ありがとう、そうだね」
少しだけ、身体の熱が下がる。本来なら幸詩と一緒にご飯でもと考えていたが、桜井さんがいるとなると誘いづらい。
正直、残念な気持ちは否めない。ちらりと幸詩を見ると、いつもとは違い酷くムスッとしつつ、ギターケースやカバンに物を詰め直していた。
全てを片付け終わると、桜井さんの提案通り三人で下校する。桜井さんは思ったよりも面白い子で、幸詩に話しかけつつも、俺にも適度に話題を振ってくれた。
猪突猛進だけれど、根は本当にいい子なのだろう。
ただ、楽器ケースを背負う二人の隣で、何も背中にない俺は、どうしても疎外感を覚えてしまう。
「白石くんって、将来の夢あったりしますか?」
突然、桜井さんが少し首を傾げながら質問した。
「えっ?」
あまりにも唐突な痛い質問に、俺は上手くリアクションが取れず、酷く固まってしまう。
「将来の夢、ほら、私は望月くんと演奏することが夢って言ったじゃないですか。逆に白石くんは、なんかあるのかなぁ~って」
「おい、桜井」
幸詩の冷たい制止に、「えっ、あっ、もしかして、ごめんなさい」と頭を下げる桜井さん。俺は大丈夫とだけ伝えたが、それ以上に気が良い返事が出来ない。
よく考えれば、幸詩の夢は世界的なバンドで演奏すること。桜井さんも、幸詩と演奏とは言っていたが、次の夢は音楽関連のものだろうとおもう。
改めて、二人並び立つ姿を視界に収めた。
幸詩も背が高くそれなりに整っているし、桜井さんは話題をかっ攫う可愛さだ。
恋人同士となっても、おかしくないほどに似合っている。
それに比べて、俺は……。
「晴富、大丈夫か?」
幸詩が心配そうに声をかける。急に黙り込んだ俺を心配したのだろう。
俺は申し訳ないと、笑顔を顔に貼り付けた。
「大丈夫」
全然、大丈夫じゃない。何を動揺しているのだ、俺は。
酷くお腹空いたようで、何も食べたくないような気持ち悪さ。
早く逃げ出したいようで、二人きりにしたくないと思うような矛盾感。
なんで、こんなにぐちゃぐちゃな気持ちなのだ。
俺はゆっくりと、幸詩から目をそらした。