あっという間に期末も終わり、夏休みが始まった。
 そして、幸詩とはかき氷以来なかなか会えず、今は当初の予定通り旅館の手伝いをしている。

(せい)ちゃん、お風呂の掃除ありがとうね」
 温和そうに声をかけてくれるばあちゃんに、俺は「任せてよ、ばあちゃん」と力こぶを作る。残念なことに細腕ではあるけれども。

 掃除や、補充、荷物運び。たまにお客様の案内や、売店の管理など多岐にわたる。小さな旅館だが、海沿いのこの旅館、夏休みは稼ぎ時だ。
 他のいとこ達もバイトとして駆り出されている。
 働きまくった後は、従業員用のお泊まりスペースで、他のいとこ達と雑魚寝という感じだ。

 なので、なかなかに忙しないが、その中でも楽しみなのはふとした時にくる友人からのメッセージだ。

 高田は髪を染めるのは飽きたらしく、今現在銀色のブレイズヘアに変えており、様々なファッションイベントを回っているよう。好きなブランドの服屋でバイトも初めたらしく、コーデをよく送ってくる。
 松下からはあまりメッセージはないが、早々に宿題が終わったらしく、「お前らも早くやれよう」という彼らしいメッセージが届いた。
 この二人は本当に二人らしい夏休みを過ごしている。

 そして、幸詩はというと、相変わらずほぼ毎日メッセージを続けている。

『晴富、アルバイト先で初めてハンバーガーを組み立てた』
『お、凄いね』
 お互いのアルバイトの話や地元の幼なじみの話、夏休みの宿題の進み具合、オススメの曲、あとはお盆後の花火大会のお誘いとか。
 写真とか動画は送られて来ない分、メッセージで埋まっている。
 色々な話題で溢れているメッセージ画面。
 ただ、一番の割合を占めているのはこれだ。

『今日も桜井がだる絡みして、面倒』
『同じミス繰り返すドラムに、頭冷やしてこいと言ったら桜井に怒られた、だるぃ』
『桜井が親睦深めようって、ご飯誘ってきてうるさい』
『桜井のベースがまともに聞けるようにやっとなった、人間として扱おうと思う』
『桜井からすすめられたこのお菓子、晴富好きそう』

 毎日でも無いが、かなりの頻度で練習しているのか、桜井さんの名前が連なっている。内容は愚痴がほとんどだが、少しずつ心が開いているのがわかる。

『桜井、曲の選ぶセンスはいいわ。晴富も文化祭楽しみにしててくれよ』
『うん、勿論だよ』
 俺はメッセージを見つめながら、無理に明るい絵文字をつけて返信した。
 画面の光が部屋の壁に反射して揺れている。メッセージには本当の気持ちは載せられない。載らなくて良かった、と少し安心した。
 何故なら、桜井さんの話を見る度に、なぜがそれがとても面白くないと思ってしまうのだ。

「おお、晴富、なんか不機嫌そうだな」
 いとこの一人がニヤニヤしながら声をかけてきた。
 自分でも気づかないうちに、無意識に顔へと出ていたのかもしれない。

「……べつに、疲れてるだけ」
 小声で返したが、自分の口調が思いのほか投げやりに聞こえてしまい、少し後悔する。

「おいおい、俺たちの末っ子ちゃんも、思春期って奴~?」
 もう一人のいとこが笑いながらおちょくってきたので、俺の身体がまたどっと疲れた。

「うっさいなあ、もう」
 文句を言いながらも、いとこたちの賑やかな声を聞いていると、晴富の胸に押し寄せていた重苦しさが、少しずつ和らいでいくのを感じた。
 同室のいとこ達が目聡く絡んでくるのは最悪であるが、一人でいたらぐるぐると考えてしまうから、その分は心は落ち着いた。
 やんややんやと俺をいじって騒ぐいとこたちの中で、一人何かを思い出したかのように、「あっ、そうそう!」と話題を変えた。

「俺さ、この旅館、継ぐわ」
 あまりにも軽い口調で発せられたので、俺も含む他のいとこ達も驚いた声を上げる。しかし、いとこは楽しそうに言った。

「前々から思ってたけど、やっぱ将来、ばあちゃんの旅館継ぎたいって。良い夢だろ?」
 胸を張って宣言する彼に、俺らは「いいね」と口々に賛同する。他のいとこ達も、触発されたかのように、自分の夢を語る。公務員や、プロスノーボーダー、ロボットを作りたいとか。

 周りが熱くなる中で、俺だけが何も言えず、どうにかやり過ごしたい気持ちで押し黙る。
 ただ、勿論そのことをいとこ達が見逃すわけが無い。
「晴富は、なんか将来の夢、あんの?」
 遠慮も容赦もなく、痛いところに爪を立てる。

「……ないよ」
 一気に気持ちが落ち込んだ俺は、むすっと唇を尖らせながら正直に答えた。
 いとこ達の視線を受けると、急に布団の柄が気になったように不自然に視線を下げる。

「見つかると良いな」
「まあ、まだ若いしな」
 いとこ達は、下手なフォローで俺を慰めてきた。彼らの表情は、なんだか夢ある奴の余裕という憐れみが籠もっていて、身内相手だからこそ本当に腹立たしい。

「そんな変わらないだろう」
 俺は思わず吐き捨てると、布団にくるまりふて寝した。


 その後もお盆過ぎまで忙しなく働いた。拘束時間もあって学生には少し多いバイト代を稼ぎ、東京へと戻ってきた。

 そして、約束通り、夏祭りに行きたかったのだが……。

『ごめん、夏風邪ひいた』
 タイミングが悪く約束の前日に、俺が高熱を出してしまったのだ。
 幸詩からは『お大事に、ゆっくり寝なよ』と、優しく気遣うメッセージが届いた。俺はスタンプだけ送ッた後、自分の部屋から台所へと向かう。

 ああ、悔しい、悔しすぎる。
 意識が朦朧とする中、パートに行った母親が作り置きしたお粥を茶碗に掬った。そして、冷蔵庫にあった鮭フレークをかける。

 一口食べれば、お粥と鮭のそれぞれと塩味が口に広がる。発熱による汗が凄いので、身体から水分と塩分が抜けてるから、普段なら美味しいはずなのだ。

 ああ、幸詩と会いたかった。
 しかし、幸詩に迷惑をかけた分を思うと、何とも苦々しい気持ちになってしまった。

『文化祭過ぎたら、なんか遊びに行こう』
『うん、ありがとう』
 幸詩からのメッセージを見て、余計にがっくりと落ち込む。
 アルバイトのシフトや練習の関係もあり、夏休みの宿題もあるのでこの日しか会えないのに。

 幸詩に、会いたかったな。
 酷く寂しい、と思ってしまう。
 そして、結局夏休み中は会わず、二学期目を迎えることになった。