中間テストが始まるまでの期間、四人で学校に居れるギリギリまで勉強し続けた。
 ということは、どうしても腹が減ってしまう。

 こういう時に行くのは、大抵決まっている。
「最強ハンバーガーセット一つ」
 学校の近くにあるラドリーダイナーという、安めのハンバーガーチェーン店。
 学生が集まってゆっくり食事を取れるなんて、ファーストフード店かファミレスくらいだ。
 テーブル席に戻ると、既に注文を終えた幸詩と松下が注文したポテトや飲み物を摘まみながら、ゆったりと座っていた。そこには、先程までいたはずの高田の姿はない。

「あれ? 高田は?」
「あいつ、なんか今日リアタイしたい番組あったらしく帰った」
「そ、そっか」
 高田が慌てて帰るのだから、何かファッション関連の番組なのだろう。俺は「それなら仕方ないね」と言いながら、注文の品が乗ったトレイをテーブルに置く。男子高校生三人でもそれなりに狭いテーブルの中、俺は幸詩の隣かつ松下の正面の席に座った。

「いただきます!」
 俺が注文した最強ハンバーガーセットは、まさにこの店ならではのもの。
 ふかふか分厚いバンズ、ジューシーなビッグパテ、カリカリベーコンも最高の品。シャキシャキレタスに、丁度良い焼きかげんの輪切りトマトとタマネギ。それをがっつり纏め上げる最強のオーロラソースが最高。
 ちなみにだが、こういうガッツリ系のハンバーガーは手に持って齧り付いたら最後、食い切るまで離さない方が食べやすいコツだ。父ちゃんが言っていた。

「お前、まじで食うよな」
「だって、このジューシーなお肉の脂と書いて幸せと読むほどの味だよ!?」
「ま、なあ。そうだけど、さあ」
 一口、また一口と食べていた俺に、松下は少し呆れ気味に声をかける。そんな松下はハンバーガーサラダというバンズの代わりにレタスとトマト増量したメニューとポテト。

「俺も、それにすれば良かった」
「一口いる?」
「いいの? うん、ほしい」
 幸詩に俺は包み紙をずらし、口づけていない部分を差し出した。すると、いつもの豪快さとは違い、遠慮がちに一口齧り付いた。

「おいしい?」
「美味しい。たしかにジューシー」
 美味しそうに食べる幸詩の口の端についたソースを軽く拭う。その間も幸詩はもぐもぐと頷きながら咀嚼していた。

「白石、お前は望月の母ちゃんか」
「母親……?」
「無自覚かよ……」
 そんな俺らを見て酷く呆れたような松下。俺は「もしかして、ハンバーガー、ほしかった?」と尋ねると、「俺は何を見せられてるんだ」とわざとらしく大きなため息を吐かれた。
そんな俺たちの隣で、幸詩は一人どこか驚いた様子でこぼした。
「晴富って、母さんみたいなんだ……そうなんだ……」
 不思議そうに呟くから、幸詩にとっては意外だったのだなと思っていた。だから、この時は気にも止めなかった。

 それから、数日後。

「おわったー!」
 無事に中間テストが終わり、ようやく勉強漬けの日々が終わった。
 後はテスト結果だが、それよりもだ。

「幸詩、今日からまた特訓再開ってことで」
「うん」
「じゃあ、今日どこに行く? 上の教室のがいい?」
 下駄箱で待ち合わせしていた俺たち。どうしようかと隅の方で会話をしていると、俺の視界の端に久しぶりに見た先生が入り込んできた。

「あ、笹塚先生、お久しぶりです」
「ん? おお! 白石か!」
 笹塚先生は中等部時代の学年主任の先生で、ご高齢かつ長い間青口学園に勤めている熱血で面倒見のいい先生だった。去年末に手術が必要な病気にかかってしまい、長期療養していた。
 俺も随分とお世話になった先生で、恩師と呼べる人の一人。俺が呼びかけると、先生はゆっくりとこちらへとやってきた。

「体調よくなりましたか?」
「ああ、非常勤にはなるが、また戻ってくる予定なんだ。お、君は新入生かな?」
 笹塚先生は相変わらず温和な笑顔を浮かべながら、俺の隣にいた幸詩へ声をかけた。
 幸詩を見た瞬間、彼の瞳が見開かれているのに気づいた。その視線は、まるで過去の影を追うように笹塚先生に向けられており、同時に不安を抱えたように揺れているように見えた。

 そして、少しの静寂の後幸詩の口が開いた。

「……お久しぶりです」
 一言目は、随分硬く畏まっていた。ただ、その続く言葉に、俺はただただ驚くことしかできない。

()()()()()()と望月()()()()の息子の、望月幸詩です」
 極めて穏やかな口調で話すけれど、声はわずかに震えていた。

 えとうしおり? 望月こうすけ?
 息子だと称しているからに、幸詩のご両親の名前だろうか。しかし、この場面に彼の両親の名前がどうして出てきたか解らず、笹塚先生を見る。笹塚先生は一瞬、驚きのあまり息を飲んだ。そして、まるで記憶の断片が繋がったように「ああ!」と声を上げ、目を細めた。

「望月と江藤の、息子か。そうか、こんなに大きくなったんだな」
「はい」
「そうか、()()()()だったから驚いたよ」
 「葬式」という言葉が放たれた瞬間、周囲の空気が一瞬で凍りついたような感覚に陥った。
 幸詩のご両親に、何があったんだ?
 頭の中で一瞬、たくさんの疑問が駆け巡る。

「あ、すまない。今から学園長と打ち合わせなんだ、学期明けから復帰するからその時また、話そう」
 笹塚先生は、申し訳なさそうに頭を下げると、学園長室のほうへと去って行く。残されたのは、少しばかり気まずい雰囲気の俺たち二人。

「……晴富、あの……その……」
 幸詩がいつもよりも暗いトーンで俺の名前を呼んだ。視線を向ければ、狼狽えたように俺から目をそらし、下駄箱の地面を見ていた。
 まだ短い付き合いだが、幸詩の声は彼の心を素直に反映していると思う。
 だから、この暗い雰囲気を一掃するように、俺はとびっきりの笑顔を浮かべた。

「なあ、幸詩、三角パンの店、行こうよ。公園で、気分転換にピクニックとかどう?」
 と、わざと明るく、軽やかな声で話しかけた。重い空気を振り払うように、笑顔を浮かべながら。

「え」
「美味しいパンと、写真撮るのよくない?」
 明るく話しながら提案する俺に、幸詩は少し目を見開いた後、ぎこちない笑顔を貼り付けて小さく頷く。
 俺たちは出会ってから日も経っていないから、まだまだ知らないことばかりだ。幸詩には何か他にもあるかもしれない。

「……まあ、ここでしんみりしても仕方ないしさ。美味しいパンでも買って、少し休もうよ。空の下で食べるの美味しいよ」
 だからこそ、何か幸詩の為に出来たらと思ったのだ。