「……もう行かなくて良いんだって。調子悪くなったら、また行くつもり」
あたしの台詞に、藍はそっか、と言った。
あたしは、嘘を重ねてる。
本当は病院なんか、行ってない。さっきまでいたのは、警察署。
“秘密にしていたことがあるの”
そんな言葉を紡いだあの夜、藍に言った言葉を思い出す。
藍のことが好きだった女子、森田から、嫌がらせを受けていたこと。
それを千歳色に相談していたということ。
嫌がらせは止まったけれど、千歳色があたしに執着してくるようになったこと。
……あたしは、千歳色とキスなんか、してないってこと。
よくもまあ、こんなハッタリが言えたものだなと思う。
嘘と事実のカクテル。じょうずに混ぜ合わされたそれを、藍に振舞った。ただそれだけのこと。
藍はずっと、あたしが作ったリアリティのある物語の中に生きている。
なんでこんな嘘をついたのかっていったら、まあ、特に深い意味はないけれど、あれがわたしにとっての、藍にとっての正解だったから。
藍は、余計なことは何も知らなくて良い。
いや、正確に言えば、隠すため、だった。
あたしの唯一の汚点。それは、千歳色に唇を奪われてしまったこと。
千歳色が藍に接触して、あたしにキスをした、だなんてことを言ったらしいと知った時は、さすがにすこし焦ったけれど、藍は、あたしの言葉を信じた。
藍の中では、あたしは森田から嫌がらせを受けていたことになっているし、千歳色はあたしに執着した変な人だし、坂下ちゃんの事件は自分とまったく関係のない話だと思っているし、自分へのストーカーは犯人すらもわからないままだし、あたしと千歳色は、キスをしていないことになっている。