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 次の週から、藍は学校に出てくるようになった。


 ストーキング自体はまだ続いていたみたいだけど、ピークのときよりはだいぶ落ち着いたらしく、前まではあんなに気が滅入っているように見えた藍も、徐々に活動的になっている、ように見えた。



 非通知からの不在着信も、知らない人からのメールも、細々と続いてはいたけれど、目に入らないように工夫したり、スマホの設定なんかを見直したりしているうちに、ああ見えて意外にも図太い藍は、少しずつそんな生活にも慣れ始めてきたらしい。



 けれど、やっぱりまだ本調子というわけにはいかなくて、登下校のときとか、戸締りだとかには気を張っているらしい。



 本当は、犯人が誰なのかはっきりするまで、無茶なことはしないで欲しかったけれど、藍いわく、「ストーカーのせいでまともに日常生活が送れなくなるなんて、それこそ相手の思う壺だ。振りでも良いから、普通に日常生活を送っているのを見せた方が良い」だそう。



 確かに藍の主張には一理ある。


 けれど、彼がそうやって笑ってみせたとしても、あたしは彼の心が壊れちゃうんじゃないかって、気が気ではなかったから、できるだけ彼に寄り添ってあげようと努力している。



 表立って大きいことは何もなかった。


 背も高くて体力のある藍に、何か身体的な危害を加えようというのは、難しいことなのかもしれない。

 そういう意味では、ターゲットが藍だったのは不幸中の幸いともいえる。



 藍は、あたしのことが心配だからっていって、毎日家まで送ってくれた。

 心配なのはあなたの方だよって思ったけれど、藍は譲らなかった。



 不安な空気は漂っていたけれど、生活自体は安定していた。

 それが嵐のまえの静けさみたいで、不気味といったら不気味だった。



 藍は今日も平気な顔をしていた。

 ストーカーの犯人は誰だかわからないままだった。けれど嫌がらせは少しずつ落ち着きつつあった。



 千歳色からの接触は、なかった。



 それだけでも十分だろうと思った。少しずつ、元いた場所に、元々あった日常に帰れれば、それで。


 このままストーキングが徐々になくなって、千歳色からの接触もなく、時間だけが過ぎていけば良い。