「……まあ、最後のはどうでも良いとしてさ、着信、7分前だったよね?」



 なす術なく、うん、と頷いた。



「7分前、俺はすでに織方さんと一緒にいたよね。ってことで、俺じゃないこと信じてもらえる?」



 信じるしか、ない。

 廊下で会ってから、ここに来るまでの間、千歳色は一度もスマホを触っていないのだから。


 今までの気苦労はともかく、犯人像の予想だとか、憶測だとかが全て白紙になって、振り出しに戻された気分になった。


 千歳くんじゃないなら、誰がこんなこと。


 考えれば考えるほどわからなくなって、頭がパンクしそうだった。


 スマホを片手に呆然としていると、あたしの様子を見かねた千歳色が、ねえ、と声をかけてくる。



「俺さあ、大体わかるよ。誰がしたのか」

「……誰なの、それ」

「まだ確定じゃないからね、むやみに人を犯人扱いしたら、悪いだろう?」



 どの口が言っているんだ、だなんて悪態をつきそうになったけれど、それよりも犯人の見当がついている、と言われたことに驚いた。


 藁にもすがりたい気持ちは、ある。


 だけど、相手が彼なのは危険要素だ。


 後輩のあの子の件を通して、千歳色の奇特さを理解したうえで、やすやすと彼を頼るわけにはいかない。


 どうしようかと頭を悩ませていると、彼が窓枠から立ち上がった。



「俺に任せてみない?」



 彼が一歩ずつ、こちらに近づいてくる。

 いやな予感がした。

 だって、後輩のあの子のときだって、千歳色なんかに頼ってしまったから、あんなことになったのだ。



「自分でなんとかできる、から」



 あたしは一歩ずつ、後ずさる。

 彼に全てを支配されている気がした。



「遠慮しなくて良いよ。俺が織方さんの障壁を、全部取り払ってあげる」



 彼がこちらにじりじりとにじり寄ってくる。

 彼が、あたしにこうやって近づくメリットは、何。



「大丈夫、だから」



 背中が壁に当たって、それ以上後ろに下がれないことを自覚した瞬間、恐怖とともに、迫りくる彼の顔が思ったよりも綺麗だなとかいう突飛な思考が生まれて、うすく絶望した。