「紬乃、どうした?」
真昼は立ち止まってスマホを弄るあたしを訝しげに見た。
あたしは彼女に向かって、ああ、と言う。
「藍に先帰っててって伝えてって、さっき坂下ちゃんにお願いしたんだけどな」
「あれ、藍くんまだ待ってたの?」
「わからない。電話する」
あたしは真昼と一緒に歩き出しながら、迷わず、藍に電話を入れた。
戸惑いを片手に携えながら入れた発信はすぐに繋がり、スマホ越しに愛する人の声が聞こえる。
『紬乃、いまどこにいる? 俺教室にいたんだけど』
「今真昼と帰るとこ。先帰っててって、坂下ちゃんから聞かなかった?」
『坂下さん? さっきまでここにいたけど、何も聞いてない』
うそ、と言ったとき、真昼が心配そうにこちらを見てきた。
でも確かにさっき坂下ちゃんには、藍への伝言を頼んだはず。真昼だってそれを聞いていただろう。
『いや、俺が聞き逃してただけかも』
「……まあ、良いか。ごめん、あたしからちゃんと連絡すれば良かったね。今日はこのまま真昼と帰っても良い?」
当然、良いよっていう言葉が返ってくると思っていた。
彼は基本的に物腰が柔らかくて、あたしの欲求をいつも叶えてくれるから。
だけど、藍から発された言葉はいつもより暗い表情を帯びていた。
『今日、どうしても会いたかった』
珍しく発せられる彼の自我が、一瞬であたしの心臓を強く締め付けた。
藍がこうやって、自分の要求を突き通すことは珍しい。
何か悪いことでもあるんじゃあ、ないかって、そんなことを考えてしまうくらいには。
「とりあえず学校出てきちゃったから真昼と帰るけど、後で部屋来て大丈夫だから、待ってるね」
アスファルトをローファーで踏み鳴らしながらそういうと、藍がスピーカー越しに、わかった、と言った。