混んでいるかと思ったら、思いのほかすんなりと入れた。
見晴らしの良いテラス席に案内される。すぐに店員さんがやってきた。
「当店はフレンチトーストの専門店です。こちらのメニューからお選びください。セットで選べるドリンクはこちら、追加100円でこちら側、追加500でアルコールがお選びいただけます」
メニューには写真が載っていて、どれも美味しそう。
「うう、どれにしようか迷うねぇ」
「私は季節限定の、かぼちゃのモンブランテイストのフレンチトーストやな」
「春香って決めるの早いよね」
「そうかも」
春香がテラスから見える景色を写真に撮っている間に、もう少し悩む。
「んー。季節限定も気になるけど、スイートポテトもいいな」
「それも秋っぽいし、ええやん。一口交換しよ」
「そうしよ! 私は、スイートポテトと甘栗のシロップのフレンチトーストとセットのホットパッションフルーツティ」
「ああそうか飲み物。追加100円でチャイが選べるのええね。チャイティにしよ」
注文をし、待っている間にテーブルに置かれたプレートを見る。てっきりメニュー表だと思っていたら、店の紹介と猫の写真だった。
「へぇ、ここが本店なんか。鎌倉と……なんや静岡にもあるんか」
「静岡?」
「清水のサービスエリアやって」
「へぇ。もし清水行くことがあれば寄ってみようかね」
車で行くこと、あまりなさそうな気がしているけれど。
店内をきょろりと見渡す。私たちのいる席の前にあるテラスには四テーブル。各テーブル四人がけから五人がけ。ああ、一番端が少し大きめになっている。女性が六人座っているのが見えた。全員服装のセンスがバラバラだし、年齢もまちまちだ。あれは絶対──
「オタクやね」
「あ、やっぱりそう思う?」
「しかも何かの作品の同人仲間」
つまり、推し作品で二次創作をしている仲間ということだ。
「私たちも、そう見えるかな」
「もともとのつながりは、そんなようなもんやしね。二人とも服装の趣味も違うし」
「まぁそれが分かる人って、結局同類か」
やがて注文したフレンチトーストが届けられる。思っていたより小さい。でも、十一時を少し手前にしている今、ランチの事を考えたら丁度良い量なのかもしれない。
大き目の白い皿の真ん中に鎮座し、上からとろりとソースをかけられたそれに、ナイフを入れる。ふわりとした感触が掌に伝わると、少しだけワクワクした。
一口大に切ったフレンチトーストに、添えられたスイートポテトとバニラアイスを共に口へ。
「これは美味しい」
外側はカリ、中はふわふわ、の理想的な食感が口の中に広がるのだ。さすが専門店は違う。もう一口。続けざまに口に運べば、フレンチトーストに染み込んだ溶けかけのアイスクリームの味が、じんわりと広がる。
「本当や。美味しい」
春香は、モンブランケーキのように上に重ねられている茶金色のペーストと、付け合わせのバニラアイスをのせて口許へぱくぱくと運んでいる。
テラスから見える向こうの景色を見遣れば、海の上に浮かぶヨットの帆が白く浮かんでいた。そういえば、2020東京オリンピックで、セーリングの会場に江の島が選ばれていた。テレビで見たのはここか、なんて思う。
「一口交換のお時間や」
「もう少したっぷりで、交換にしよ」
「いいね」
よく、女性の一口交換を揶揄する人がいるけれど、二皿は食べられないので、合理的だと思う。
お互いの皿を交換し、ぱくり。やはり美味しい。
「ん。このチャーイもええわ。牛乳がよく効いてて、口当たりが良い」
「グルメ番組になってる」
あっという間に二人とも食べ終えてしまった。これは幸せになりすぎる。
私たちが食べている間に、外に列ができてしまっていたので、早々に店を出ることにした。
店の前には広場がある。『マイアミ広場』なんて名前なのは、姉妹都市だかららしい。柵越しに海が見える。
「あそこに見えるのが、朝渡ってきた橋だね」
「こうやってみると長いねぇ。結構歩いたのも頷ける」
「んーと、あっち側が鎌倉」
右手側を指す。材木座海岸、その先に鎌倉が。逆側は湘南になる。サザンオールスターズだ。
同じサムエル・コッキング苑の中に、灯台であるシーキャンドルがある。チケットが必要なようなので、購入しエレベーターに並ぶ。
展望台は海抜101.5メートルの高さ。小さなエレベーターは、あっという間に展望台まで連れて行ってくれた。外が見えるエレベーターで、海が一望できて、なかなかの視界。エレベーターを降りるとすぐ左手に扉があった。
そこから人が出てくるので、のぞき込む。
「上に上がれるみたい。行ってみよ」
階段があり、登りきるとウッドデッキの屋外展望台が広がっていた。
「うわぁ! 思ったより高いんだねぇ」
そもそもこのサムエル・コッキング苑は、江の島の中でも一番の高台にある。シーキャンドル自体の高さが然程なくとも、展望は良好、吹く風は最高に気持ちが良い、という案配だ。
「あ、あそこ! さっき食べてたとこやない?」
「向こうに見えるの、スカイツリーだよ」
「おおおっ、春香! 富士山や!」
「富士山見えると、なんだか嬉しいよねぇ」
ぐるりと周りながら、その目に映るものを二人で言い合うのは、なかなか楽しい。
「ええ天気や」
空を見上げれば、嘘のような青空。心地が良い。
「秋晴れ、になるのか冬晴れになるのか。どっちかな」
「暦の上では冬やけどな」
ひは、と笑う。空を見上げながら、春香も目を細めた。
ぴーどろ、と鳥の鳴く声がする。
「鳶の声や」
「確か、藤沢市の条例で鳶に餌をやってはいけないっていうのがあるみたいだよ」
「ほんまか」
「うん。すごい条例だなって思ってたけど、この飛び交う鳶の数を見てると──正しい条例なんだって思うわ。ちょっと怖い」
「あの辺飛んでるの全部そうやろ」
海へ目を遣れば、木々を生やした崖が、江の島を海に聳えさせている。その木の上をたくさんの大きな鳥が飛び交っていた。
「おっと。あそこに神社っぽい社がある」
「あれが奥津宮やない?」
「結構歩くっぽいねぇ」
「ほんまや。ま、頑張ろう」
ひょおと吹く風が、高台のせいかより一層強い。前髪がぱらりとあがった。髪、伸びたなぁなどとぼんやり思う。最近美容室にも行っていなかった。
「なんか冷えてきたし、降りよっか」
「せやね」