「だけど、あたしは陽樹と離れるほうが――」
 そう言い返そうとしたけど、陽樹はあわれむようにあたしを見つめながら、
「オレは希世子のためを思って言ってるんだ。オレの都合でお前を振り回したくなんかない。離ればなれになるのはさびしいかもしれないけど、オレの新しい出発を笑顔で……」
 待ってよ。そんなのってない。全然あたしのためなんかじゃないよ。どうしてみんなあたしのことを突き放すの? 仕事も、陽樹も。
 もう誰もあたしの味方なんていないのかな……。
 思わず涙がこぼれそうになったそのとき、カツッとブーツの音がした。
 カツッ、カツッ、カツッ、カツッ……。
 その音はどんどん大きくなってきた。早足でこちらに迫っているかのように。
「要はめんどくさくなったんでしょ?」
 不意に低い声が響いた。
 あたしたちのテーブルの前には、大きな黒い影がズウン、と忍び寄っていた。
 見覚えのあるファージャケットが、今日はいっそう威圧感を増している。
「ば……」
 伴さん! どうしてここに?
 伴さんは射抜くような鋭い目で陽樹をとらえると、
「さっきから聞いてりゃ、ダラダラダラダラ気色悪い言い訳してるけど、あんた結局希世子とつき合うのがめんどくさくなって、つれて行きたくないんでしょ? 同棲なんてしたら、浮気もやりづらくなるもんね」
「だ、誰だ!?」
 石のように固まる陽樹。
「あたしの高校時代のクマ――じゃなくて、クラスメイトの伴さん」
「あんたにも事情があるのは分かるわよ。だけど、彼女が絶体絶命のピンチに陥っていたら、しっかり助けてあげるのが彼氏のつとめじゃないの? それをしないで自分の都合ばっかゴリ押しするあんたなんか、最低最悪の0点。彼氏として落第よ」
 伴さんはあたしの腕をぐっとつかむと、
「帰るわよ、希世子」
 と、大またで店から出た。
「帰るって、どこに?」
「決まってるじゃない、あんたんちよ」
 店の外に出ると、白い雪が静かに町を染めていた。
「伴さん、どうして……」
「だって、あんた外からでも分かるくらいすっごく沈んだ顔してたから。クリスマスデートで幸せなはずなのに」