「――そんな簡単に言わないでよ」
「え?」
 ひとから見たら決して完ぺきじゃなかったかもしれないけど、あたしなりに一生けん命がんばってた。なかなか売り上げが伸ばせなかったこともあったけど、いろいろ勉強したり、工夫したりして、自分の考えたコーデ一式お客さんに買ってもらえたこともあった。
 前向きに続けてればきっと道は開ける。そう信じてたのに。
「好きでマイナスになってるんじゃない! あたしだってポジティヴに考えたいよ。だけど、どんなに努力しても思うようにいかないんだもん」
「でも……」
「伴さんには一生分かんないよ、あたしの気持ちなんて! 会社だってしっかりしてるし、収入だって安定してるじゃん。努力がムダになった経験なんて、ひとつもないでしょ? あたしたち、全然住む世界がちがうんだよ」
 伴さんはあたしのことを怒るでもなく、ただ静かに話を聞いていた。
 そして、そのあと
「分かったわ。気を悪くさせてごめんね」
 と、静かに告げた。

 翌朝、伴さんは部屋から出て行った。
 どこへ行ったか知らないけど、あたしの知ったこっちゃないし。
 大きな荷物は後日業者が取りに来るからと家具とかは残されたままだけど、もうすぐ会社の延長みたいな飾り気のない折りたたみデスクや、重苦しいグレーのカーテンと別れられると思うとせいせいする!
……なのに、なんかあたしがたたき出したみたいな感じがして、妙にモヤッとする。
 いやいや! 確かに昨夜はちょっとあたしもヒクツだったかもしれないよ?
 だけど、あんなどん底真っ最中のときにポジティヴになれるほうがおかしくない?
 仕方ないよ、仕方ない。気分を切り替えるために、あったかいカフェラテでも飲もう。
 買い置きのドリップコーヒーを淹れて、たっぷりミルクときび砂糖。
 これがお気に入りの味! だったのに。
「なんか、キレがない」
 コーヒーがちょっぴり物足りなくなってる。
 豆から淹れたコーヒーよりも香りも苦みも弱いというか……。
 って! まさか、あたし「伴さん化」し始めてる!?
 気のせいだよね、気のせいだよね。あたしあんなこだわりタイプじゃないし。
 ほんのしばらくいっしょに暮らしただけで、そこまで影響受けるわけないし、ちょっとした気の迷い……だよね?