「間に合った・・」
ようやく夏向の応援旗が出来上がったのは終業式の前の日だった。
「渡貫君、お疲れさま」
「部長もお疲れ様でした。手伝ってもらってありがとうございました」
毎日、閉門ギリギリまで作業を続ける守羽に部長は何も言わず、ずっとつきあってくれていた。
「カッコいいの、出来たね」
「そうかな、本人が気に入ってくれたらいいけど」
残る不安はそれだけだ。
「渡貫君、ずいぶん変わったね」
「え?そうですか?そうかな」
「うん。去年の野球部の応援旗の時は、どうせ誰も見てないから、部員に気に入ってもらう必要なんかないんじゃないですか、って言われて、うおっ、ってなったの覚えてる」
その言葉に二人で笑う。
「僕、そんなこと言いましたっけ。部長、うおっ、ってなったんですか?」
「うん、なった。綺麗な顔してエグいこと言うなーって」
「あはは、そっか。結構、本気でそう思ってました。こんなもん、誰が見るんだって」
「なかなか拗らせてるね」
「ですね。でも誰も見てないと思ってたあの旗を見てくれてた人がいたんです。誰に向けても描いてなかったのに、すごいね、いいねって言ってくれてすごく恥ずかしくなった。だから、今度はちゃんとその人に応えたくなりました」
「そっか。そういうの、いいよな。ちゃんと繋がってる感じ。誰かがどこかで見ててくれるって。この旗も届くといいな」
「はい」
終業式が終わり、守羽は美術室で待っていた。
「守羽?」
「お邪魔しまーす」
美術室のドアが開いて夏向と木下が入って来る。大きく張った応援旗を見て
「おおー、カッコいー!!いいじゃーん」
と木下が声を上げた。
白い雲を突き抜けるようにユニフォーム姿の夏向の背中を描いた。手には高跳びのポールを握っていて夏の空に向かって突き上げている。そして真ん中の夏向の背中に大きな一対の白い羽を旗いっぱいに描いた。
「どうかな?」
無言で目を見開いて旗を見上げる夏向の横顔に恐る恐る訊いた。
気に入ってくれた?
夏向が何も言わずに教室を飛び出して行く。
「あ?え?夏向っ?」
守羽は慌てた。
何?ダメだった?
追いかけようとした守羽の肩を木下が両手で掴んだ。
「だーいじょうぶ」
くるりと体の向きを返され、肩を組まれた。木下と旗を見上げる。
「ナツ、感動し過ぎちゃってるだけだから。もうちょっと浸らせとこ」
と木下は守羽に笑顔を向けた。
「え?ほんとに?気に入らなくて怒って帰ったんじゃっ」
「んなわけないって。ナツの夢、まんまの絵じゃん。気にいらないわけないっしょ?」
「え?夢って?」
「え?これ、この羽。ナツが描いて欲しいって言ったんじゃないの?」
「羽・・?ううん、どんなのがいいか訊いたけど、任せるって言われて・・」
「え?聞いてないのに、渡貫、羽、描いたの?マジか。君ら、すげぇな。ちょっとカンドー。」
木下が驚いた顔をする。
「どういうこと?」
「うん?去年の野球部のやつにもさ、羽、描いてたじゃん?」
「ああ、あれは、学校のシンボルマーク入れただけで・・」
「あ、そうなの?ナツさぁ、あれ見た時、もう超興奮して、自分にもあんな羽が欲しいってずっと言っててさ」
「あ・・」
「そっから大会の前には絶対、あの旗見に行くようになって。インハイの選考試合の前に取り外された時、結構、落ち込んでたのよ」
ニカッ、と木下が守羽を見て笑う。
「そんなの、夏向、何にも言ってなかった・・」
「あいつさー、あんま自分からああしたいとかこうしたいとか言わないから、渡貫にもなかなか旗の事、頼めなくってさ。いっつも周りに合わせて笑ってるだけだろ?あんななりして中身、寂しいと死んじゃうウサギみてーなとこあるから。でも、良かったよ、渡貫がナツのことわかってくれてるみたいで。なによー、知らなかったのにこんなん描いちゃうとか、どんだけ愛し合ってんのよ」
ギュッと首に手を回されてユサユサと揺すぶられる。
「愛って、ちょっ、木下君っ」
「キノッ、守羽に触るなっ」
突然、後ろから夏向の声が聞こえて木下がビクリと飛び退る。
「おわ、ゴリラ出たっ」
「誰がゴリラだよっ」
捕まえようとする夏向の手を木下はスルリとかわし
「んじゃ、俺、先に練習行くね。ドンちゃんにはうまく言っとくから。ごゆっくりー」
と教室を飛び出して行った。
「夏向?」
呼びかけた瞬間、守羽は夏向の腕の中に抱きしめられていた。
「ありがと、守羽」
「気に入った?」
「うん、最高に嬉しい。マジで、なんでわかったの。もう、信じらんないほど幸せ」
「良かった。夏向が僕の絵でもっと高く跳べるかもって言ってくれた時、ほんとに嬉しかった。夏向の気持ちにどうやったら応えられるんだろうって思って。そしたら夏向にどうしても、羽、あげたくなったから」
守羽は両手で夏向の頬を挟んだ。顔を寄せて唇を合わせる。
「応援の気持ち、今度はいっぱい込めたよ」
「うん、ありがとう。今までで一番高く跳んでくるな」
守羽は背の高い夏向の首にうんと背伸びをして手を回した。
「思いっきり高く跳んできて」
夏向の首を引き寄せ守羽はもう一度熱く唇を押し付けた。
ようやく夏向の応援旗が出来上がったのは終業式の前の日だった。
「渡貫君、お疲れさま」
「部長もお疲れ様でした。手伝ってもらってありがとうございました」
毎日、閉門ギリギリまで作業を続ける守羽に部長は何も言わず、ずっとつきあってくれていた。
「カッコいいの、出来たね」
「そうかな、本人が気に入ってくれたらいいけど」
残る不安はそれだけだ。
「渡貫君、ずいぶん変わったね」
「え?そうですか?そうかな」
「うん。去年の野球部の応援旗の時は、どうせ誰も見てないから、部員に気に入ってもらう必要なんかないんじゃないですか、って言われて、うおっ、ってなったの覚えてる」
その言葉に二人で笑う。
「僕、そんなこと言いましたっけ。部長、うおっ、ってなったんですか?」
「うん、なった。綺麗な顔してエグいこと言うなーって」
「あはは、そっか。結構、本気でそう思ってました。こんなもん、誰が見るんだって」
「なかなか拗らせてるね」
「ですね。でも誰も見てないと思ってたあの旗を見てくれてた人がいたんです。誰に向けても描いてなかったのに、すごいね、いいねって言ってくれてすごく恥ずかしくなった。だから、今度はちゃんとその人に応えたくなりました」
「そっか。そういうの、いいよな。ちゃんと繋がってる感じ。誰かがどこかで見ててくれるって。この旗も届くといいな」
「はい」
終業式が終わり、守羽は美術室で待っていた。
「守羽?」
「お邪魔しまーす」
美術室のドアが開いて夏向と木下が入って来る。大きく張った応援旗を見て
「おおー、カッコいー!!いいじゃーん」
と木下が声を上げた。
白い雲を突き抜けるようにユニフォーム姿の夏向の背中を描いた。手には高跳びのポールを握っていて夏の空に向かって突き上げている。そして真ん中の夏向の背中に大きな一対の白い羽を旗いっぱいに描いた。
「どうかな?」
無言で目を見開いて旗を見上げる夏向の横顔に恐る恐る訊いた。
気に入ってくれた?
夏向が何も言わずに教室を飛び出して行く。
「あ?え?夏向っ?」
守羽は慌てた。
何?ダメだった?
追いかけようとした守羽の肩を木下が両手で掴んだ。
「だーいじょうぶ」
くるりと体の向きを返され、肩を組まれた。木下と旗を見上げる。
「ナツ、感動し過ぎちゃってるだけだから。もうちょっと浸らせとこ」
と木下は守羽に笑顔を向けた。
「え?ほんとに?気に入らなくて怒って帰ったんじゃっ」
「んなわけないって。ナツの夢、まんまの絵じゃん。気にいらないわけないっしょ?」
「え?夢って?」
「え?これ、この羽。ナツが描いて欲しいって言ったんじゃないの?」
「羽・・?ううん、どんなのがいいか訊いたけど、任せるって言われて・・」
「え?聞いてないのに、渡貫、羽、描いたの?マジか。君ら、すげぇな。ちょっとカンドー。」
木下が驚いた顔をする。
「どういうこと?」
「うん?去年の野球部のやつにもさ、羽、描いてたじゃん?」
「ああ、あれは、学校のシンボルマーク入れただけで・・」
「あ、そうなの?ナツさぁ、あれ見た時、もう超興奮して、自分にもあんな羽が欲しいってずっと言っててさ」
「あ・・」
「そっから大会の前には絶対、あの旗見に行くようになって。インハイの選考試合の前に取り外された時、結構、落ち込んでたのよ」
ニカッ、と木下が守羽を見て笑う。
「そんなの、夏向、何にも言ってなかった・・」
「あいつさー、あんま自分からああしたいとかこうしたいとか言わないから、渡貫にもなかなか旗の事、頼めなくってさ。いっつも周りに合わせて笑ってるだけだろ?あんななりして中身、寂しいと死んじゃうウサギみてーなとこあるから。でも、良かったよ、渡貫がナツのことわかってくれてるみたいで。なによー、知らなかったのにこんなん描いちゃうとか、どんだけ愛し合ってんのよ」
ギュッと首に手を回されてユサユサと揺すぶられる。
「愛って、ちょっ、木下君っ」
「キノッ、守羽に触るなっ」
突然、後ろから夏向の声が聞こえて木下がビクリと飛び退る。
「おわ、ゴリラ出たっ」
「誰がゴリラだよっ」
捕まえようとする夏向の手を木下はスルリとかわし
「んじゃ、俺、先に練習行くね。ドンちゃんにはうまく言っとくから。ごゆっくりー」
と教室を飛び出して行った。
「夏向?」
呼びかけた瞬間、守羽は夏向の腕の中に抱きしめられていた。
「ありがと、守羽」
「気に入った?」
「うん、最高に嬉しい。マジで、なんでわかったの。もう、信じらんないほど幸せ」
「良かった。夏向が僕の絵でもっと高く跳べるかもって言ってくれた時、ほんとに嬉しかった。夏向の気持ちにどうやったら応えられるんだろうって思って。そしたら夏向にどうしても、羽、あげたくなったから」
守羽は両手で夏向の頬を挟んだ。顔を寄せて唇を合わせる。
「応援の気持ち、今度はいっぱい込めたよ」
「うん、ありがとう。今までで一番高く跳んでくるな」
守羽は背の高い夏向の首にうんと背伸びをして手を回した。
「思いっきり高く跳んできて」
夏向の首を引き寄せ守羽はもう一度熱く唇を押し付けた。