『波動記録の活用による意識の量子化と多次元化の可能性に関する検討』

 気に入らない。
 吐き捨てるような思いとともに途中まで読んだ学術誌を机の上に放り投た。
 突然現れた人間にあっという間に先にいかれた。これでもこの分野では世界的に見ても最先端を競っている自信はあったし、そこに到達するまでに少なくない犠牲を払って努力してきたつもりだ。それを横から出てきたようなやつに一瞬で抜き去られた。
 論文に書かれていたのはこれまで積み上げられてきた観点とはまるで異なる視点で、傍目には眉唾ものだったけど、掲載されているのは査読が厳しいことでも知られる学術誌だ。
 完全に虚を突かれた。浮かんでくるのは悔しさよりも、出し抜かれたような無力感だった。

「宮入、翔太……」

 数年前には何度か名前を聞いたことがあった。でもそれは医学とか創薬分野での話で、私とは関係ない世界の人間としてのはずだった。
 分野の違いもさることながら、何よりも。

「貴方は遥か昔にオカルトの領域に堕ちた人間のはず……」

 期待の若手として一世を風靡した宮入翔太は、そのまま真っ当な研究者としてのキャリアを積み上げることはなく、ほどなくして「呪い」とやらの研究に傾倒していき、あっという間に学界から姿を消した。
 そのはずだった。
 その宮入翔太が異分野であるはずの領域でいきなり革新的な成果を上げた。
 何か環境に大きな変化があったのか、それとも。

――宮入翔太は本物の天才なのか。

「……認めない。貴方が何者か確かめるまでは」

 一度放り投げた学術誌を拾い、もう一度初めから宮入翔太の論文を読み直す。
 今まで私が選択してきたものが間違ってなかったと信じるためには、そこから始めるしかなかった。