「本当にいいんだね?」
「もう、何回それ言うんですか。宮入博士」
心配そうに私を見つめる宮入博士の顔に思わず吹き出してしまう。
私たちが作った装置は完成を迎えたけど、宮入博士はかつて罹った呪いのせいで自らが次元を超えることはできなかった。波動を記録するときに、脳に負ったエラーをそのまま記録して別の次元に飛ばすことができない。エラーを修復しようにも、手の付けようがなかった。
「向こうについてから必要となるデータも飛ばしているので、向こうでちゃんと受信できるはずですし、ちょっとくらい位置がずれててもあちこち探して見つけますよ」
「博士が上手くやるのはわかってるけど、僕の身勝手な救いの為に博士を――」
犠牲に、という言葉を口にしそうな宮入博士の唇に人差し指を突き付ける。
「私、宮入博士と知り合ってからずっと、後悔してきたことがありました」
私の突然の言葉に宮入博士は不思議そうに首をかしげる。
「私、高校時代に親の仕事の都合で引っ越して、転校したことがありまして」
「うん」
「その時、候補としては宮入博士が通っていた永尾高校も選択肢だったんです。親は引っ越すけど、私は地元の近くに残って下宿から通うっていうちょっと不思議な選択肢ですけど。あの時、そうすべきだって思いが不思議とずっと頭にあったんですけど、親に言い聞かされて結局私も引っ越しちゃいました」
あの不思議な感覚は運命だったんじゃないかと、非科学的だとは思いながら今ではそう信じてる。
「あの時、直感を信じて永尾高校を選んでたら、私は高校時代の宮入博士と知り合って、また違った関係になっていたかもしれませんよ?」
本心は知られたくなくて、できるだけ冗談めかして笑ってみると宮入博士は苦笑を浮かべた。
「じゃあ、今回の計画は……?」
私の意識を飛ばすのは高校一年生の2月。親の転勤に伴う引っ越しが決まって、私の高校をどうするか話し合っていた時だ。この世界の私は親と一緒に引っ越す道を選んだけど、その部分からやり直す。
「はい。宮入博士のためだけじゃなく、私の野望もこもってます。私のあの時の選択をやりなおして……ちゃんと宮入博士と時乃さんを救いますので、その後に時乃さんから博士のことを奪ってても怒らないでくださいね?」
「約束する。怒らないよ」
よし、言質はとった。まあ、この世界の宮入博士から言質を取ったところで、今から行く世界の宮入博士は私のこと影も形も知らないのだけど。
「それに、高校二年のタイミングなら僕のクラスは他のクラスより一人少なかったし、転校生は高確率で僕のクラスに割り当てられると思う。客観的に見てもタイミングは悪くない」
宮入博士は冷静にそんなことを語って、多分私の言うことなんて冗談としか思っていないんだろう。私自身がそう仕向けたところもあるけど、少しだけ寂しさがよぎる。
でも、全部わかっていたことだ。だから、ほんのわずかな可能性にかけて。宮入博士も時乃さんも私もみんなが望む未来を目指す。
何より、宮入博士と過ごす高校生活はきっと刺激的で眩しくて。だから、今は不安よりも楽しみの方が多かった。
「でも、博士の珈琲が飲めなくなるのは寂しくなるなあ」
本当に寂しそうな顔を浮かべる宮入博士に、少し胸が締め付けられて、同時にあることを思いついた。
ずっと我慢してきたけど、この時くらいは時乃さんだって許してくれるだろう。
「宮入博士。最後に餞別としてワガママを聞いてもらってもいいですか?」
「うん。僕にできる事なら何でも言って」
「最後に一回だけでいいです。私の名前を呼んでもらっていいですか?」
宮入博士は一瞬驚いたような顔をして、それからすぐに表情を和らげる。
ずっと握りしめたかった手が、私の頭の上にポンと優しく乗せられた。
「ありがとう、助けてくれて。香子がいてくれてよかった」
ああ、よかった。
これまでこの人と一緒に研究をしてきてよかった。
この人の心は雁字搦めに縛られたままかもしれないけど、私がここにいる限り、救い上げることはできないから。
だから、どこかの世界にいるこの人とその大事な人を助けに行こう。
「どういたしまして。翔太さん」
――それは、この世界へのサヨナラの言葉。
「もう、何回それ言うんですか。宮入博士」
心配そうに私を見つめる宮入博士の顔に思わず吹き出してしまう。
私たちが作った装置は完成を迎えたけど、宮入博士はかつて罹った呪いのせいで自らが次元を超えることはできなかった。波動を記録するときに、脳に負ったエラーをそのまま記録して別の次元に飛ばすことができない。エラーを修復しようにも、手の付けようがなかった。
「向こうについてから必要となるデータも飛ばしているので、向こうでちゃんと受信できるはずですし、ちょっとくらい位置がずれててもあちこち探して見つけますよ」
「博士が上手くやるのはわかってるけど、僕の身勝手な救いの為に博士を――」
犠牲に、という言葉を口にしそうな宮入博士の唇に人差し指を突き付ける。
「私、宮入博士と知り合ってからずっと、後悔してきたことがありました」
私の突然の言葉に宮入博士は不思議そうに首をかしげる。
「私、高校時代に親の仕事の都合で引っ越して、転校したことがありまして」
「うん」
「その時、候補としては宮入博士が通っていた永尾高校も選択肢だったんです。親は引っ越すけど、私は地元の近くに残って下宿から通うっていうちょっと不思議な選択肢ですけど。あの時、そうすべきだって思いが不思議とずっと頭にあったんですけど、親に言い聞かされて結局私も引っ越しちゃいました」
あの不思議な感覚は運命だったんじゃないかと、非科学的だとは思いながら今ではそう信じてる。
「あの時、直感を信じて永尾高校を選んでたら、私は高校時代の宮入博士と知り合って、また違った関係になっていたかもしれませんよ?」
本心は知られたくなくて、できるだけ冗談めかして笑ってみると宮入博士は苦笑を浮かべた。
「じゃあ、今回の計画は……?」
私の意識を飛ばすのは高校一年生の2月。親の転勤に伴う引っ越しが決まって、私の高校をどうするか話し合っていた時だ。この世界の私は親と一緒に引っ越す道を選んだけど、その部分からやり直す。
「はい。宮入博士のためだけじゃなく、私の野望もこもってます。私のあの時の選択をやりなおして……ちゃんと宮入博士と時乃さんを救いますので、その後に時乃さんから博士のことを奪ってても怒らないでくださいね?」
「約束する。怒らないよ」
よし、言質はとった。まあ、この世界の宮入博士から言質を取ったところで、今から行く世界の宮入博士は私のこと影も形も知らないのだけど。
「それに、高校二年のタイミングなら僕のクラスは他のクラスより一人少なかったし、転校生は高確率で僕のクラスに割り当てられると思う。客観的に見てもタイミングは悪くない」
宮入博士は冷静にそんなことを語って、多分私の言うことなんて冗談としか思っていないんだろう。私自身がそう仕向けたところもあるけど、少しだけ寂しさがよぎる。
でも、全部わかっていたことだ。だから、ほんのわずかな可能性にかけて。宮入博士も時乃さんも私もみんなが望む未来を目指す。
何より、宮入博士と過ごす高校生活はきっと刺激的で眩しくて。だから、今は不安よりも楽しみの方が多かった。
「でも、博士の珈琲が飲めなくなるのは寂しくなるなあ」
本当に寂しそうな顔を浮かべる宮入博士に、少し胸が締め付けられて、同時にあることを思いついた。
ずっと我慢してきたけど、この時くらいは時乃さんだって許してくれるだろう。
「宮入博士。最後に餞別としてワガママを聞いてもらってもいいですか?」
「うん。僕にできる事なら何でも言って」
「最後に一回だけでいいです。私の名前を呼んでもらっていいですか?」
宮入博士は一瞬驚いたような顔をして、それからすぐに表情を和らげる。
ずっと握りしめたかった手が、私の頭の上にポンと優しく乗せられた。
「ありがとう、助けてくれて。香子がいてくれてよかった」
ああ、よかった。
これまでこの人と一緒に研究をしてきてよかった。
この人の心は雁字搦めに縛られたままかもしれないけど、私がここにいる限り、救い上げることはできないから。
だから、どこかの世界にいるこの人とその大事な人を助けに行こう。
「どういたしまして。翔太さん」
――それは、この世界へのサヨナラの言葉。