翌朝、いつもより少し早く家を出て、北斗の家には寄らずに駅までの道を歩いた。一人で歩く、朝の世界。――そういえば。ほとんど無かったのかも。
北斗は元気で学校も休まなかったから、オレの登校時、いつも一緒に居てくれた。オレは結構風邪をひいて休んでて、するとお見舞いにきた北斗が、「お前がいないと朝さみしい」って言ってくれてた。……そうか、これかぁ……。
――本当。さみしいな。これが、ずっとになるのか――しょんぼり歩いていると。
「おはよ」
北斗の声が後ろからして、あ、と思って、声をかけようと思ったけど。
北斗は立ち止まらず、オレを追い越して――そのまま、先に、行ってしまった。
ズキン。胸が痛い。うう。なんだこれ。もしかして、病気かなと思うくらい、痛い。
北斗は歩くのが速くて、どんどん離れていく。
昨日まで、オレと同じスピードで、歩いてくれていたのはなんだったんだと思うくらい、速い。北斗、本当にゆっくり歩いてくれていたんだ。足手まといだったかな……。
余計しょんぼりな気持ちになって、俯きながら歩く。
おはよう、言えなかった。
顔も、見てくれなかった。
じわ、と涙が滲む。ごし、とこすって、深呼吸。
――北斗、怒ってる。何でだろう。
だって、朝。一緒に居ても、話せないし。こんなのを三年間も、続けたくないもん。
オレを気にしながら、友達と話してほしくもない。そんなの申し訳ないし。
だって、今までもずっと、振り返ってくれて。話しかけてくれて。待っててくれて。
――これ以上、迷惑、かけたくなかったし。
道だけ一緒に歩いて、ホームについたら別れる、とかもなんか寂しかったし。それならいっそ、別々にって……。
それに。
北斗、きっと。彼女とか。出来るだろうし。
彼女ができたから、もう一緒に行けない、とか。言われたくなかったんだもん。
その前に、オレのこの想いを。
友達としての大好きに変えておかないとって――思っただけで。
友達としてすら居れなくなるなんて、思わなかった。
なんでこんなことに……。
改札を通って、ホームを進む。いつも一緒に立ってた列までは行かず、少し手前の列の後ろに立った。電車の中に入ると、オレに気付いた佐々木くんが、電車の中を移動してきてくれた。
「今日はこっち?」
「あ、うん……明日もこっちかな」
「そうなんだ……」
ふうむ、顎に触って、何かを考えている佐々木くん。
「んーなんかこじれてるのか……? まあそれも、展開的にはおいしいけど……」
……また何かよく分からないことを呟いているけど、突っ込む元気もなかった。すると、佐々木くんは、オレをふと、見つめた。
「なんか、優、顔色悪くない?」
「……あ、ちょっと昨日夜更かししちゃって」
そういえば、頭痛がするし、喉も痛いかも。
「ああ、寝坊したからか」
「ん?」
「寝癖ついてるよ、ここ」
髪の毛の一部に触れられて、ぴんぴんと引っ張られる。
「あ」
――朝の儀式、しなかったからだ。寝癖直しも、笑顔の練習もしなかった。
「あとで学校に着いたら、直してあげるよ。ヘアワックス、置いてあるから」
「さすが……イケメンくんだね、佐々木くん」
「いやいや、優の幼馴染みには到底かなわないから」
佐々木くんもすごくカッコいいよ、と言いながらも、まあでも北斗には誰も勝てないなと、こっそり思ってしまう。北斗は、ワックスとかつけなくても、なんとなく自然と前髪が流れるように切ってもらってるみたいで、さらさらの茶髪。髪型すらカッコイイもんね……。
「そういえば今週中に、部活の仮入部届けださないとだよね。優は、部活入る?」
「あ、うん。入ろうと思ってるんだけど……」
「バド部って言ってたっけ?」
「そうなんだけど、高校では、ちょっと違うのが良くて……」
そう言った時、けほ、と少し咳が出た。続けて何度か。
「大丈夫?」
「あ、うん。喉がちょっとイガイガしてて。大丈夫。――佐々木くんは何の部活入るの?」
「んー。どうしようかな。パソコン部でプログラミングもしたいけど、創作部入って、小説とか漫画もいいなぁと思って」
「えっすごい!」
「完全に趣味」
「すごいよ~」
他愛もなく話しているのだけれど。
さっき、追い越されてしまった北斗の後ろ姿。胸が痛すぎて、喉の奥が、つん、としみる。おはようとは言ってくれたけど。――頭をぽん、てしながらの、笑顔のおはようとは、天と地ほどに違う。