そして、翌朝。オレは、鏡の前に立った。
 寝癖を直す。サラサラではあるのだけど、所々、ピヨンと跳ねやすいので、いつもの寝癖直しと、にっこり笑顔。

 ――ああーなんか。……今日は、全然良い笑顔じゃないな。やっぱり言いたくないからかな……。待って。どうやって笑ってたっけ、今まで。
 にこにこしてみるけど、なかなか、うまく笑えない。

 オレ、九年間、北斗に会いに行く朝は、オレの中では一番良い笑顔で行ってた筈なんだけど。今日は、出来そうにない。いやでも、北斗を見て、普通に笑えば、きっとなんとか。
 そう思いながら、玄関を出た。

「優――」
「おはよ、北斗」
「どした? 具合悪い?」
「えっ」

 顔見てすぐに、そんな風に言われて。
 北斗が、オレの額に手を置く。どきん、と胸が震えてしまう。

「ううん、大丈夫だよ」
 ドキドキするその手から離れる。

 ――なんて言ったら、良いんだろう。

「あのね、北斗……?」

 ドキドキしながら呼ぶと、ん? と首を傾げてオレの顔をのぞき込む。

 ――顔が。良すぎる。
 もう九年間も見続けてるのに、このドキドキをくれるのは、ほんとうに尊い。
 しかも、オレが知る全人類の中で、一番優しくて、一番頑張り屋で、一番、中身もカッコイイと思っているので、なんというか……この、素晴らしすぎるお顔が、中から光って見えるというか。もう、なんか、まっすぐな視線が、大好きすぎて、もう、本当に本当に、死ぬまで見つめていたいというか。
 
「どした?」

 声も良すぎて。好き。
 低すぎず、高すぎず。中学で声変わりの時、ちょっと掠れてたのも、カッコよかった。
 どうしてこの人は、オレの好みのど真ん中をすべて、打ち抜いてきてくれるのだろう。もう本当。好き。大好き。
 本当は。
 ずっとずっと、隣に居たいんだけど――。

「あのね、北斗……朝、迎えに行くの、今日までにしようと思って。明日から、別で、行こうかなって……」
「――」

 言った瞬間。北斗が硬直して、ぎぎぎ、とロボットみたいな動きで、オレの方を見た。
 えっ、なにそれ。どうしたの? そんな動きの北斗、初めて見たような。
 そんな風にされて、なんだかめちゃくちゃ焦ってしまう。

「あ、あのね……電車、他の人達、一緒だし……駅までの道もさ、北斗の一歩とオレの一歩、全然違うし……あわせて貰うのも、悪くて……北斗はそんなに早く出なくても、着くし……」
「――」

 全然何も言ってくれない。