――高校入学して二週目、月曜の朝。

 鏡の前で寝癖を直して、にっこり笑う。
 別に特別良くもない、普通の顔だけど。にっこり笑えばそれなりに明るくはなる。
 北斗に会うと自然と笑顔になるから、練習する必要も無いのかもだけど……でも、オレなりに一番の笑顔で会いたい。

「いってきまーす」
 約束の時間の一分前に、お母さんに声をかけて家を出ると、北斗も大体ちょうど玄関を出てきて、オレと目が合う。

「北斗、おはよ」
「おはよ、優」

 近づくと、太陽みたいな笑顔の北斗が、ぽん、と頭に触れてくれる。これが、一日の元気のもとになってるとか。絶対、北斗は知らないけど。この土日は、北斗一家が田舎で法事だったので、余計、顔が見られて嬉しい。

「どうだった? 田舎」
「まあ法事だから、楽しいことはなかったし。車移動が長くて疲れた」
「そっか、お疲れ」
 そう言って見上げると、北斗は、ふ、と優しく笑った。

「そういえば、優、クラスに友達できた?」
「あ、うん。何人か話せるようになってきたかも」
「――朝、電車で会う眼鏡の奴は、仲良いの?」
「あ、うん。席も今、オレの後ろなんだよね。佐々木くんって言うんだけど」
「佐々木、か」
 ふうん、と北斗が頷く。

「顔は派手なんだけど、すごく穏やかなの。ただなんか、ちょっと変わってて」
「ん?」
「んー。北斗のこと萌えるって言ってた」
「……萌える?」
「うん。なんか……理想的なんだよなぁって。ちょっとよく分かんないんだけど。好きな漫画のキャラに似てるらしいよ?」
「……変な奴なら近寄るなよ?」
「あ、はぁい」
 またちょっと過保護な北斗が現れた。たまに出現するのだけど、そのたびにクスクス笑ってしまう。

 楽しいなぁ。のんびり焦らずに話せるのが、本当に、好き。
 オレは仲良くない人とはなかなかうまく話せないし、早口の人も苦手。からかったり、いじったりしてくる人も、どう返していいか分からないし。
 北斗は誰とでもあわせて楽しそうに話せるから、ほんと尊敬。

「そういえば、こないだ優と行ったパン屋あるじゃん?」
「うん」
「あそこのクッキーを母さんが買ってきててさ。結構おいしかった」
「そうなの? よかったね」
「甘さ控えめって感じで。やっぱ、砂糖はそんなに取りたくねーけど、甘い物は食べたいんだよなぁ」
「昔から同じこと言ってるよねぇ」
 ふふ、と笑ってしまう。
「昨日は一枚しかなくてさ。今度またあのクッキー買ってくるから、一緒に食べよ」
「うんうん」
 頷くと、ふ、と笑う北斗が、またぽふぽふとオレの頭に触れた。駅に着いて、ホームに立つ。電車が入ってきて、ドアが開いた。

「あ、おはよー北斗」
 明るい声がいくつも響いて、北斗の周りに人が寄ってきた。オレは、絶対気付かれないように小さく息をついた。
 週が明けても、これかぁ。……ずっとこのままかな。
 やっぱり、高校で電車通学となると、朝二人きりというのは、難しいみたい。これ以上早く行くのはちょっと無理かな。

 毎年クラス替えの後の帰り道は、新しい友達と帰った方がいいって理由で、別々に帰ってた。まあこれは、オレがせっかく新しい子と話してるのに、「北斗と帰るから」って別れないほうがいいよねって北斗が考えてくれて、オレもそうだなあって思って、毎年そんな感じで四月は過ごしてたからなんだけど。なんか北斗って、オレのお母さんみたいなとこもある。いつも気にかけてくれて、色々考えてくれる。今年もそんな感じで帰りも別にしてたから余計かな。でも結局、部活が始まったら、きっと、一緒に帰ることはそんなにないんだろうし。
 朝、このキラキラさんたちは、もうずっとおなじとこに乗るんだろうし。そういえば先週、北斗がちょっと何かを感じたのか、別の車両に乗ろうかってオレに聞いてくれたけど。なんか避けるみたいで微妙だし、そっちにも誰かいるかもだし、んー、なんか、北斗が人気者な限り、これはもう仕方のないことだと思う。

 こうなると、潮時だよね。うん。
 北斗と二人きりの朝も。多分帰りも、無理そう。

 よく九年間も、一緒に通って貰えたものだよな、うん。むしろ北斗には、感謝しかない。
 ――オレは、その夜、寝不足になりながら一生懸命考えて、ある決意をした。