誰にも言ってない、密かな朝の儀式。

 鏡の前で、髪を整えて、寝癖を直す。にっこり、笑顔の練習。
 北斗に、一番の笑顔で、おはようって、言えるように。
 誰でも身だしなみは整えるだろうけど。オレのこれは、北斗に会うためだけの、儀式。

 北斗は漫画とかで言えば、絶対主人公。オレは、全然目立たず埋もれてしまう、名も無い「モブ」くん。

 勉強も普通。運動は微妙。ちゃんと頑張ってたバドミントンも、中学の間ずっと補欠だった。まあ楽しかったからそれは良いのだけど。生徒会とか学級委員とか、まるで関係ないし。行事でも目立たない。クラスに何人かの友達が居て、普通に静かに仲良くして、平穏な時を過ごせればいい、というタイプなので、北斗とは真逆。
 名前も、良い感じで目立たず、「江藤 優(えとう ゆう)」という。優しい子になるようにってつけられた名前。……まあ、優しい、おもいやりがある、掃除とかをちゃんとやるって、通知表には書かれてた。唯一の長所というか。それしか書くことないのかな、名前見て書いてない? ってくらい、毎年書かれてたけど。

 北斗は、バスケを小学生から続けてて、中学一年からレギュラーで試合に出てた。誘われるまま、いっぱい応援に行ったっけ。カッコよかったなあ……。それに、学級委員とか放送委員とか応援団長とか、生徒会とか、弁論大会とか、もう、色んなところで目立つ物を制覇していく北斗は、ほんとすごい。
 正直、家が隣ということ以外、北斗がオレと一緒に居てくれる理由が思いつかない。そんなレベルで、全然違う。

 オレは、恋してるし、憧れてるし、大好きでたまらないけど。
 ……はて。北斗はどうして、オレと居てくれるのかなと、実は九年間、ぼんやりとだけど、ずーーっと、思っていた気がする。

 まあなんとなく思うのは……北斗は、色々頑張りすぎてたし、バスケとかも忙しかったから、ゆっくりなオレと居るのが楽だったのかなと、それは思う、かも。

 平日も土日も、北斗とオレは部屋をしょっちゅう行き来してたけど、でも、特に何をするって訳でもなくて。テレビ見たり、勉強したり。楽しいのかなって、ちょっと心配だったけど、なんかそのまんまで、中学を卒業するまで一緒だった。

 オレは中学の途中から、恋だなって思ってて、だから、二人きりの部屋はドキドキしてたけど、悟られないように頑張った。だって、気持ちがバレて、一緒に居られなくなるのは、絶対嫌だったから。

 成績は、絶対北斗の方が良かったんだけど、近い県立ってことで、志望校がオレと一緒になったのは、本当に、嬉しかったっけ。

 一緒に居られた大きな理由のひとつは、北斗に彼女ができなかったこと。めちゃくちゃモテてたのに。ラッキーだったのかも。彼女がいたら、オレとはこんなには居てくれなかっただろうし。

 そんな九年間を過ごして、この春、無事同じ高校に入学。
 クラスは別になってしまった。


 オレは、これから、どうやって北斗と過ごすべきなのか、ちょっと悩んでいる。



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