12月になり、ついに指定校推薦と公募推薦の結果発表がされる日がきた。
 どちらも同じ日にネット上で結果が発表される。
 私と惣太郎くんは、放課後の誰もいない屋上でスマホを握りしめる。
「よし、俺の方はオッケー。手前の画面まで来たよ」
 合否の発表の今日の昼に行われているけれど、その時間は授業中だったからリアルタイムで見れなかった。
 休み時間に見るのも心の準備が……ということで、放課後に一緒に結果発表を見ることになった。
 学校で見れば結果をそのまま先生に伝えに行けると言う理由で学校に残った。屋上を選んだのは、私が感情を露わにしても人気がないから誰にも力が及ばないだろうとう理由だった。
「……私も、いいよ」
 あとひとつ、「結果発表を見る」というボタンをタップすれば結果が表示される。
「いくよ」
「うん」
 深呼吸をした私たちは、2人で「せーの」と声を合わせてそのボタンに人差し指を乗せた。
 ぱっと変わった画面には……。
「「合格!」」
 2人の声が重なった。
 見合わせた顔は驚きと喜びと、やり遂げたと言う達成感に満ちていた。
「やった! やったよ涼心!」
「うん! 合格おめでとう、惣太郎くん」
「ありがとう。涼心も合格おめでとう」
「ありがとう」
 お互いの健闘を称え合い、我慢できなくなってまた飛び上がって喜びを表現し合った。

 2人で少しだけ時間をずらして職員室に行き、加賀山先生に合格を報告した。
 湯気の立つコーヒーが入った青いマグカップを持って出てきた先生は、私たちの報告を聞いてぱっと表情を輝かせた。
「おぉ、2人とも合格したか! おめでとう、よくやった! 惣ちゃんは去年から成績が右肩上がりだったし、夕山も今年は学年で1桁になるまで頑張ってたもんな」
 もっと「おー、おめでとう」くらいの軽い感じで返されるかと思っていたが、加賀山先生は予想外にも丁寧に合格を喜んで頑張りを褒めてくれた。
「そういえば、2人は同じ大学を受験したんだったな。他にもあの大学を受験した人がいるから、知った顔は何人かいるだろ」
「へぇ、そうなんですね。うちのクラスにも受験した人います?」
「いるいる」
 惣太郎くんと加賀山先生が談笑を始めたのを、私は冷めた目で見ていた。
 だけど話の内容は気になったから、立ち去るタイミングを逃した体でその場に残って聞いていた。
「そっか。じゃあ2人だけじゃないんですね」
「そだなー。ま、仲良くやれよとは言わんけど、喧嘩はすんなよ」
「しないですよ! じゃあ俺帰ります」
「おう、本当におめでとう。あ、家族にも報告しろよ!」
「はーい。さようなら」
「はいさよなら」
 惣太郎くんが先に廊下を歩いて行った。
 私も先生にぺこりと頭を下げて背を向けようとしたが、「夕山」と先生に呼び止められた。
「何でしょうか」
 私は不愛想な声で聞き返す。
「高校、楽しかったか?」
 加賀山先生は2年から私の担任だけど、1年の時も数学は先生が担当だった。
 だから私が3年間誰とも仲良くせず、「名前の通り涼やかな心の奴」、「あの子には近づかない方がいい」と陰で言われていたことも知っているのだろう。
 だからどうにかしてくれる、ということもなかったけれど、先生になりに気にしてはいたのかもしれない。
 学校行事にも参加していなかったから、先生はきっと私がつまらない3年間を送ったと思っているのだろう。
 実際、2年の秋までは学校を楽しいと思ったことはなかった。
 行きたくないと思ったこともなかったけれど、積極的に行きたい理由もなかった。
 でもそれは惣太郎くんが転校してくるまでのこと。
 彼が私の隣の空席に座ったあの日から、私の日常はガラッと変わった。
 きっと先生は私と惣太郎くんの関係を知らない。学校では他人のように振舞っていたし、特別仲良くすることもなかったけれど必要最低限のことくらいは話をしていた。
 怪しまれないラインを守っていた。
 それでも学校外はかなり充足感があった。
 彼から逃げていた2年の冬休みから3学期は学校に行きたくないと思った日もあるけれど。彼とちゃんと話ができたあの日から、私はむしろ彼に会いたくて学校が楽しみになった。大っぴらに会話ができなくても、朝教室に入ってきた彼と目が合うだけで充分だった。
 私の高校生活はいいものだった。
 「……楽しかったですよ、ちゃんと」
 私は先生の前で初めて笑った。その微かな笑みに気付いた先生は、驚いた様子で少し頬を赤らめていた。
 惣太郎くんといると私の力を忘れそうになるけれど、やっぱり私には「人を魅了する力」が存在する。
 すぐに無表情に戻った私は、先生深く頭を下げた。
「ありがとうございました」
「お、おう。……いや、まだ2ヶ月くらい残ってるけどな」
「はい、そうですね」
 12月、1月が過ぎれば、3年生には2月は授業がない。3月に1度卒業式の練習で登校をして、そして私たちはこの学校を去る。
「先生、さようなら」
「あぁ、うん。さようなら。合格おめでとう。また明日」
「ありがとうございます。また明日」
 私は小さく頭を下げて先生に背を向けた。

 ガラガラの駐輪場には、私の自転車とその隣で寒そうに待つ惣太郎くんが待っていた。
「お待たせ」
「ん。先生に捉まってた? 珍しいね」
「ほんとにね」
「何話したの?」
 惣太郎くんの問いに、自転車の鍵を開けながら答える。
「高校楽しかったかってきかれただけ」
「へぇ。……で、なんて答えたの?」
「『楽しかったですよ、ちゃんと』」
 先生に答えたことと同じことを言った。先生に見せたものより少し深いものを一緒に。
「……え、まさか先生にその顔見せたの!? 大丈夫だった?」
「ほんのちょっとの微笑だよ。まぁ……少し顔赤くしてたけど」
「案件じゃん!」
「大丈夫だよ。すぐ引っ込めた」
「俺というものがありながら!」
「まるで私が浮気したみたいに言う」
 軽口を言い合って並んで自転車を押し歩きながら、私たちは家族に合格を報告するために学校を出た。

ーー
「ただいまぁ」
「おかえり、お母さん。報告があります」
「そうよね! やっぱり今日よね!」
 少し疲れた様子で帰ってきた母は、私の台詞ですぐに笑顔を浮かべた。
「早く、早く教えて!」
 私に詰め寄ってくる母をどうどうと宥め、私は屋上で撮ったスクショ画像を見せた。
「はぁ~~っ! 合格よ、涼心! 合格って書いてある!」
 声にならないほど高い声を出した母は、何度も「合格よ!」と言って小さく何度も飛び跳ねた。まるで無邪気な子どものようだった。
「うん。受かったよ」
「ちなみに宇上くんは?」
「ふふ、彼も合格」
「きゃー! ついに2人とも大学生なのね!」
 私はともかく、会ったこともない娘の彼氏のことまで自分のことのように喜んでくれた。
 私を抱きしめる母の背中をポンポンと叩く。
「ありがとう」
 私は惣太郎くんの分もお礼を言った。
「あ、ちなみに特待生とかはどうやってわかるの?」
「郵送で来る合格通知があるんだけど。特待生になれてたらその通知も一緒に入ってるって」
 突然現実に戻ってきた母に内心戸惑いながら答えた。
「そうなのね。まぁでもひとまずはお祝いね! ビールよ! ワインがいい?」
「私に聞かれても……」
 母は私から離れていくと、冷蔵庫にお酒を探しに行ってしまった。

ーー
 卒業式はさすがに休みたくなかった。
 母も見に来てくれると言うし、卒業証書はちゃんと受け取りたいなと思った。
『宇上惣太郎』
「はいっ!」
 スピーカー越しに加賀山先生に呼ばれ、惣太郎くんは返事をして立ち上がった。
 そのあとも次々とクラスメイトの名前が呼ばれていく。
『夕山涼心』
「はいっ」
 最後に私の番が来て、はきはきとした声で返事をして立ち上がった。
『3年1組代表、宇上惣太郎』
「はいっ!」
 1人ずつ卒業証書を受け取っていた時間がかかるから、出席番号1番が代表して壇上に上がる。モデル体型の惣太郎くんが歩けば、ただの体育館もランウェイのようだった。
 ……改めて私はあの人と付き合っているんだなと思うと、勝手恥ずかしくなった。
 校長先生の前で一礼した惣太郎くんに、校長先生は卒業証書をすべて読み上げた。この後からは名前以外は以下同文になるから、惣太郎くんだけの特権だ。
『卒業おめでとう』
 校長の言葉に体育館が拍手に包まれる。惣太郎くんは片手ずつ証書に手を添えて受け取った。
『一同、礼』
 加賀山先生の号令で、私たちは一斉に礼をした。

 長い卒業式が終われば、体育館の外は別れを惜しんで記念撮影をする卒業生であふれかえっていた。
 私は惣太郎くんがクラスメイト達と写真を撮っている近くを通り過ぎ、離れた場所で待つ母の元へ向かった。
「卒業おめでとう、涼心」
「ありがとう、お母さん」
「で? あの背の高い子が宇上くんね。写真で見るよりイケメンじゃない」
「ちょっとお母さん?」
「だから取らないってば」
 外なのを気にして冷たい声音で話す私とは対照的に、母はのほほんと笑って惣太郎くんを見ている。
「今日は彼と帰るの?」
「うん。待っててってメッセージ来てたから。写真撮影が終わるまで待ってる。お母さんは先に帰る?」
「そうするわ。今日は卒業祝いメニューだから、早くしたくしなくちゃね」
 学校を出ていく母を見送り、私は人気のない校舎裏で惣太郎くんを待った。
 ここは彼が私に告白してくれた場所でもある。
 高校生活は、惣太郎くんが転校してきてからはあっという間だった。本当に。
「あ、いたいた、涼心。お待たせ」
 隅の方に座り込んでいた私を見つけた惣太郎くんが、こっちに駆け寄ってくる。
 私は立ち上がって制服に着いた砂を払った。
「もういいの?」
「うん。涼心待たせてるし」
「私のことはいいよ」
「俺が良くないの。ほら、こんなにほっぺた冷たくして」
 私の頬に手を当てた彼の顔が近づいてくる。慌てて目を閉じれば、軽く唇が重なった。
「卒業おめでとう、涼心」
「あ、ありが……とう」
 至近距離のお祝いの言葉に、私は言葉につっかえながらお礼を言った。
「と、唐突はびっくりする」
「ごめんごめん。なんかしたくなった」
「もう……」
 ヘラヘラとと笑う彼に、私は何も言い返す気になれなかった。
 その代わりに、私は背伸びをして彼の頬に唇を当ててやった。
「ぅえあ!?」
「卒業おめでとう、惣太郎くん」
 驚いて変な声を出す惣太郎くんに、お祝いの言葉を伝えた。
「ありがとう、涼心。好きだ!」
「わっ!」
 惣太郎くんは勢いよく私を抱きついてきた。そのまま自分の方に引き寄せるように抱きしめてくる。
 私も遠慮がちに抱擁を返し、ぎこちなくぽん、ぽんと背中を叩いた。
 体を離した惣太郎くんは、私に手を差し出した。
「帰ろっか」
「……うん」
  私はその手に自分の手を伸ばした。



「え、小指だけとか可愛い好き」
「わざわざ言わないで。……あと、私も好き」




end.