長澤さんは魚に興奮する。
その噂を流した犯人が笹川さんだと気づいたのは、家に帰ったあとだった。
長澤さんの秘密を知っているのは俺と笹川さんの二人だけ。俺が誰にもしゃべっていないから、秘密をバラしたのは笹川さんってことになる。
ベッドの上に座って笹川さんに電話をかける。
『もしもし』
「噂、笹川さんも知ってるよね」
笹川さんの声に被せる。
「長澤さんの、魚が好きって、その噂」
『それ、は……』
笹川さんが不自然にどもる。
これはもう間違いない。
笹川さんが秘密をしゃべったんだ。
「なんでしゃべったの? 秘密だって言ったよね」
『え、待ってよ。なんで私がしゃべったって決めつけるの』
「笹川さんしかいないだろ」
『私じゃないよ。そんなことするはずないじゃん』
「じゃあ他に誰がいるんだよ」
『知らないよそんなの。あのとき誰かが聞いてたんじゃないの?』
笹川さんが泣いているのが伝わってきた。
女の子を泣かせてしまったという罪悪感なんかやってこない。
『疑うなんてひどいよ。体育館裏で私たち以外の誰かが見てたんだよ。絶対そうだよ』
お粗末な言いわけだ。
ただ動かぬ証拠はないので、彼女がそう言っている以上はどれだけ問い詰めても意味がない。
『ってかさ、今私たちがやるべきことは言い争いじゃないでしょ。長澤さんのこと考えてあげないと。もしこれで長澤さんがいじめられるようになったら真っ先に私に言って。大切な友達だから絶対に助けるし』
「ああ、そうだな」
裏切り者とこれ以上会話したくなくて、適当に返事をして電話を終える。
噂の広がり方はすさまじいから、長澤さんの特殊性癖が周知の事実になるのは時間の問題だ。
そうなったとき、俺になにができるというのか。
――大切な友達だから絶対に助けるし。
笹川さんは長澤さんを大切な友達だと言った。
じゃあ俺にとって長澤さんはなんだったんだ?
恋人ではない。
友達とも違う気がする。
一緒に強大な敵に立ち向かった戦友は大げさか。
「……わかんねぇよ」
ただ、長澤さんと他人になってしまったことだけは紛れもない事実。
そんな俺にとって唯一の救いだったのは、笹川さんの予想に反して長澤さんがいじめられなかったってこと。
長澤さんは魚が好き。
その噂なら、翌日にはもう学校中に知れ渡っていた。
長澤さん自身も耳にしているだろう。
みんな心の中では長澤さんをキモいと思っているかもしれないが、センシティブな問題だと判断したのか、表立って攻撃する人は現れなかった。
キモい長澤さんをいじめてもいい、という空気にはならなかった。
その事実に安心している自分が、本当に腹立たしい。
――いきなり変なこと言うなよ。ありえないだろ。
学校から帰って、ベッドの上に力なく倒れる。
橋川に俺の特殊性癖がバレたかもしれないと焦って、自分を守るためだけに長澤さんを傷つけてしまった。
いや、そもそも聞かれてない可能性もある。
距離的に遠いし、考えすぎているだけかもしれない。
ってかあの場ではああするしかなかった。
むやみに特殊性癖をバラす必要なんかない。
……じゃあ長澤さんのお母さんと話したときは?
俺も性癖を明かして、特殊性癖なんか珍しくないと訴えて、長澤さんと一緒にお母さんを説得した方がよかったのではないか。
俺が長澤さんに真実を伝えるようけしかけたのに、俺は自分の性癖を明かさずにその場をなんとなく誤魔化して取り繕おうとした。
頭をかきむしる。長澤さんとかかわれなくなった今の方が長澤さんのことを深く考えている。元をたどれば俺たちを異常だと非難する世間が一番悪いんだ!
「違う、だろ」
悪いのは、俺だ。
保身したがる俺の弱さだ。
――いきなり変なこと言うなよ。ありえないだろ。
俺がその言葉を言ってしまった事実だけは永遠に残りつづける。
ずっと言いわけばかり。
俺は俺の行為をなんとかし正当化したいだけ。
見て見ぬ振りしたいだけ。
橋川にからかわれたとき、長澤さんじゃなくて俺の立場だけを考えてしまった。
そんな自分と向き合いたくなくて、笹川さんや世間を責めることで自分の罪から目を逸らそうとしている。
本当の裏切り者は俺だ。
本当にあとの祭りだ。
その噂を流した犯人が笹川さんだと気づいたのは、家に帰ったあとだった。
長澤さんの秘密を知っているのは俺と笹川さんの二人だけ。俺が誰にもしゃべっていないから、秘密をバラしたのは笹川さんってことになる。
ベッドの上に座って笹川さんに電話をかける。
『もしもし』
「噂、笹川さんも知ってるよね」
笹川さんの声に被せる。
「長澤さんの、魚が好きって、その噂」
『それ、は……』
笹川さんが不自然にどもる。
これはもう間違いない。
笹川さんが秘密をしゃべったんだ。
「なんでしゃべったの? 秘密だって言ったよね」
『え、待ってよ。なんで私がしゃべったって決めつけるの』
「笹川さんしかいないだろ」
『私じゃないよ。そんなことするはずないじゃん』
「じゃあ他に誰がいるんだよ」
『知らないよそんなの。あのとき誰かが聞いてたんじゃないの?』
笹川さんが泣いているのが伝わってきた。
女の子を泣かせてしまったという罪悪感なんかやってこない。
『疑うなんてひどいよ。体育館裏で私たち以外の誰かが見てたんだよ。絶対そうだよ』
お粗末な言いわけだ。
ただ動かぬ証拠はないので、彼女がそう言っている以上はどれだけ問い詰めても意味がない。
『ってかさ、今私たちがやるべきことは言い争いじゃないでしょ。長澤さんのこと考えてあげないと。もしこれで長澤さんがいじめられるようになったら真っ先に私に言って。大切な友達だから絶対に助けるし』
「ああ、そうだな」
裏切り者とこれ以上会話したくなくて、適当に返事をして電話を終える。
噂の広がり方はすさまじいから、長澤さんの特殊性癖が周知の事実になるのは時間の問題だ。
そうなったとき、俺になにができるというのか。
――大切な友達だから絶対に助けるし。
笹川さんは長澤さんを大切な友達だと言った。
じゃあ俺にとって長澤さんはなんだったんだ?
恋人ではない。
友達とも違う気がする。
一緒に強大な敵に立ち向かった戦友は大げさか。
「……わかんねぇよ」
ただ、長澤さんと他人になってしまったことだけは紛れもない事実。
そんな俺にとって唯一の救いだったのは、笹川さんの予想に反して長澤さんがいじめられなかったってこと。
長澤さんは魚が好き。
その噂なら、翌日にはもう学校中に知れ渡っていた。
長澤さん自身も耳にしているだろう。
みんな心の中では長澤さんをキモいと思っているかもしれないが、センシティブな問題だと判断したのか、表立って攻撃する人は現れなかった。
キモい長澤さんをいじめてもいい、という空気にはならなかった。
その事実に安心している自分が、本当に腹立たしい。
――いきなり変なこと言うなよ。ありえないだろ。
学校から帰って、ベッドの上に力なく倒れる。
橋川に俺の特殊性癖がバレたかもしれないと焦って、自分を守るためだけに長澤さんを傷つけてしまった。
いや、そもそも聞かれてない可能性もある。
距離的に遠いし、考えすぎているだけかもしれない。
ってかあの場ではああするしかなかった。
むやみに特殊性癖をバラす必要なんかない。
……じゃあ長澤さんのお母さんと話したときは?
俺も性癖を明かして、特殊性癖なんか珍しくないと訴えて、長澤さんと一緒にお母さんを説得した方がよかったのではないか。
俺が長澤さんに真実を伝えるようけしかけたのに、俺は自分の性癖を明かさずにその場をなんとなく誤魔化して取り繕おうとした。
頭をかきむしる。長澤さんとかかわれなくなった今の方が長澤さんのことを深く考えている。元をたどれば俺たちを異常だと非難する世間が一番悪いんだ!
「違う、だろ」
悪いのは、俺だ。
保身したがる俺の弱さだ。
――いきなり変なこと言うなよ。ありえないだろ。
俺がその言葉を言ってしまった事実だけは永遠に残りつづける。
ずっと言いわけばかり。
俺は俺の行為をなんとかし正当化したいだけ。
見て見ぬ振りしたいだけ。
橋川にからかわれたとき、長澤さんじゃなくて俺の立場だけを考えてしまった。
そんな自分と向き合いたくなくて、笹川さんや世間を責めることで自分の罪から目を逸らそうとしている。
本当の裏切り者は俺だ。
本当にあとの祭りだ。