「……これ、見ていいのか?」

 雅人のことを思うなら……いや、人として、見るべきじゃないことは分かっている。鍵をかけてまで人が隠している物なのだから。
 でも、どうしても気になって、俺はそっと箱を開けてしまった。

「手紙?」

 中に入っていたのは、何十通もの手紙だった。
 どの手紙も、宛先は俺。

 深呼吸をして、一番上においてあった封筒を取り出す。裏返してみると、先月の日付が記載されていた。

 これ、いつから書いてるんだ?

 箱の中から手紙を全て出し、一番下にある封筒の裏側を確認する。そこに書いていた日付は、今から四年前のものだった。
 当時、俺と雅人は中学一年生である。

 今ならまだ間に合う。手紙を全部箱の中にしまって鍵を閉めれば、なかったことにできる。
 ……だけど。

 一番新しい封筒を開けた。中から便箋を取り出して広げる。


『裕ちゃんへ

 裕ちゃん、大好きだよ。手紙でしか言えないし、手紙も渡せないけど。
 裕ちゃんは相変わらず全然気づいてないみたいだけど、俺はずっと裕ちゃんが好き。友達じゃなくて、恋愛的な意味で。
 顔も性格も、裕ちゃんの全部が好き。そんなこと言ったら、裕ちゃんはどんな顔するかな。
 今年になってクラスが変わって、一緒に過ごす時間が減ったのが悲しい。俺と裕ちゃんはたぶん同じ大学には行かないから、そんな未来を想像するだけで寂しくなる。
 今みたいにずっと裕ちゃんの世話をしたいと思ってるよ。大学生になっても、社会人になっても。
 裕ちゃんは美人だし、なんやかんや優しいし、きっと裕ちゃんのことを好きになる人はたくさんいると思う。
 でも絶対、俺が一番裕ちゃんを好きだよ。本当に好き。世界で一番、裕ちゃんのことを好きな自信がある。
 いつかは、ちゃんと裕ちゃんに気持ちを伝えたい。でも俺は、裕ちゃんに嫌われたら生きていけないんだ。
 俺の気持ちに早く気づいて、裕ちゃん。……嘘。まだ気づかないで。覚悟が決まったら、ちゃんと言うから』


 一枚目を読み終わって、ゆっくりと息を吐く。便箋は全部で三枚入っていた。ざっと目を通すと、俺の好きなところや、どれだけ俺を好きかが書かれている。

 やっぱり雅人、俺のことめっちゃ好きじゃん。

 箱の中にしまわれていた、俺宛ての大量のラブレター。
 他の手紙にも似たようなことが書いてあるのだと思うと、急に息苦しくなった。

「……とりあえず、しまわないと」

 箱を開けたことを知られたら、確実に俺たちの関係が変わってしまう。
 慌てて箱に手紙を入れ、再び鍵をかけようとする。けれど、なぜか上手く鍵がかからない。

 まずい。とりあえず元の場所に戻しておくか? いや、鍵が開いてたら絶対怪しまれるよな。
 なんとかしろ、俺……!

 頭をフル回転させてどうにか鍵をかけようとする。けれど俺が鍵をかけるよりも先に、タイムリミットがきてしまった。

「裕ちゃん? なにしてるの?」

 部屋のドアが開いて、雅人が中に入ってくる。俺の手の中にある箱を見た瞬間、雅人の顔から血の気が引いていった。

「雅人、これはその……えーっと……」

 大丈夫だ。中は見てないから。

 この状況で、そんな言い訳が通用するとは思えない。だとすればどうする? とりあえず、勝手に中身を見たことを謝るべきか?
 しかしそれだと、中身を見てしまったことを自分から白状することになってしまう。

「裕ちゃん」

 冷ややかな声に、びくっと全身が震えた。雅人が俺の手から箱を奪いとる。

「今日はもう帰って」
「……は?」
「いいから! 帰ってよ!」

 雅人の大声が家中に響き渡った。こんな風に雅人から怒鳴られたのは初めてだ。

「帰って。早く」

 背中を押され、強引に部屋から追い出される。そのまま玄関に連れていかれた。単純な力では、どうやったって俺はこいつに勝てない。

「なあ、待てよ。雅人。一回話し合おうって、なあ」
「話すことなんてないから」

 そのまま家を追い出されてしまった。がちゃ、と鍵をしめられた上に、何回インターフォンを鳴らしてもでてきてくれない。

 こいつ、マジで話す気ないのかよ!?

 勝手に部屋をあさった挙句、大事にしまっていた手紙を見た俺が悪い。でもだからといって、追い出すことはないだろう。

 そもそもあれ、俺宛ての手紙なのに。

 スマホを取り出し、雅人に電話をかけてみる。当然ながら全く反応がない。
 雅人は頑固なところがある。こうなってしまった以上、確実に今日はもう話をしてくれないだろう。

「……帰るか」

 このまま家の前に居座るわけにもいかない。それに俺もまだ混乱していて、雅人となにを話すべきかが分からないのだ。
 勝手に手紙を見たことは謝る。でも、その先は? 手紙に書かれていた俺への気持ちに対して、俺はどう反応すべきなんだ?