「ねえ裕ちゃん。今日、俺の家こない?」
「え?」
「今日塾もないし、生徒会もないし」

 雅人の家には何度も行ったことがあるし、誘われるのも珍しいことじゃない。
 高校生の俺たちにとってお互いの家は、金もかからずに長時間居座れて、おまけにジュースやお菓子も食べられる最高の場所だ。

 別にこいつが俺を好きだからって、なにかが変わったわけじゃない。
 雅人は俺が気づいたことに気づいてないわけだし、俺が気づいていないふりを続ければいい。
 そうすればまだ、俺たちは今のままでいられる。

「行く。ゲームでもする? それとも映画とか見る?」
「どっちもいいね」

 雅人の両親は二人とも仕事で帰りが遅いし、姉の柚季(ゆずき)さんは去年から一人暮らしを始めて家にいない。
 だから、雅人と二人きりだ。

 いや、俺らが二人きりになるのなんていつものことだろ。今さら意識する必要なんてない。

 言い聞かせるように心の中で呟いて、足の裏にぎゅっと力を込めた。





 鍵を開けて家の中へ入る。何度きても新鮮に驚けるくらいには雅人の家は広い。おまけに部屋の中はいつも綺麗に整理整頓されている。
 多忙な両親の手が回らない代わりに、週に何度か家事代行を依頼しているそうだ。

「リビングにする? 俺の部屋行く?」
「あー、お前の部屋かな」
「了解。飲み物持って行こうか。コーラ?」
「うん、コーラで」

 リビングには大きなテレビもあるけれど、なんとなく落ち着かない。去年までは柚季さんがいたこともあって、リビングで遊ぶ選択肢がなかったから。
 コーラとお菓子を持って雅人の部屋へ向かう。モノトーンカラーで統一された部屋は物が少ない。

「裕ちゃん、最近気になってる映画あるとか言ってなかった?」
「あー、言った。言ったけど……」

 それ、ゴリゴリに恋愛映画なんだよな。

 雅人と恋愛映画を見たことは何回もある。家で見るだけじゃなくて、映画館に見にいったこともあるくらいだ。

 で、そういう恋愛映画とか恋愛小説だと、恋愛映画を見てるうちにいい雰囲気になって……っていう展開も定番だよな。

 雅人相手になにを考えているんだ、と自分でも思うものの、雅人の気持ちを知ったからにはどうしようもない。

 ってか、雅人は俺を好きだとして、俺とどうなりたいんだ?
 俺に嫌われるのが嫌だから告白できない、みたいなことは言ってたよな。

「裕ちゃん? どうかした?」
「あっ、いや、なんでもない。今日はゲームにしねえ? 久しぶりに対戦しようぜ」
「お、いいね。罰ゲームとかありにする?」
「じゃあ、今度遊ぶ時、お菓子代奢りな」
「オッケー」

 リビングの物ほど大きくはないが、雅人の部屋にもテレビがある。ゲーム機やゲームソフトも充実していて、特に対戦用のソフトが多い。

 俺と遊ぶからだよな、それって。

 こんなにゲーム環境が充実しているわりに、雅人は一人の時はほとんどゲームをしない。時間がないから、というのもあるのだろうけれど、それほどゲームが好きなわけではないのだ。
 それでも新作のゲーム機やゲームソフトが発売されるたびにしっかりチェックしているのは、おそらく俺のため。

 駄目だ。こいつからの恋心を自覚すればするほど、どれだけこいつが俺を好きかってことばっかり考えてしまう。

 今はゲームに集中。うん、それでいい。





「今日の裕ちゃん、どうしたの? 俺にこんなに負けるなんて」

 コントローラーを床に置きながら、雅人が首を傾げる。
 いつもは80%くらいの確率で俺が勝つのに、今日は10戦7敗だ。

「もしかしてまた体調悪いとか? ぼーっとしてる時あったし、なにか悩みでもあるの?」
「い、いや、別に」
「……もし俺に彼女ができたら、とか言ってたけど。もしかして、恋愛の悩み?」

 ああそうだよ。お前が俺を好きって知っちゃったから、こんなに動揺してんの!

 なんて、言えるはずない。違うから、と慌てて首を横に振れば、そっか、と雅人はあまり納得していなさそうな顔で頷いた。

「どうする? まだやる?」
「あー、ちょっと休憩したい」
「分かった。……あ」

 スマホを確認した雅人が、少しだけ慌てた顔で立ち上がった。

「電話して、って母さんから連絡きてた。ちょっと電話してくるね」
「分かった」

 雅人が部屋を出ていくと、全身の気が抜けた。雅人と一緒にいる時に緊張する日がくるなんて、想像したこともなかったのに。

 絶対今日の態度、おかしいって思われてるよな。
 いつも通りに、って意識すればするほど、なんかうまくいかないし。

 なんとなく立ち上がって、部屋を見回す。本棚にあるのはほとんどが参考書や問題集で、俺の家と違って小説は少ない。
 その中にまぎれて、アルバムがいくつかおいてあった。

「……本当に俺ら、ずっと一緒にいるな」

 幼稚園の写真にも、小学校の写真にも、常に俺が写っている。たぶん高校生活のアルバムを作ったとしても、俺たちは一緒に写っているんだろう。
 アルバムを棚に戻し、クッションの上に座る。まだ雅人は戻ってこない。

 なんとなく気になって、勉強机の引き出しを開いてみる。家探しのようなことは悪いと分かっているものの、やめられない。全てを知っているつもりだった幼馴染に秘密があることを知ってしまったから。
 一番下の引き出しを開けると、鍵のかかった箱がおいてあった。手に持ってみると、想像よりも軽い。けれど振れば音がするから、中には何かが入っているのだろう。

「何が入ってんだ、これ?」

 わざわざ鍵をかけているものを勝手に開けるべきではない。そもそも、どれだけ親しくても無断で部屋を漁るなんて許されない。
 分かっているのに、箱の中身が気になって仕方ない。

 ごめん、雅人。

 心の中で雅人に謝ってから、俺は鍵の観察を始めた。
 鍵はダイヤル式のもので、四桁の数字が必要らしい。

「誕生日とか?」

 試しに、0408に合わせてみる。鍵は開かなかった。
 もしかして、と1211にしてみた。俺の誕生日だ。

「あっ……」

 鍵が、開いてしまった。