廊下から、こっそり二年一組の教室を覗く。雅人は自分の席に座って、真剣な顔で数学の問題集を解いている。
10分しかない休憩時間だっていうのに、勉強熱心な奴だ。
去年は休み時間のたびに俺の席にきてたけど、今はクラスが違うもんな。
二年生になってから、理系と文系、それから成績順でクラスが分けられた。雅人は理系で一番頭がいい一組だ。
ちなみに俺は文系で、成績はちょうど真ん中あたりである。
休み時間は勉強に集中してて、誰かと話している様子はない。
昼休みはいつも渉と一緒に俺のところへやってくる。
渉とはまあ、そこそこ仲いいよな。クラスも一緒だし、渉は新聞部部長だから生徒会の活動とも関りがあるし。
でも渉は高校に入ってからの付き合いだから、雅人の片思い相手じゃないのは確実だ。
「あれ、穂村。堀田になにか用か?」
せっかく教室内から見えない場所にいたのに、雅人のクラスメートに見つかってしまった。
そして、雅人の名前を出してもいないのに、雅人に用事があるのだと決めつけられてしまう。
「えっ、あ、別にそういうわけじゃ……」
否定しようとしても遅い。穂村がきてるぞ! と声をかけられた雅人が、勉強をやめてすぐに廊下にきた。
「どうしたの、裕ちゃん。なんか教科書忘れた? それとも体操服とか?」
「いや別に、そういうわけじゃなくて」
「そうなの? じゃあ、なにかあった?」
「……別に。たまたま通りかかっただけ。勉強邪魔して悪かった」
「いいよそんなの」
そう言って笑った雅人の笑顔があまりにも幸せそうに見えて戸惑ってしまう。意識し過ぎだって頭では分かっているのに。
「それより裕ちゃん、確か次の授業数学でしょ。ちゃんと予習とかしてるの?」
「いや、出席番号的に今日はあたらないだろうから」
「そういう問題じゃなくて、予習はちゃんとしておかないと」
俺ですら完璧には把握していない俺の時間割を、雅人はいつも把握している。記憶力がいい奴は違うな、なんて思っていたけれど、そういうことじゃないのかもしれない。
「俺、そろそろ教室戻るわ」
「うん。授業中寝ないようにね」
「寝ないって」
「じゃあ、また昼休みにね」
俺がその場を離れるまで、雅人は教室に戻ろうとしない。何度振り向いてみても、俺の方を見て手を振ってくれている。
雅人の行為一つ一つが俺への好意を示している気がして、身体が重くなった。
◆
「それでさあ、せっかくいい記事思いついたのに、顧問に却下されたんだよ。校内新聞らしくない、とか言われて」
弁当を食べながら、渉が新聞部顧問の愚痴をもらす。
「そりゃあ、お前の記事が風紀を乱すって思われたんだろ」
「なんだよそれ。俺はただ、みんなが面白がるネタを書いただけなのに」
四人で昼食をとる時、自然と雅人は俺の隣に座る。それだけじゃなくて、雅人はいつも俺ばかりを見ている。
「あのさあ」
俺がいきなり口を開くと、智哉と渉も話すのをやめた。
「もし……もしだけど、俺に彼女とかできたら、どう思う?」
言いながら、ちらっ、と雅人の表情を確認した。先程までの穏やかな微笑みが消えて、あからさまに機嫌が悪そうな顔をしている。
「は? なんだよそれ。詳しく聞かせろ」
箸をおいて渉が身を乗り出してきた。
「もしもの話だって。仮定だよ仮定。別に予定ができたとかもないから」
「なんだよ、つまんねえ」
渉がわざとらしく舌打ちし、紛らわしいこと言うな、と俺を睨みつけてきた。
雅人は少しだけ安心したような表情になったけれど、顔が引きつったままだ。
「大体、お前に彼女の相手なんてできるのか? いつも返信遅いし」
智哉の言葉に、そうだそうだ、と渉が同意する。雅人は相変わらず無言のままだ。
「それにお前、朝は雅人に起こしてもらってるんだろ。彼女ができたら、その子に起こしてもらうわけ?」
ガタッ!
雅人がいきなり立ち上がった拍子に、椅子が床に倒れてしまった。慌てて椅子を元に戻しながら、雅人がじっと俺を見つめてくる。
「……無理だよ。裕ちゃんには絶対、彼女なんてできない」
「はあ?」
さすがに失礼だろ、と文句を言うことはできなかった。眼鏡越しでも、雅人が泣きそうな目をしていることが分かってしまったから。
きっと、渉や智哉は気づいていない。でも俺には分かる。だって俺たちは幼馴染だ。
「裕ちゃんってめちゃくちゃ寝起き悪いし、俺以外には起こせないよ」
そんなにかよ、と渉たちが笑う。
「それに裕ちゃん、彼女なんて欲しくないでしょ?」
雅人の言う通りだ。俺は一度だって彼女を欲しいと思ったことはない。どれだけ恋愛小説を読んでも、恋愛ドラマを見ても、俺には恋がよく分からないままだから。
そんな俺は、周りの恋愛事情にも疎い。中学の時だって、クラスメートが付き合い出した時、俺だけが驚いていたことが何度もあった。
だけどな、雅人。
俺だってさすがにこの状況なら、お前の気持ちくらいは分かる。
「うん。だから、冗談で言っただけ」
お前の好きな奴って、やっぱり俺だろ。
10分しかない休憩時間だっていうのに、勉強熱心な奴だ。
去年は休み時間のたびに俺の席にきてたけど、今はクラスが違うもんな。
二年生になってから、理系と文系、それから成績順でクラスが分けられた。雅人は理系で一番頭がいい一組だ。
ちなみに俺は文系で、成績はちょうど真ん中あたりである。
休み時間は勉強に集中してて、誰かと話している様子はない。
昼休みはいつも渉と一緒に俺のところへやってくる。
渉とはまあ、そこそこ仲いいよな。クラスも一緒だし、渉は新聞部部長だから生徒会の活動とも関りがあるし。
でも渉は高校に入ってからの付き合いだから、雅人の片思い相手じゃないのは確実だ。
「あれ、穂村。堀田になにか用か?」
せっかく教室内から見えない場所にいたのに、雅人のクラスメートに見つかってしまった。
そして、雅人の名前を出してもいないのに、雅人に用事があるのだと決めつけられてしまう。
「えっ、あ、別にそういうわけじゃ……」
否定しようとしても遅い。穂村がきてるぞ! と声をかけられた雅人が、勉強をやめてすぐに廊下にきた。
「どうしたの、裕ちゃん。なんか教科書忘れた? それとも体操服とか?」
「いや別に、そういうわけじゃなくて」
「そうなの? じゃあ、なにかあった?」
「……別に。たまたま通りかかっただけ。勉強邪魔して悪かった」
「いいよそんなの」
そう言って笑った雅人の笑顔があまりにも幸せそうに見えて戸惑ってしまう。意識し過ぎだって頭では分かっているのに。
「それより裕ちゃん、確か次の授業数学でしょ。ちゃんと予習とかしてるの?」
「いや、出席番号的に今日はあたらないだろうから」
「そういう問題じゃなくて、予習はちゃんとしておかないと」
俺ですら完璧には把握していない俺の時間割を、雅人はいつも把握している。記憶力がいい奴は違うな、なんて思っていたけれど、そういうことじゃないのかもしれない。
「俺、そろそろ教室戻るわ」
「うん。授業中寝ないようにね」
「寝ないって」
「じゃあ、また昼休みにね」
俺がその場を離れるまで、雅人は教室に戻ろうとしない。何度振り向いてみても、俺の方を見て手を振ってくれている。
雅人の行為一つ一つが俺への好意を示している気がして、身体が重くなった。
◆
「それでさあ、せっかくいい記事思いついたのに、顧問に却下されたんだよ。校内新聞らしくない、とか言われて」
弁当を食べながら、渉が新聞部顧問の愚痴をもらす。
「そりゃあ、お前の記事が風紀を乱すって思われたんだろ」
「なんだよそれ。俺はただ、みんなが面白がるネタを書いただけなのに」
四人で昼食をとる時、自然と雅人は俺の隣に座る。それだけじゃなくて、雅人はいつも俺ばかりを見ている。
「あのさあ」
俺がいきなり口を開くと、智哉と渉も話すのをやめた。
「もし……もしだけど、俺に彼女とかできたら、どう思う?」
言いながら、ちらっ、と雅人の表情を確認した。先程までの穏やかな微笑みが消えて、あからさまに機嫌が悪そうな顔をしている。
「は? なんだよそれ。詳しく聞かせろ」
箸をおいて渉が身を乗り出してきた。
「もしもの話だって。仮定だよ仮定。別に予定ができたとかもないから」
「なんだよ、つまんねえ」
渉がわざとらしく舌打ちし、紛らわしいこと言うな、と俺を睨みつけてきた。
雅人は少しだけ安心したような表情になったけれど、顔が引きつったままだ。
「大体、お前に彼女の相手なんてできるのか? いつも返信遅いし」
智哉の言葉に、そうだそうだ、と渉が同意する。雅人は相変わらず無言のままだ。
「それにお前、朝は雅人に起こしてもらってるんだろ。彼女ができたら、その子に起こしてもらうわけ?」
ガタッ!
雅人がいきなり立ち上がった拍子に、椅子が床に倒れてしまった。慌てて椅子を元に戻しながら、雅人がじっと俺を見つめてくる。
「……無理だよ。裕ちゃんには絶対、彼女なんてできない」
「はあ?」
さすがに失礼だろ、と文句を言うことはできなかった。眼鏡越しでも、雅人が泣きそうな目をしていることが分かってしまったから。
きっと、渉や智哉は気づいていない。でも俺には分かる。だって俺たちは幼馴染だ。
「裕ちゃんってめちゃくちゃ寝起き悪いし、俺以外には起こせないよ」
そんなにかよ、と渉たちが笑う。
「それに裕ちゃん、彼女なんて欲しくないでしょ?」
雅人の言う通りだ。俺は一度だって彼女を欲しいと思ったことはない。どれだけ恋愛小説を読んでも、恋愛ドラマを見ても、俺には恋がよく分からないままだから。
そんな俺は、周りの恋愛事情にも疎い。中学の時だって、クラスメートが付き合い出した時、俺だけが驚いていたことが何度もあった。
だけどな、雅人。
俺だってさすがにこの状況なら、お前の気持ちくらいは分かる。
「うん。だから、冗談で言っただけ」
お前の好きな奴って、やっぱり俺だろ。