幼馴染に好きな人がいる。
そしてその好きな人は、男らしい。
「……マジか」
溜息を吐いて、頭を両手で抱える。これほど重大な秘密を盗み聞きで知ってしまったという罪悪感はかなり大きい。
「っていうか、誰だよ」
雅人の片思い歴は長い。つまり雅人の好きな人は、雅人と付き合いが長い相手だ。高校入学を機に知り合ったような相手じゃないだろう。
少なくとも、中学生時代には既に知り合っているはず。もしかしたら、それより前からかもしれない。
そんなにあいつと付き合いが長い男って……俺?
あいつの親戚を除けば、雅人と一番付き合いが長い男は俺だろう。なにせ俺と雅人は、幼稚園に入学する前からの付き合いなのだ。
それに、俺以上に雅人と親しい奴もいない。
いやでも、俺への気持ちが恋愛? 幼馴染としての友情ではなく?
今までに一度だって、恋愛的な好意を伝えられたことはない。俺が鈍感なだけかもしれないが、そうかも? なんて考えたことすらない。
とはいえこの状況で、真っ先に候補として頭に浮かぶのは俺自身なわけで。
「……どうすりゃいいんだよ、これ」
◆
頭の中がごちゃごちゃになったせいでかなり疲れた。ぼんやりしていたせいで逆方向の電車に乗ってしまい、帰る時間も遅くなってしまった。
自室へ戻り、勢いよくベッドへ突っ伏す。何も考えたくなくて目を閉じているのに、俺の脳みそは考えることをやめてくれない。
もしあいつの好きな奴が俺だったら、俺はどうすればいい?
あいつがなにも言ってこない以上、なにもする必要はないのか?
というか、もし俺じゃなかったらどうする?
「あー、もう……!」
整理できない感情を枕にぶつける。拳が痛くなってきたところでやめて、仰向けに寝転がった。
いつもならこの天井を見ているだけで眠くなってくるのに、今日はやけに目が冴えている。
……もしあいつが俺以外の男を好きだったら、いずれあいつは俺以外の男と付き合うんだろうか。
雅人が他の男と親しくしているところを想像すると無性にイライラした。女子なら、いずれはそういう日もくるだろう、なんて思えていたのに。
「男なら俺でよくね? いや、俺だったら俺だったで困るか」
雅人のことは好きだ。でもそれはあくまでも、幼馴染兼親友としての話。俺はあいつに恋愛感情を抱いているわけじゃない。
急に恋人になろう、なんて言われても困ってしまう。
「とりあえず今は、知らないふりするしかないよな」
◆
「裕樹。夕飯できたわよ……って大丈夫? ずいぶん顔色悪いけど」
「え? あ、いや、まあ、たぶん」
俺がベッドの上でうだうだと悩んでいる間に、母親と父親が家に帰ってきた。
その上夕飯の用意まで終わったらしい。俺は何一つ手につかなかったというのに。
「熱でもあるんじゃない? 体温計持ってくるから待ってて」
「熱はないと思うけど」
「思う、じゃだめでしょ。いいから待ってなさい」
母親はすぐに体温計を持って俺の部屋に戻ってきた。ほら、と体温計を差し出されたら無視するわけにもいかない。
脇に体温計を挟み、ピピッ、と音が鳴るまで待つ。取り出すと、37.4℃と表示されていた。
「やっぱり熱があるんじゃない」
「微熱だって、このくらい」
「裕樹はいつも体温低いんだから、これでも立派な熱よ。寝てなさい」
「……飯は?」
「部屋に持ってきてあげるから、それまで寝てなさい。スポドリも買ってくるから」
そんなのいいって、という俺の声を聞かず、母親はドタバタと一階へ下りて行った。
これって知恵熱ってやつか? 雅人に好きな奴がいるから俺が熱出したってわけ? なんだよ、それ。
◆
「あ。裕ちゃん、起きた?」
目を覚ますと、当たり前のような顔をした雅人が部屋にいた。
慌てて上半身を起こそうとすると、立ち上がった雅人に肩を押される。
「無理しちゃ駄目だって。具合悪いんでしょ」
「なんでお前が知ってんだよ」
昨日は夕飯を食べてすぐに眠ってしまった。熱を出した、なんてメッセージを雅人に送った覚えはない。
「おばさんが教えてくれた。裕ちゃん熱だから、今日は遊びにこない方がいいって」
「なのになんできてるんだよ。てか今日、塾だろ」
「うん。でも塾は午後からだから、裕ちゃんのお見舞いにきた。裕ちゃんが熱出すのなんて、珍しいから」
「……移るぞ」
「大丈夫」
見慣れたはずの笑顔なのに、なぜか今は直視できない。
それに今日は、雅人がここにいる意味を考えてしまう。
普通、ただの熱で見舞いになんてくるか? 移るかもしれないのに。
「そうだ。裕ちゃんの好きなゼリーとかプリン、コンビニで買ってきたからね。冷蔵庫にあるから、元気になったら食べて」
「……ありがとう」
「それにしても熱なんてどうしたの? 疲れることでもした?」
いつもの雅人だ。やたらと俺に優しくて、妙に過保護。
「……ちょっと考え事、とか?」
「裕ちゃんでもそんなことあるんだ」
ちょっと失礼な言葉も、いつもの雅人と変わらない。
そう。雅人は昨日までと何も変わっていない。変わったのは俺だ。勝手に雅人の秘密を知ってしまったから。
雅人が俺に甘い理由を探してしまうなんて、今の俺はおかしい。
そしてその好きな人は、男らしい。
「……マジか」
溜息を吐いて、頭を両手で抱える。これほど重大な秘密を盗み聞きで知ってしまったという罪悪感はかなり大きい。
「っていうか、誰だよ」
雅人の片思い歴は長い。つまり雅人の好きな人は、雅人と付き合いが長い相手だ。高校入学を機に知り合ったような相手じゃないだろう。
少なくとも、中学生時代には既に知り合っているはず。もしかしたら、それより前からかもしれない。
そんなにあいつと付き合いが長い男って……俺?
あいつの親戚を除けば、雅人と一番付き合いが長い男は俺だろう。なにせ俺と雅人は、幼稚園に入学する前からの付き合いなのだ。
それに、俺以上に雅人と親しい奴もいない。
いやでも、俺への気持ちが恋愛? 幼馴染としての友情ではなく?
今までに一度だって、恋愛的な好意を伝えられたことはない。俺が鈍感なだけかもしれないが、そうかも? なんて考えたことすらない。
とはいえこの状況で、真っ先に候補として頭に浮かぶのは俺自身なわけで。
「……どうすりゃいいんだよ、これ」
◆
頭の中がごちゃごちゃになったせいでかなり疲れた。ぼんやりしていたせいで逆方向の電車に乗ってしまい、帰る時間も遅くなってしまった。
自室へ戻り、勢いよくベッドへ突っ伏す。何も考えたくなくて目を閉じているのに、俺の脳みそは考えることをやめてくれない。
もしあいつの好きな奴が俺だったら、俺はどうすればいい?
あいつがなにも言ってこない以上、なにもする必要はないのか?
というか、もし俺じゃなかったらどうする?
「あー、もう……!」
整理できない感情を枕にぶつける。拳が痛くなってきたところでやめて、仰向けに寝転がった。
いつもならこの天井を見ているだけで眠くなってくるのに、今日はやけに目が冴えている。
……もしあいつが俺以外の男を好きだったら、いずれあいつは俺以外の男と付き合うんだろうか。
雅人が他の男と親しくしているところを想像すると無性にイライラした。女子なら、いずれはそういう日もくるだろう、なんて思えていたのに。
「男なら俺でよくね? いや、俺だったら俺だったで困るか」
雅人のことは好きだ。でもそれはあくまでも、幼馴染兼親友としての話。俺はあいつに恋愛感情を抱いているわけじゃない。
急に恋人になろう、なんて言われても困ってしまう。
「とりあえず今は、知らないふりするしかないよな」
◆
「裕樹。夕飯できたわよ……って大丈夫? ずいぶん顔色悪いけど」
「え? あ、いや、まあ、たぶん」
俺がベッドの上でうだうだと悩んでいる間に、母親と父親が家に帰ってきた。
その上夕飯の用意まで終わったらしい。俺は何一つ手につかなかったというのに。
「熱でもあるんじゃない? 体温計持ってくるから待ってて」
「熱はないと思うけど」
「思う、じゃだめでしょ。いいから待ってなさい」
母親はすぐに体温計を持って俺の部屋に戻ってきた。ほら、と体温計を差し出されたら無視するわけにもいかない。
脇に体温計を挟み、ピピッ、と音が鳴るまで待つ。取り出すと、37.4℃と表示されていた。
「やっぱり熱があるんじゃない」
「微熱だって、このくらい」
「裕樹はいつも体温低いんだから、これでも立派な熱よ。寝てなさい」
「……飯は?」
「部屋に持ってきてあげるから、それまで寝てなさい。スポドリも買ってくるから」
そんなのいいって、という俺の声を聞かず、母親はドタバタと一階へ下りて行った。
これって知恵熱ってやつか? 雅人に好きな奴がいるから俺が熱出したってわけ? なんだよ、それ。
◆
「あ。裕ちゃん、起きた?」
目を覚ますと、当たり前のような顔をした雅人が部屋にいた。
慌てて上半身を起こそうとすると、立ち上がった雅人に肩を押される。
「無理しちゃ駄目だって。具合悪いんでしょ」
「なんでお前が知ってんだよ」
昨日は夕飯を食べてすぐに眠ってしまった。熱を出した、なんてメッセージを雅人に送った覚えはない。
「おばさんが教えてくれた。裕ちゃん熱だから、今日は遊びにこない方がいいって」
「なのになんできてるんだよ。てか今日、塾だろ」
「うん。でも塾は午後からだから、裕ちゃんのお見舞いにきた。裕ちゃんが熱出すのなんて、珍しいから」
「……移るぞ」
「大丈夫」
見慣れたはずの笑顔なのに、なぜか今は直視できない。
それに今日は、雅人がここにいる意味を考えてしまう。
普通、ただの熱で見舞いになんてくるか? 移るかもしれないのに。
「そうだ。裕ちゃんの好きなゼリーとかプリン、コンビニで買ってきたからね。冷蔵庫にあるから、元気になったら食べて」
「……ありがとう」
「それにしても熱なんてどうしたの? 疲れることでもした?」
いつもの雅人だ。やたらと俺に優しくて、妙に過保護。
「……ちょっと考え事、とか?」
「裕ちゃんでもそんなことあるんだ」
ちょっと失礼な言葉も、いつもの雅人と変わらない。
そう。雅人は昨日までと何も変わっていない。変わったのは俺だ。勝手に雅人の秘密を知ってしまったから。
雅人が俺に甘い理由を探してしまうなんて、今の俺はおかしい。