レモンティーを飲みながら、隣の会話に耳を澄ませる。アップルパイはもうとっくに食べ終わってしまった。
 いつもより少し高くて、照れたような声。こんな声で、こんなところで、雅人は金城と何を話すのだろう。

「会長は辛くないんですか? 私は毎日辛くてしょうがないです。私ばっかり、こんなに好きなのにって」
「……まあ、辛い気持ちはあるかな。でもほら、もう慣れ過ぎてるっていうか」
「長いですもんね、片思い歴」
「うん。金城も十分、長いけど」
「こんな歴、長くたって不名誉なだけです。私はさっさと両想いになりたいので」

 はあ、と金城が大きな溜息を吐く。いつも話す金城よりも口調が荒っぽい気がするのは、たぶん気のせいじゃないだろう。
 雅人も金城も、学校から離れたここでは気が抜けているに違いない。

 これって、お互いに好きな人の話をしてる……ってことでいいんだよな。
 つまり金城とは単純に仲がいい友達で、恋愛感情はマジでないってことか。

 もしかしてデート? なんて思ったけれど、その可能性は低い。
 雅人に恋人ができたわけではないことにちょっとだけ安心するけれど、二人の会話の内容が気になってしょうがない。

 雅人、好きな奴なんていたのか?
 っていうかなんで、俺じゃなくて、金城に相談してるんだよ。

 好きな人がいる、なんて話は聞いたことがない。それどころか、雅人から恋バナを振られたことも一度もない。

 なんで、俺に言ってくれないんだよ。

 怒りがこみあげてきて、グラスを掴む手が震えた。
 雅人にとって俺は、相談ができるような相手ではないのだろうか。

 そりゃあ俺は恋愛のことなんて分かんないけど、いろいろ恋愛小説は読んできてるし、アドバイスならできるかもしれない。
 なにより、雅人のことは金城なんかよりもずっと知っている。

 なのに。

「あーあ。本当、相手が男だったら楽なのに。私可愛いから、絶対オッケーしてもらえる自信ありますもん」

 金城の言葉に、一瞬で心臓が凍りそうになった。
 聞いちゃいけない話を聞いてしまった気がして、冷や汗が出る。でも、今この場を動くわけにはいかない。

「すごい自信だけど、そうだろうね。金城、モテるし」
「そうですよ。私、高校入学してからもう10人に告白されてるんですから。あーあ、10人に告白されたら好きな人とデートできるとか、そういう特典があったらいいのに」

 金城に告白してきた男たちが哀れになるような言い草である。確かクラスメートにも、金城に告白して振られた男子がいたはずだ。

「会長だってそうですよ。うちのクラスでも会長、付き合いたい人ランキング一位でしたから」
「それはありがとう。後輩には興味ないって伝えておいて」
「言ってますけど。私が会長と付き合ってるとか言われていい迷惑ですよ。私も勘違いされたくないんで、会長もめちゃくちゃ否定してくださいね?」
「分かってるって。安心して」

 会長だってそうですよ……ってどういう意味だ?

 単純に、雅人もモテるという意味だろうか。それとも、それ以外の意味が込められた言葉なのだろうか。
 どくん、どくんと心臓がうるさい。俺はきっと今、親友の秘密を盗み聞こうとしている。

「会長は考えたことあります? 相手が女だったら……って」

 ガタッ。

 動揺のあまり、グラスが手から滑り落ちた。なんとか大事にならずには済んだものの、少しだけレモンティーがこぼれてしまっている。
 慌てて紙ナプキンでテーブルを拭きながら、意識を耳にだけ集中させる。

「そりゃあ、もちろんあるよ。何回も考えた」
「やっぱり」
「そうだな、女の子だったらもう、今頃付き合ってるどころか婚約してるかも」
「……気、早くないですか?」
「そうかな。俺のスペックなら絶対、相手の親だって喜ぶと思うけどね」
「うわあ……そういうことみんなの前で言ったら、腹黒いって人気落ちますよ」

 まったく、と金城が呆れて溜息を吐いた。
 いつもの雅人なら、こんなことは絶対言わない。

「それに、スペックで選ばれて、それでいいんですか?」
「なんでもいいよ。俺の物になってくれるなら」
「……犯罪だけはしないでくださいよ」
「知ってるでしょ。俺がビビりだってこと」
「はい。実際は嫌われるのが怖くて、告白すらできてないんですもんね」
「……それは金城もでしょ」
「そうですよ。だからこうやって、会長と話してるんじゃないですか」

 これってつまり、雅人の好きな奴が男……ってことだよな。
 雅人って、男が好きだったのか? いや、それとも、好きになった奴が男だったってことか?

 どちらにせよ、重大な秘密を聞いてしまった。

「あ。そろそろ帰りますか。私、家遠いんで」
「オッケー。行こうか」

 伝票を持って、二人が席を離れる。しばらく経っても俺は、その場から動くことができなかった。