「休みの日だからって、いつまでも寝ないの!」
母親の怒鳴り声で俺は目を覚ました。ゆっくりと目を開けて時計を確認すると、時刻は午後一時過ぎ。確かに眠り過ぎかもしれない。
「雅人くんが起こしにきてくれないと、本当に起きないんだから」
「……いいじゃん別に。休みなんだし」
「勉強とか、いろいろやることあるでしょ」
「分かった。もう起きるから」
「ちゃんと起きなさいよ。お母さん、ちょっと出かけてくるからね」
そう言うと、母親は勢いよく部屋の扉を閉めた。次いで、どすどすと急いで階段を下りる足音がする。
たぶん土曜日だから、父親と一緒に出かけるのだろう。結婚してもう二十年近く経っているのに、相変わらず二人は仲がいい。
小さい頃はよく家族三人で出かけたけれど、最近俺は別行動をとることが増えている。まあ、男子高校生なんてそんなものだろう。
今日はマジで暇なんだよな。雅人とも約束してないし。
……別に約束してなくても、きてもいいのに。
スマホを確認してみても、雅人からは特にメッセージはきていない。何もない日なら、一緒に宿題をしようとか、昼飯を食べに行かない? とか、なにかと連絡がくるのに。
今日は塾じゃないし、出かけてんのか? でも昨日、特にそういう話はしてなかったよな。
スケジュールを共有しているわけではないが、会話の流れでなんとなく互いの予定は把握している。
でも今日のことは、雅人から何も聞いていない。
「もしかして、デートだったりして?」
そんなわけないと分かっていても、なんとなく胸が騒ぐ。別に雅人が誰かとデートしていたって、それを止める権利なんてないのは分かっている。
俺だって、幼馴染が彼女を作って幸せになるのを邪魔したいわけじゃない。ただ、俺だけが置いていかれるような気がして嫌なだけだ。
「……はあ」
家にいても、今日は気分が上がりそうにない。面倒くさがりな俺としてはなるべく外に出たくないけれど、たまには気分を変えてみるか。
◆
着替えと昼食を済ませ、電車に乗って五つ先の駅へやってきた。駅に隣接した大きなショッピングビルがあり、なにかと便利だ。
歩き回るのは面倒だから、一つの施設で完結する場所はありがたい。
「本屋でも行くか」
図書館の本は図書館で読むことが多いけれど、家で全く読書をしないわけじゃない。
学校の図書館にはなかなか新刊は入ってこないし、本屋に行くのも好きだ。読んでいない本がいくらたまっても、自分の物なら返却期限を気にする必要だってない。
エレベーターで五階へ移動し、大きい本屋に入る。新刊のコーナーを確かめた後、文庫本コーナーへ向かった。
せっかく出かけてきたのだから、なにか一冊は買いたい。
できれば、図書館では読めなさそうなものを。
悩んだ末に、二冊購入することにした。ちょっと前に読んで面白かった作者の新刊と、タイトルが面白そうなミステリー小説。
このまま帰ってもいいけれど、電車に乗ってやってきた以上、もう少し楽しみたい。
「なんか食って帰るか」
夕飯は親が用意をしてくれるだろうから、軽めのものがいい。ビル内マップを吟味した結果、俺は三階にあるカフェへ行くことにした。
甘い物が充実しているらしいし、ドリンクを頼めば長時間居座ることもできる。買ったばかりの本を読んで帰るのもありかもしれない。
出かけるのはだるいけど、出かけてみると意外と楽しいんだよな。
◆
「では、奥の席へどうぞ」
笑顔の店員に案内されて、店内奥にある席へ座った。四人用のテーブル席で、仕切りがあるから、他の席の様子は見えない。
とはいえ個室ではないから、声は完全に聞こえてしまう。
……これ、雅人の声だよな?
仕切りに耳を澄ませ、改めて確認する。やっぱり間違いない。隣から聞こえてくる聞き慣れた声は雅人のものだ。
「じゃあ次は会長の番ですね。話、聞きますよ」
もう一人の声はたぶん、金城のものだろう。声だけで分かるほど親しくはないけれど、雅人を会長と呼ぶ人間は限られている。
なんだよ。雅人、金城と二人で出かけてたのか?
それもわざわざ、学校から離れたところで?
このビルは、学校とは反対方向にある。そのため、学校の生徒に合う可能性は低いだろう。
金城と出かけるなんて、俺には全然言わなかったよな。
「お客様、ご注文はお決まりですか?」
店員がやってきて、笑顔で聞いてきた。ここで声を出してしまえば間違いなく雅人に気づかれてしまう。
態度が悪くて申し訳ないと思いつつ、メニューを指差して注文した。
店員が去った後、仕切りのわずかな隙間からそっと隣の席を覗き込んだ。やはりそこには雅人と金城がいて、向かい合って楽しそうに話している。
金城を見つめる雅人は、見たことがない顔をしていた。
母親の怒鳴り声で俺は目を覚ました。ゆっくりと目を開けて時計を確認すると、時刻は午後一時過ぎ。確かに眠り過ぎかもしれない。
「雅人くんが起こしにきてくれないと、本当に起きないんだから」
「……いいじゃん別に。休みなんだし」
「勉強とか、いろいろやることあるでしょ」
「分かった。もう起きるから」
「ちゃんと起きなさいよ。お母さん、ちょっと出かけてくるからね」
そう言うと、母親は勢いよく部屋の扉を閉めた。次いで、どすどすと急いで階段を下りる足音がする。
たぶん土曜日だから、父親と一緒に出かけるのだろう。結婚してもう二十年近く経っているのに、相変わらず二人は仲がいい。
小さい頃はよく家族三人で出かけたけれど、最近俺は別行動をとることが増えている。まあ、男子高校生なんてそんなものだろう。
今日はマジで暇なんだよな。雅人とも約束してないし。
……別に約束してなくても、きてもいいのに。
スマホを確認してみても、雅人からは特にメッセージはきていない。何もない日なら、一緒に宿題をしようとか、昼飯を食べに行かない? とか、なにかと連絡がくるのに。
今日は塾じゃないし、出かけてんのか? でも昨日、特にそういう話はしてなかったよな。
スケジュールを共有しているわけではないが、会話の流れでなんとなく互いの予定は把握している。
でも今日のことは、雅人から何も聞いていない。
「もしかして、デートだったりして?」
そんなわけないと分かっていても、なんとなく胸が騒ぐ。別に雅人が誰かとデートしていたって、それを止める権利なんてないのは分かっている。
俺だって、幼馴染が彼女を作って幸せになるのを邪魔したいわけじゃない。ただ、俺だけが置いていかれるような気がして嫌なだけだ。
「……はあ」
家にいても、今日は気分が上がりそうにない。面倒くさがりな俺としてはなるべく外に出たくないけれど、たまには気分を変えてみるか。
◆
着替えと昼食を済ませ、電車に乗って五つ先の駅へやってきた。駅に隣接した大きなショッピングビルがあり、なにかと便利だ。
歩き回るのは面倒だから、一つの施設で完結する場所はありがたい。
「本屋でも行くか」
図書館の本は図書館で読むことが多いけれど、家で全く読書をしないわけじゃない。
学校の図書館にはなかなか新刊は入ってこないし、本屋に行くのも好きだ。読んでいない本がいくらたまっても、自分の物なら返却期限を気にする必要だってない。
エレベーターで五階へ移動し、大きい本屋に入る。新刊のコーナーを確かめた後、文庫本コーナーへ向かった。
せっかく出かけてきたのだから、なにか一冊は買いたい。
できれば、図書館では読めなさそうなものを。
悩んだ末に、二冊購入することにした。ちょっと前に読んで面白かった作者の新刊と、タイトルが面白そうなミステリー小説。
このまま帰ってもいいけれど、電車に乗ってやってきた以上、もう少し楽しみたい。
「なんか食って帰るか」
夕飯は親が用意をしてくれるだろうから、軽めのものがいい。ビル内マップを吟味した結果、俺は三階にあるカフェへ行くことにした。
甘い物が充実しているらしいし、ドリンクを頼めば長時間居座ることもできる。買ったばかりの本を読んで帰るのもありかもしれない。
出かけるのはだるいけど、出かけてみると意外と楽しいんだよな。
◆
「では、奥の席へどうぞ」
笑顔の店員に案内されて、店内奥にある席へ座った。四人用のテーブル席で、仕切りがあるから、他の席の様子は見えない。
とはいえ個室ではないから、声は完全に聞こえてしまう。
……これ、雅人の声だよな?
仕切りに耳を澄ませ、改めて確認する。やっぱり間違いない。隣から聞こえてくる聞き慣れた声は雅人のものだ。
「じゃあ次は会長の番ですね。話、聞きますよ」
もう一人の声はたぶん、金城のものだろう。声だけで分かるほど親しくはないけれど、雅人を会長と呼ぶ人間は限られている。
なんだよ。雅人、金城と二人で出かけてたのか?
それもわざわざ、学校から離れたところで?
このビルは、学校とは反対方向にある。そのため、学校の生徒に合う可能性は低いだろう。
金城と出かけるなんて、俺には全然言わなかったよな。
「お客様、ご注文はお決まりですか?」
店員がやってきて、笑顔で聞いてきた。ここで声を出してしまえば間違いなく雅人に気づかれてしまう。
態度が悪くて申し訳ないと思いつつ、メニューを指差して注文した。
店員が去った後、仕切りのわずかな隙間からそっと隣の席を覗き込んだ。やはりそこには雅人と金城がいて、向かい合って楽しそうに話している。
金城を見つめる雅人は、見たことがない顔をしていた。