「裕樹、智哉(ともや)、知ってたか?」

 昼休みに入るとすぐ、(わたる)がにやにやと笑いながら教室に入ってきた。いつもなら一緒にいるはずの雅人が今日はいない。

「雅人は?」
「生徒会の用事でちょっと遅れるって。で、その雅人の話なんだけど」

 聞きたいよな? とでも言いたげな表情に、俺と智哉は顔を見合わせた。渉の噂好きは、対象が友達であっても変わらないらしい。
 俺と智哉がクラスメートで、雅人と渉がクラスメート。二年生に進級してからは、なんとなくこの四人で昼飯を食べるようになった。

「話って、どうせ噂だろ」

 呆れたように智哉が言っても、渉は全く悪びれない。

「噂だから面白いんだろ。事実だったら、そっか、で終わるんだからな」
「で、雅人の何の噂?」

 俺が聞くと、渉は嬉しそうに瞳を輝かせた。
 噂話なんて好きじゃないけれど、雅人の噂だと言われたら気になってしまう。

「雅人が、一年生の金城優里亜と付き合ってるって噂だよ」

 なんだそれか、と智哉が呆れたように溜息を吐く。智哉がそんな反応をしてもおかしくないくらい、この噂は有名なものなのだ。
 そして、両名がはっきりと否定していることも有名な話である。

「今さらそれかよ」
「いやいや、裕樹。話はちゃんと最後まで聞いてくれ。今回の噂は信憑性が高いんだよ。とある筋に聞いた話なんだが……」
「まずとある筋ってなんだよ」

 智哉のツッコミを無視し、渉はメモ帳を取り出した。渉がいつも持ち歩いているネタ帳だ。
 新聞部に所属している渉は常にネタを探しているらしい。ネタ帳に記載されているほとんどが、校内新聞には利用できないようなゴシップばかりだけれども。

「雅人は一週間前の火曜日、金城と二人で帰ったらしい」
「一週間前の火曜日……」
「その日、裕樹はあいつと一緒に帰ってないだろ?」

 目を閉じて、必死に記憶をたどってみる。確かに先週の火曜日は、生徒会の仕事がある雅人を残して一人で帰った。

「……生徒会の仕事で一緒だったんだろうし、一緒に帰ってもおかしくないだろ」
「それが、ただ一緒に帰っただけじゃないんだよ」

 得意げな顔で胸を張り、渉はいきいきとした様子で続きを話し始めた。

「あの二人、帰りにコンビニに寄ったらしい」
「弱くね?」

 智哉は首を傾げながらそう言ったが、雅人が女子と寄り道をするというのは今までにないことだ。
 コンビニってたぶん、いつも俺と寄ってるコンビニだよな。学校の近くのコンビニって行ったら、あそこくらいしかないし。

「付き合ってないにしても、二人の距離がかなり縮まってるのは事実だ」

 渉が断言したところで、俺の話? と雅人が後ろから声をかけてきた。どうやら、いつの間にか教室に入ってきていたらしい。
 本人を前にしても、渉は全く焦らない。それどころか、チャンスとばかりに雅人に質問を始める。

「お前が金城と付き合ってるって噂だよ。やっぱりマジなのか?」
「何回も言ってるけど、全然違うって。ただの後輩」
「でも、二人で寄り道したんだろ?」
「たまたま、お互いにお腹が空いてたからだって」
「お似合いだって、学校中で噂されてるぞ」

 新ネタを掴みたいのか、渉は必至だ。もし本当に二人が付き合い出したら、きっと学校中でニュースになるだろう。

「とにかく、変な噂広めないで。俺も金城も困るから」
「分かった。今のところは、仲がいいがまだ付き合ってない、だな」
「だから、そういう言い方もやめてってば」

 面倒くさそうな顔で雅人が溜息を吐く。
 雅人と目が合って、なぜか逸らしてしまった。

 本人が言うように、金城と付き合っていないというのは事実だろう。でも、仲がいいのも事実だ。
 この先もずっと、二人が付き合わないとは限らない。

 ……もし雅人に彼女ができたら、今の生活も変わるんだろうか。
 登校も下校も、俺じゃなくて彼女とするようになるのかもしれない。休みの日だって、俺じゃなく彼女と出かけるようになったっておかしくない。

「裕ちゃん? どうかしたの?」

 雅人が俺の顔を覗き込んでくる。雅人の瞳に映る俺が酷くうろたえていて、自分でもびっくりした。

「……なんでもない」

 俺は、恋なんてよく分からない。でもだからといって、雅人だって同じとは限らないのだ。
 雅人は今まで、恋人を作ろうとしてこなかった。だから、これからだってそうなんだと、無意識のうちに決めつけてしまっていた。

 なあお前、彼女ができたら、俺のこともう迎えにこなくなんの?
 彼女ができたら、お前は変わるのか?

 口から出そうになった質問を、俺はなんとなく飲み込んでしまった。