発表時間が終わり、俺と金城は急いで舞台袖に戻った。既にステージには次の発表者が立っていて、流行りのアイドルソングが流れている。

「大成功でしたね、先輩」
「ああ。マジでありがとう。今度また、ゆっくり礼は言うから!」

 そう言い捨てて、俺は慌てて舞台袖を出た。雅人はまだステージ最前に立っている。
 腰をかがめ、ステージを見ている人の邪魔にならないように雅人のところへ向かう。何も言わずに雅人の腕を掴んで、そのまま外へ連れ出した。





 向かったのは、あの中庭だ。文化祭でいつもより人が多い今日だって、ここには他に誰もいない。

「雅人」
「……裕ちゃん」
「お前、酷い顔してんな」

 雅人の顔は涙でぐちゃぐちゃになってしまっている。顔色が悪いのはたぶん、昨日眠れなかったからだろう。

「なあ雅人。俺の歌、どうだった? お前のために歌ったんだけど」
「……最高だった。控えめに言って」
「じゃあ今日の俺は? 金城が言うには、お前好みの見た目らしいけど?」

 ぐい、と顔を近づける。雅人は逃げなかった。

「もう終わったから、ちゃんと全部言うわ。お前に振られた直後、俺から金城に連絡した。で、どうやったらまたお前と付き合えるかって相談したんだよ」

 雅人は何も言わない。赤くなった瞳が話の続きを求めている。

「その時、ステージで歌うことを提案されたんだ。こうすれば、俺の気持ちがちゃんと雅人に届くんじゃないかって」
「裕ちゃんの気持ちって?」
「お前への愛」

 俺の言葉に雅人は目を丸くした。愛、なんて言葉が俺から出てくるとは思わなかったのだろう。
 客観的に見たらたぶん、俺はかなり恥ずかしいことを口にしている。こんなこと、雅人のためじゃなきゃ言えない。

「お前が気づいてる通り、俺は恋愛的な意味でお前を好きなわけじゃない。そもそも俺は、恋とかよく分かんないし」

 俺の言葉に雅人が傷ついたのが分かった。でも、仕方ないことだ。相手を傷つけないために嘘を重ねる無意味さはもう知っている。

「でも俺は、単純にめちゃくちゃお前が好きだ。これが愛じゃなきゃなんなんだよ」
「……でも裕ちゃん。俺は本当に裕ちゃんが恋愛的な意味で好きなんだよ。分かってる?」
「分かってるって言ってるだろ」

 腕を引っ張って、そのまま強引にキスする。

「ゆ、裕ちゃん……!? なんで!?」
「勝手にするな、とか言うなよ。お前だって俺が寝てる時にキスしてきたんだから」
「……嘘。裕ちゃん、起きてたの?」
「寝てたけど、キスされて普通に起きたわ」

 嘘でしょ、と雅人が両手で頭を抱えた。今さらそんなことを気にするなんて馬鹿みたいだ。

「ごめん、裕ちゃん」
「別に」
「嫌じゃなかったの?」
「そういうこと」
「……でも、ごめん」
「いいから」

 雅人の中では、かなり悪いことをしてしまった、という自覚があるのだろう。指摘されて落ち込むくらいなら、最初からやらなければいいのに。

「俺たちやっぱり、もう一回付き合おう」
「裕ちゃん……」
「断るなよ。お前、寝てる俺にキスするくらい未練があるんだから」

 からかうように言ってやると、雅人は黙り込んでしまった。

「金城が言ってた。恋は楽しいって。お前はどうだ? 俺に恋してるの、楽しいか?」

 雅人の手をぎゅっと握りながら問いかける。なにそれ、と呆れたように言った雅人の頬は真っ赤だ。

「……そんなこと本人に直接聞けるの、裕ちゃんくらいだよ」
「そういう俺がお前は好きなんだろ」

 だからさあ、と雅人が深い溜息を吐いた。俺を見つめる瞳があまりにも甘ったるくて、ちょっとだけ落ち着かない。

「そうだよ。俺はそういう裕ちゃんが大好き。恋に関しては、楽しいか楽しくないかなんかで語れるものじゃないけどね」
「そっか。なあ、雅人」
「なに?」
「俺に恋を教えてほしい。俺が、お前に愛を教えてやるから」
「……裕ちゃん、顔真っ赤」
「……お前もだろ、それは」

 お互いに真っ赤な顔で見つめ合う。俺がもう一度口を開くよりも先に、雅人がそっと俺の手のひらに触れた。
 壊れ物を触るような優しい手つきで、ゆっくりと俺の手を撫でる。

「本気で言ってるの?」
「お前なら分かるだろ、それくらい」
「分かるよ。だけど、言葉にしてほしい俺の気持ちも分かるでしょ?」
「……マジで言ってる」

 恋と愛はやっぱり違う感情で、今、俺たちが持っている好きの気持ちは別物だ。
 俺の愛はきっと恋にはならない。それでも、新しく恋を知ることはできるかもしれない。

「俺が恋をするんなら、雅人しかいないって分かってるから」
「……狡いよ、裕ちゃん」
「で、雅人。お前はいつまで俺を待たせるわけ? 付き合おうって言っただろ。返事は?」

 言いたいことはちゃんと全部言えた。それに、嘘は一つも言っていない。

「俺も、裕ちゃんと付き合いたい。裕ちゃんに恋愛的な意味でも俺を好きになってもらえるように頑張るから」
「期待してる」

 笑って目を閉じる。予想通り、雅人が俺にキスをした。