「じゃあ先輩、動かないでくださいね。動いたら失敗するので」
「……マジでするわけ?」
「今さらなに言ってるんですか。いいから口も閉じてください」
時間もないし、今さら金城に逆らっても意味がない。おとなしく口を閉じると、金城がよく分からない液体を俺の顔に塗り始めた。
ステージ発表のためのメイクである。ちなみに服装はいつもと同じ制服姿だが、上から黒いパーカーを羽織っている。これも金城の指示だ。
慣れた手つきで、金城がどんどん俺にメイクをしていく。
20分くらいかかって、ようやく俺のメイクは終了した。
「どうぞ」
手鏡を差し出される。鏡に映っている俺は、思っていたよりもずっとナチュラルな顔をしていた。
「……意外といつもと変わんないな」
「人にメイクしてもらってなんですか、その言い方は。しかも全然違います。肌もいつもより綺麗だし、目だって大きく見えるでしょう」
「……言われてみれば?」
「まったく。そんなに派手にしたいなら、紫のアイシャドウでも塗ってあげましょうか?」
金城の提案を全力で拒否する。今のままで十分だ。
「髪を結ぶので、後ろ向いてください」
「髪? 別に結ばなくていいけど」
「いいから私に任せてください。会長好みの見た目にしてあげますから」
ほら、と強引に肩をおされた。しぶしぶ金城に背中を向ける。
忙しくて美容院に行っていなかったから、今までの人生で一番髪が長いかもしれない。
できましたよ、とまた金城に手鏡を渡された。鏡の中の俺が雅人の好みになっているかは分からないけれど、悪くない気はする。
本番まで、あと1時間ちょっと。ここまできたらもう、時間がくるのを待つことしかできない。
◆
「行きますよ、先輩」
「ああ」
いよいよ次が俺たちの番だ。ステージが一度真っ暗になった隙に、一つ前の発表者たちと入れかわる。
一つ前の出し物は漫才だったけれど、緊張しすぎて笑う余裕なんて全くなかった。
決めていた位置に移動してから30秒後。眩しい光に照らされる。真っ暗な舞台でスポットライトを浴びるのは、もちろん初めてだ。
どくん、どくんと心臓はうるさいのに頭はやけに冷静で、緊張で手が震えているな、なんて自分のことを分析してしまう。
「……あ」
雅人がいた。
それも、俺の目の前に。
最前センターって、お前、やっぱり俺のことめちゃくちゃ好きじゃん。
「一年の金城優里亜です。ギターは始めたばかりですが、今日は一生懸命弾くので、よろしくお願いします!」
マイク越しに金城が大声で挨拶した。わーっ、と歓声が上がるがあたり、金城は結構人望があるらしい。
次は先輩ですよ、と目で促される。
「二年の……穂村裕樹です」
金城と比べると、俺へ向けられた声援は小さい。ただ、智哉と渉が大声で俺の名前を叫んでくれた。
雅人は黙ったまま、じっと俺を見つめている。
「人前で歌ったりするのとか初めてだし、たぶん、二度とないとは思うんですけど」
たいして長く喋るつもりはない。考えてきた言葉を口に出すだけだ。
それでも、上手く話せているかどうか不安になる。
「今日歌うのは、『星々を数えて』です」
予想通り、会場は微妙な盛り上がりだ。アニメ自体は映画化するほどの人気だったけれど、普段アニメを見ない層にも大流行した! というほどではない。
しかもインパクトのあるオープニングではなく、しんみりとした曲調のエンディングだ。
「この曲を選んだ理由は……」
すう、と大きく息を吸い込む。
雅人にだけ伝わればそれでいい。他の誰にも伝わらなくたっていい。
「俺の好きな奴が、この曲が好きだから」
俺の言葉に体育館中がざわついた。これも予想通りだ。こんなところでこんなことを言えば盛り上がるに決まっている。
そして後から、俺はさんざんからかわれることになるだろう。
なあ、雅人。自分だってさすがに分かるだろ?
ステージ上でこの曲を選んだ理由を言うかどうかはかなり悩んだ。さすがに恥ずかしすぎる、とやめようとしたこともある。
でも、雅人なら喜ぶと思った。そして雅人が喜んでくれるなら、恥くらいかいてやるかと思えた。
それはやっぱり、何度考えたって、俺なりの愛だ。
「じゃあ聞いてください。『星々を数えて』」
金城の演奏が始まる。何度も練習したから、歌の始まりもはっきりと分かった。あれだけ緊張していたのに、いざ歌い出すと緊張が解けていく。
雅人は瞬きもせずにじっと立っている。さすがにステージからじゃ、雅人がどんな顔をしているかまでは分からない。
『今日もまた星を数える いくつもの星を 君と見た星は見つからない なのにどうしても忘れられない』
雅人。お前は今、なにを考えてる? ステージの上でこの歌を歌う俺を見て、俺の歌を聴いて、なにを考えてる?
俺は今、お前のことしか考えられない。
歌がどんどん、終わりに近づいていく。悲しく切ないメロディーは変わらない。
『君と僕は今日も違う星を見てる 明日もきっと』
練習をしながら、この曲の歌詞についてもいろいろと考えた。原作の漫画だって読み直した。
そして俺は気づいた。
最初から二人が同じ星を見ていたら、きっと二人は、ここまで互いを大切に思うようにはならなかっただろう、って。
『もし もしも僕らが 同じ星に生まれていたら』
漫画内でアンドレアが何度も考えていたことだ。
でももし二人が同じ星に生まれていたら、二人の物語は全く違うものになっていただろう。
二人で星を捨てる、なんて結末は絶対になかったはずだ。
『僕にはきっと 一つの星しか見えなかった』
歌い終えた瞬間、倒れそうになった。それでも、なんとか足に力を入れて踏ん張る。数秒間の沈黙の後、盛大な拍手が会場を包んだ。
上手く歌えていたからだろうか。あまりにも余裕がなくて、出来栄えなんて分からない。
でもこの発表は成功した、たぶん。
だって雅人が、泣きながら俺を見ているから。
この距離じゃ表情は見えない。でも、何度も何度も手の甲で目元をぬぐっているのを見れば、泣いていることくらいは分かる。
最初から俺がお前に恋をしていたら。
もしくは最初からお前が俺を愛していたら。
たぶん俺たちはすれ違わなかったし、悩むことだってなかった。
でも別々の感情を持った俺たちだからこそ、俺たちなりの関係を築けるんじゃないだろうか。
それが恋か愛かなんて、俺にはまだ、分からないけれど。
「……マジでするわけ?」
「今さらなに言ってるんですか。いいから口も閉じてください」
時間もないし、今さら金城に逆らっても意味がない。おとなしく口を閉じると、金城がよく分からない液体を俺の顔に塗り始めた。
ステージ発表のためのメイクである。ちなみに服装はいつもと同じ制服姿だが、上から黒いパーカーを羽織っている。これも金城の指示だ。
慣れた手つきで、金城がどんどん俺にメイクをしていく。
20分くらいかかって、ようやく俺のメイクは終了した。
「どうぞ」
手鏡を差し出される。鏡に映っている俺は、思っていたよりもずっとナチュラルな顔をしていた。
「……意外といつもと変わんないな」
「人にメイクしてもらってなんですか、その言い方は。しかも全然違います。肌もいつもより綺麗だし、目だって大きく見えるでしょう」
「……言われてみれば?」
「まったく。そんなに派手にしたいなら、紫のアイシャドウでも塗ってあげましょうか?」
金城の提案を全力で拒否する。今のままで十分だ。
「髪を結ぶので、後ろ向いてください」
「髪? 別に結ばなくていいけど」
「いいから私に任せてください。会長好みの見た目にしてあげますから」
ほら、と強引に肩をおされた。しぶしぶ金城に背中を向ける。
忙しくて美容院に行っていなかったから、今までの人生で一番髪が長いかもしれない。
できましたよ、とまた金城に手鏡を渡された。鏡の中の俺が雅人の好みになっているかは分からないけれど、悪くない気はする。
本番まで、あと1時間ちょっと。ここまできたらもう、時間がくるのを待つことしかできない。
◆
「行きますよ、先輩」
「ああ」
いよいよ次が俺たちの番だ。ステージが一度真っ暗になった隙に、一つ前の発表者たちと入れかわる。
一つ前の出し物は漫才だったけれど、緊張しすぎて笑う余裕なんて全くなかった。
決めていた位置に移動してから30秒後。眩しい光に照らされる。真っ暗な舞台でスポットライトを浴びるのは、もちろん初めてだ。
どくん、どくんと心臓はうるさいのに頭はやけに冷静で、緊張で手が震えているな、なんて自分のことを分析してしまう。
「……あ」
雅人がいた。
それも、俺の目の前に。
最前センターって、お前、やっぱり俺のことめちゃくちゃ好きじゃん。
「一年の金城優里亜です。ギターは始めたばかりですが、今日は一生懸命弾くので、よろしくお願いします!」
マイク越しに金城が大声で挨拶した。わーっ、と歓声が上がるがあたり、金城は結構人望があるらしい。
次は先輩ですよ、と目で促される。
「二年の……穂村裕樹です」
金城と比べると、俺へ向けられた声援は小さい。ただ、智哉と渉が大声で俺の名前を叫んでくれた。
雅人は黙ったまま、じっと俺を見つめている。
「人前で歌ったりするのとか初めてだし、たぶん、二度とないとは思うんですけど」
たいして長く喋るつもりはない。考えてきた言葉を口に出すだけだ。
それでも、上手く話せているかどうか不安になる。
「今日歌うのは、『星々を数えて』です」
予想通り、会場は微妙な盛り上がりだ。アニメ自体は映画化するほどの人気だったけれど、普段アニメを見ない層にも大流行した! というほどではない。
しかもインパクトのあるオープニングではなく、しんみりとした曲調のエンディングだ。
「この曲を選んだ理由は……」
すう、と大きく息を吸い込む。
雅人にだけ伝わればそれでいい。他の誰にも伝わらなくたっていい。
「俺の好きな奴が、この曲が好きだから」
俺の言葉に体育館中がざわついた。これも予想通りだ。こんなところでこんなことを言えば盛り上がるに決まっている。
そして後から、俺はさんざんからかわれることになるだろう。
なあ、雅人。自分だってさすがに分かるだろ?
ステージ上でこの曲を選んだ理由を言うかどうかはかなり悩んだ。さすがに恥ずかしすぎる、とやめようとしたこともある。
でも、雅人なら喜ぶと思った。そして雅人が喜んでくれるなら、恥くらいかいてやるかと思えた。
それはやっぱり、何度考えたって、俺なりの愛だ。
「じゃあ聞いてください。『星々を数えて』」
金城の演奏が始まる。何度も練習したから、歌の始まりもはっきりと分かった。あれだけ緊張していたのに、いざ歌い出すと緊張が解けていく。
雅人は瞬きもせずにじっと立っている。さすがにステージからじゃ、雅人がどんな顔をしているかまでは分からない。
『今日もまた星を数える いくつもの星を 君と見た星は見つからない なのにどうしても忘れられない』
雅人。お前は今、なにを考えてる? ステージの上でこの歌を歌う俺を見て、俺の歌を聴いて、なにを考えてる?
俺は今、お前のことしか考えられない。
歌がどんどん、終わりに近づいていく。悲しく切ないメロディーは変わらない。
『君と僕は今日も違う星を見てる 明日もきっと』
練習をしながら、この曲の歌詞についてもいろいろと考えた。原作の漫画だって読み直した。
そして俺は気づいた。
最初から二人が同じ星を見ていたら、きっと二人は、ここまで互いを大切に思うようにはならなかっただろう、って。
『もし もしも僕らが 同じ星に生まれていたら』
漫画内でアンドレアが何度も考えていたことだ。
でももし二人が同じ星に生まれていたら、二人の物語は全く違うものになっていただろう。
二人で星を捨てる、なんて結末は絶対になかったはずだ。
『僕にはきっと 一つの星しか見えなかった』
歌い終えた瞬間、倒れそうになった。それでも、なんとか足に力を入れて踏ん張る。数秒間の沈黙の後、盛大な拍手が会場を包んだ。
上手く歌えていたからだろうか。あまりにも余裕がなくて、出来栄えなんて分からない。
でもこの発表は成功した、たぶん。
だって雅人が、泣きながら俺を見ているから。
この距離じゃ表情は見えない。でも、何度も何度も手の甲で目元をぬぐっているのを見れば、泣いていることくらいは分かる。
最初から俺がお前に恋をしていたら。
もしくは最初からお前が俺を愛していたら。
たぶん俺たちはすれ違わなかったし、悩むことだってなかった。
でも別々の感情を持った俺たちだからこそ、俺たちなりの関係を築けるんじゃないだろうか。
それが恋か愛かなんて、俺にはまだ、分からないけれど。