「ステージの上って、結構高いんだな」
「先輩って、ステージに上がるの初めてなんですか?」
「初めて。人前で喋るとかもなかったから」
体育館のステージに並んで立ち、俺と金城はステージからの景色を確認した。
今日は文化祭前日で、今はリハーサル中だ。リハーサルといっても時間の都合上、本番通りに練習ができるわけではない。
立ち位置や照明を確認するのが主な目的だ。
リハーサル時間を上手く使って実際に歌ったり踊ったりする人たちもいるけれど、俺たちは違う。そんなことをすれば、雅人にも発表内容がバレてしまうから。
「立ち位置……普通に真ん中でいいですよね? 私と先輩、どれくらい離れます?」
「近すぎても、離れすぎててもおかしいよな」
いろいろ試した結果、1メートル弱離れて立つことにした。本番に備え、ステージにバミリテープを貼っておく。
次は照明の調整だ。照明係と連携をとりつつ、照明の色や明るさを決めていく。
「うん、いい感じですね」
金城が頷いたのと、俺たちのリハーサル時間が終わったのがほぼ同時だった。全てのステージ発表者がリハーサルを行うため、一組あたりの持ち時間は15分程度しかないのだ。
体育館を出て、そのまま音楽室へ移動する。今からする練習が、正真正銘、最後の練習だ。
「とうとう明日が本番ですね」
ギターの用意をしながらそう言った金城の表情は、いつもより少し強張っている。それを指摘すればきっと同じことを言い返されるだろう。
何度も練習を重ねてきたし、俺たちが発表するのは一曲だけだ。録画した動画でも確認したけれど、それなりのクオリティーにはなっていると思う。
それでも……というか、だからこそ緊張するのかもしれない。
練習通りにできるだろうか。そもそもこの発表を通じて、雅人にちゃんと俺の気持ちを伝えられるんだろうか。
考えれば考えるほど不安になっていく。かといって考えることもやめられない。
こんな気持ちになるのは初めてだ。
「穂村先輩」
「なに?」
「一緒に発表してくれて、ありがとうございます」
「……そういうの、終わってから言うやつだろ」
「でも終わった直後、先輩はどうせすぐ会長のところへ行くじゃないですか」
金城の言う通りだ。発表が終わったら、雅人に全てを話しにいく。
前に雅人と付き合うと決めた時、俺は雅人に本当の気持ちを言わなかった。ただ雅人の気持ちを受け入れて、それに乗っかろうとした。
そして失敗した。同じ失敗は繰り返さない。
「金城も佐々木のところに行くんだろ」
「はい。褒めてもらわないといけませんからね」
「じゃあ絶対、成功しないとな」
「はい」
「最後の練習、始めるか」
今日で金城との練習も終わりだ。そう考えると少しだけ、寂しいような気もした。
◆
「じゃあ先輩、また明日」
「また明日」
音楽室の前で金城と解散した。さすがに文化祭前日は生徒会としての仕事もあるようで、ぎりぎりまで練習することはできない。
雅人も生徒会長として準備をしているだろう。金城の分までいろいろと働いてくれているのだと言っていた。
どうしようかな。雅人のこと待ちたいけど、今日はあんまり居座れる場所もないし。
文化祭の準備をする人たちで学校中があふれかえっている。図書館も明日は文化祭で利用されるため、自由に出入りすることはできない。
教室もクラスの出し物の準備をしているクラスメートたちでいっぱいだろう。手伝えばいいのかもしれないが、それはそれで面倒くさい。
俺たちのクラスの出し物はお化け屋敷だ。でも俺はステージ発表の練習で忙しかったから、ほとんど準備には参加していない。
どうしようかを考えながら、とりあえず校舎内をうろついてみる。校舎のいたるところが文化祭仕様に飾りつけられていて、歩いているだけでも少し楽しい。
音楽室から出て適当に歩いていると、新聞部の部室が目に入った。
渉、中にいんのかな。
なんとなく覗こうとした瞬間、部室から渉が出てきた。目が合ったとたん、なあ、と駆け寄ってくる。
「お前、まだ雅人に何の曲歌うか教えてないんだろ」
「……まあ」
「喧嘩したわけじゃないんだろうけど、なんかあったんだよな?」
ぐいっと距離を詰められて、慌てて後ろへ下がる。
二人きりになることは意外と少ないから、この機会にいろいろと聞こうとしているのだろう。
「最近の雅人、ぼーっとしてることも増えたし。でも聞いても、あいつもなにも言わないんだよ」
まったくお前らは、と呆れたように渉が溜息を吐いた。そしていきなり、ぽん、と俺の肩を優しく叩いた。
「今のお前ら、なんか変だから。さっさと元に戻れよ」
「……分かってる」
さすが渉だ。デリカシーなくいろんなことを質問してくるけれど、周りのことをよく見ている。
「それと明日、お前の写真もいっぱい撮ってやるからな」
「は?」
「新聞部はステージ発表を撮影する権利があるんだよ。友達のよしみで、お前の写真を新聞の一面にしてやってもいい」
「……やめてくれ、マジで」
「それは分かんないな。いい写真が撮れたら、そういうこともある」
からかうように笑うと、じゃあな、と渉は部室へ戻っていった。中からは賑やかな話し声が聞こえる。新聞部のみんなも文化祭に向けて頑張っているのだ。
去年までだったらたぶん、なんとなく気まずかっただろうな。
俺は学校行事にやる気を出すタイプじゃない。面倒くさいからだ。だから、文化祭とか体育祭とか、みんなが頑張っている時の学校の雰囲気はあまり得意じゃなかった。
でも今年は違う。俺も発表に向けて練習を頑張ってきたから、この空気が心地いい。
明日俺は、ステージで雅人のために、雅人の好きな曲を歌う。
面倒くさがりな俺が雅人のために練習してきた意味が、ちゃんとあいつに届きますように。
肺一杯に、賑やかな空気を吸い込む。まだ緊張は解けない。でもそれ以上に、楽しみになってきた。
「先輩って、ステージに上がるの初めてなんですか?」
「初めて。人前で喋るとかもなかったから」
体育館のステージに並んで立ち、俺と金城はステージからの景色を確認した。
今日は文化祭前日で、今はリハーサル中だ。リハーサルといっても時間の都合上、本番通りに練習ができるわけではない。
立ち位置や照明を確認するのが主な目的だ。
リハーサル時間を上手く使って実際に歌ったり踊ったりする人たちもいるけれど、俺たちは違う。そんなことをすれば、雅人にも発表内容がバレてしまうから。
「立ち位置……普通に真ん中でいいですよね? 私と先輩、どれくらい離れます?」
「近すぎても、離れすぎててもおかしいよな」
いろいろ試した結果、1メートル弱離れて立つことにした。本番に備え、ステージにバミリテープを貼っておく。
次は照明の調整だ。照明係と連携をとりつつ、照明の色や明るさを決めていく。
「うん、いい感じですね」
金城が頷いたのと、俺たちのリハーサル時間が終わったのがほぼ同時だった。全てのステージ発表者がリハーサルを行うため、一組あたりの持ち時間は15分程度しかないのだ。
体育館を出て、そのまま音楽室へ移動する。今からする練習が、正真正銘、最後の練習だ。
「とうとう明日が本番ですね」
ギターの用意をしながらそう言った金城の表情は、いつもより少し強張っている。それを指摘すればきっと同じことを言い返されるだろう。
何度も練習を重ねてきたし、俺たちが発表するのは一曲だけだ。録画した動画でも確認したけれど、それなりのクオリティーにはなっていると思う。
それでも……というか、だからこそ緊張するのかもしれない。
練習通りにできるだろうか。そもそもこの発表を通じて、雅人にちゃんと俺の気持ちを伝えられるんだろうか。
考えれば考えるほど不安になっていく。かといって考えることもやめられない。
こんな気持ちになるのは初めてだ。
「穂村先輩」
「なに?」
「一緒に発表してくれて、ありがとうございます」
「……そういうの、終わってから言うやつだろ」
「でも終わった直後、先輩はどうせすぐ会長のところへ行くじゃないですか」
金城の言う通りだ。発表が終わったら、雅人に全てを話しにいく。
前に雅人と付き合うと決めた時、俺は雅人に本当の気持ちを言わなかった。ただ雅人の気持ちを受け入れて、それに乗っかろうとした。
そして失敗した。同じ失敗は繰り返さない。
「金城も佐々木のところに行くんだろ」
「はい。褒めてもらわないといけませんからね」
「じゃあ絶対、成功しないとな」
「はい」
「最後の練習、始めるか」
今日で金城との練習も終わりだ。そう考えると少しだけ、寂しいような気もした。
◆
「じゃあ先輩、また明日」
「また明日」
音楽室の前で金城と解散した。さすがに文化祭前日は生徒会としての仕事もあるようで、ぎりぎりまで練習することはできない。
雅人も生徒会長として準備をしているだろう。金城の分までいろいろと働いてくれているのだと言っていた。
どうしようかな。雅人のこと待ちたいけど、今日はあんまり居座れる場所もないし。
文化祭の準備をする人たちで学校中があふれかえっている。図書館も明日は文化祭で利用されるため、自由に出入りすることはできない。
教室もクラスの出し物の準備をしているクラスメートたちでいっぱいだろう。手伝えばいいのかもしれないが、それはそれで面倒くさい。
俺たちのクラスの出し物はお化け屋敷だ。でも俺はステージ発表の練習で忙しかったから、ほとんど準備には参加していない。
どうしようかを考えながら、とりあえず校舎内をうろついてみる。校舎のいたるところが文化祭仕様に飾りつけられていて、歩いているだけでも少し楽しい。
音楽室から出て適当に歩いていると、新聞部の部室が目に入った。
渉、中にいんのかな。
なんとなく覗こうとした瞬間、部室から渉が出てきた。目が合ったとたん、なあ、と駆け寄ってくる。
「お前、まだ雅人に何の曲歌うか教えてないんだろ」
「……まあ」
「喧嘩したわけじゃないんだろうけど、なんかあったんだよな?」
ぐいっと距離を詰められて、慌てて後ろへ下がる。
二人きりになることは意外と少ないから、この機会にいろいろと聞こうとしているのだろう。
「最近の雅人、ぼーっとしてることも増えたし。でも聞いても、あいつもなにも言わないんだよ」
まったくお前らは、と呆れたように渉が溜息を吐いた。そしていきなり、ぽん、と俺の肩を優しく叩いた。
「今のお前ら、なんか変だから。さっさと元に戻れよ」
「……分かってる」
さすが渉だ。デリカシーなくいろんなことを質問してくるけれど、周りのことをよく見ている。
「それと明日、お前の写真もいっぱい撮ってやるからな」
「は?」
「新聞部はステージ発表を撮影する権利があるんだよ。友達のよしみで、お前の写真を新聞の一面にしてやってもいい」
「……やめてくれ、マジで」
「それは分かんないな。いい写真が撮れたら、そういうこともある」
からかうように笑うと、じゃあな、と渉は部室へ戻っていった。中からは賑やかな話し声が聞こえる。新聞部のみんなも文化祭に向けて頑張っているのだ。
去年までだったらたぶん、なんとなく気まずかっただろうな。
俺は学校行事にやる気を出すタイプじゃない。面倒くさいからだ。だから、文化祭とか体育祭とか、みんなが頑張っている時の学校の雰囲気はあまり得意じゃなかった。
でも今年は違う。俺も発表に向けて練習を頑張ってきたから、この空気が心地いい。
明日俺は、ステージで雅人のために、雅人の好きな曲を歌う。
面倒くさがりな俺が雅人のために練習してきた意味が、ちゃんとあいつに届きますように。
肺一杯に、賑やかな空気を吸い込む。まだ緊張は解けない。でもそれ以上に、楽しみになってきた。